※本稿は2023年12月号『広報会議』の連載「リスク広報最前線」の内容をダイジェストでお届けします。
旧ジャニーズ事務所は、2023年8月29日に性加害問題について「外部専門家による再発防止特別チーム」による調査報告書を公表し、9月7日に記者会見を行いました。これを受け、同事務所に所属するタレントをテレビCMほか広告に起用していた各企業は、起用の見直しなどの対応を明らかにしました。今回のように、取引先がコンプライアンスに関わる重大な問題を起こしたことが発覚したとき、企業はどのような姿勢を示したらよいかを、危機管理広報の観点から整理します。
コンプラ違反だけですぐ解約はできない
取引先が不正・不祥事などコンプライアンス違反を起こしたとしても、それで直ちに契約を解約できるわけではありません。コンプライアンス違反を起こしたことが契約に解約事由として定められているのであれば、それを理由に中途解約することができます。しかし、定められていないときには、取引先と交渉してでも契約期間中に合意解約するか、契約の期間が満了するまでは契約を継続させ更新はしない、という選択肢しかありません。
社外に契約の打ち切りの方針を広報する際には、コンプライアンス違反という大義名分だけでは不十分で、契約の内容と整合させる必要があります。また、取引先に改善の見込みがあるならコンプライアンス違反に対する取引先の対処を見守ってから判断する、組織的なコンプライアンス違反ではないならその後も取引を継続するとの判断も考えられます。
今回の各社の対応を見てみると、所属タレントを起用した広告や販促を停止し、かつ、現行の契約の期間満了に伴って終了することを明らかにしたり、被害者の救済策や再発防止策で納得のいく説明があるまでは新たな契約を結ばない、などとしています。契約期間中の対応と期間満了後の対応とを分けて広報しているのは、契約期間中の解約事由には該当しなかったからではないかと推察できます。一方で期間満了前の解除も検討していると明らかにし、コンプライアンス違反に対する厳しい姿勢を印象づけた企業もありました。
他方で、「直ちに取りやめる予定は現時点ではない」ことを明らかにした企業もあります。人権問題についての基本方針を示し、かつ、ジャニーズ事務所に被害実態の徹底的な調査などを要請し、かつ、実行されない場合には取引関係を維持できないことを伝えた旨も公表しています。これは、ただ漫然と取引の終了の判断を先延ばしする意思決定をしたわけではないことを説明し、かつ、人権保護の観点から重大事であると捉えている姿勢を社外に伝える、丁寧な危機管理広報である印象を受けました。
人権方針に基づく発信
各社の広報に共通したのは、人権に関する自社の基本方針に言及したことです。上場会社は、企業の社会的責任の一貫としてESG(環境・社会問題・ガバナンス)への取り組みや姿勢を、株主・投資家から重点的な評価の対象にされています。また、2022年9月には経産省ら関係府省庁が人権尊重ガイドラインを策定・公表したことで、ビジネスの中でどう人権を尊重していくかが喫緊の経営課題になっています。広報担当者は、企業を取り巻く経営環境が変化し、「ビジネスと人権」が強く問われていることを意識しながら、性加害問題に関する自社の姿勢や考え方を対外的に発信することが求められます。
今回各社の広報では、ジャニーズ事務所の再発防止策やガバナンス体制の再構築に言及することも目立ちました。これは、今後もESGに真摯に取り組んでいないなら取引は再開しないとの事務所に対するメッセージであると同時に、自社はESGに真摯に取り組んでいる会社だけを取引先として選んでいるとの株主・投資家に対するメッセージだと理解することができます。
ただし、他社が取るべき対応について広報で言及することは、ややもすると他社に介入しすぎて法的義務を負っていないことまで要請するリスクも伴います。例えば、各社が出したリリースの中には、性被害を主張する人たちを慮る気持ちだけではなく、補償にまで言及しているものもありました。しかし、法的には、ジャニーズ事務所が不法行為に基づく損害賠償を超えて「補償」する部分は、被害を主張する人たちを慮って任意に支払う金員です。補償がどうあるべきかにまで言及することは勇み足です。広報担当者としては、あくまで自社の人権に関する方針、姿勢、取引先の組織に関する内容にのみ留めるべきだろうと思います。
全文は、広報会議デジタルマガジン(有料)にてご覧いただけます。