村田製作所の企業ブランディングから学んだこと
BtoB企業を題材にコピーライティングや企業ブランディングについて掘り下げていくこのコラム。2回目となる今回は、日本を代表するBtoB企業、村田製作所の話です。
社名って何だろう?
僕が村田製作所の仕事に初めて携わったのは、サン・アド在籍時の2002年。それはBtoB企業のブランディングに初めて携わる機会でもありました。クリエイティブディレクターは現在もサン・アドで活躍中の安藤隆さん。5年ほど村田製作所を担当していた中で、僕は「村田‘科学少年少女’製作所」という、社名を丸ごと使ったコピーを書いたことがあります。
コピーの背景には子どもたちの「理科離れ」がありました。モノづくりの会社である村田製作所にとってそれは看過できない問題で、理科への興味喚起のため、自転車型ロボットの「ムラタセイサク君」を使った出前授業を小学校でおこなっていました。そこで、あらためて村田製作所の社名に着目し、村田製作所がつくろうとしているのは電子部品だけでなく、科学好きの子どもたちでもあると考え、「村田‘科学少年少女’製作所」と、社名に組み込んでみたのです。
じつはこのコピーには布石といえるコピーがあります。それが、村田製作所が本格的に企業ブランディングを始めた1991年に安藤隆さんが書いた「村田製作所はなにをセイサクしているんだろう」というコピーです。後年、TCC年鑑の紙上で「村田製作所という社名自体をコピーにしようと仕事を始めて」と、このコピーの制作意図に触れていますが、僕はその言葉を見て、社名自体をコピーにするという発想の斬新さに深く感銘を受けました。それが冒頭のコピーにつながるのです。
BtoB企業が消費者に「売れる」もの
かつて僕も大変お世話になった、村田製作所の元広報部長の大島幸男さんによると、企業ブランディングを開始する際に会社から与えられた課題は「村田製作所を有名にせよ」だったそうです。その課題に基づいて、安藤さんは社名自体をコピーにしようと企てました。そして、「村田製作所はなにをセイサクしているんだろう」を皮切りに「村田製作所は、中のことを、やっています」「ナカハ ムラタ デスカ」「そとはピーーー なかはムラタ」「ムラタにびっくり」「恋する部品製作所」と社名入りコピーを展開しつづけます。その策略は見事に功を奏し、企業ブランディングを始める以前の1990年に50%に届かなかった知名度は2003年には90%を超え、「一流評価」「就職意向」「好意度」といった指標も4倍から5倍ほどに上昇します(日経1200社調査)。
消費者を顧客としないBtoB企業が、なぜ消費者に向けてブランディングをするのか、と考える向きもあると思います。しかし、さまざまなステークホルダーへの影響力、とりわけ、優秀な学生のリクルーティングを考えると、BtoB企業であっても、企業ブランドの確立はやはり重要なのです。大島さんは「会社を売る(有名にする)ことは優秀な社員を確保し、社員を元気にすることであり、事業の成長や発展の源泉となる」と述べ、こう結論します。「社会へ売る商品がないBtoB企業こそ、一般社会への意図的な広報広告をおこない、会社を売ることが不可欠」。村田製作所の事例が示唆するのはこの言葉に尽きると思います。つまり、BtoB企業が消費者に売れるのは唯一社名であるが、それを売ることが最大のブランディングになる、ということです。
アートディレクターの副田高行さんが監修し、今秋出版された『刻んでおきたい名作コピー120選』(玄光社)という本の中で、安藤さんが村田製作所の社名に目をつけた時の心境を綴っています。その着眼と慧眼が素晴らしいので、要約した上で引用し、今回のコラムを終えようと思います。
「村田製作所のその名前に惹かれた。『村』も『田』も『製作所』も完璧だと思った。聞いたことのない会社だったが、事業内容は先端電子部品の製造で、ある部品では世界一のシェアだという。町工場のような名前とのギャップにますます惹かれた。東京では私のように、その社名をまったく知らないという人間が多かった。そこでクリエイティブの目標を知名度アップとした。悩みながら、でも確信のようなものがあった」。