メーカーの営業マンに到来した“提案の大転換期”
コロナ禍が過ぎても物価高騰が続く世の中、「食費が圧迫、細る家計」と言う声があちらこちらで聴こえてきます。しかし、これらは家庭内だけに限った話ではなく、小売業とメーカーの関係や商談にも大きな影響を与えているのです。今回は、そんな物価高騰によってさらに顕著になった両者の「期待」の違いや、メーカーが知っておくべき「バイヤーが解決したい課題」について解説します。
メーカーの皆さんに質問です。食品や生活用品など日用品を扱う小売業のバイヤーから、「従来の提案内容なら商談は行わない」「お客さまの価値観にあった商品や企画を用意してほしい」といった要望を聞いたことはないでしょうか。そう言われて、思わず「ハッと」させれた方々も多いと思います。
社会の状況が変われば、小売業も変わります。すなわち皆さんは、変化する小売業のインサイトを捉え、対応していかなければなりません。今まで自社の商品の説明を中心に広告や販売・販促による支援策、値入の条件などをセットに商談をしていたメーカーの営業マンにとってみれば、小売業への活動や提案の大転換を求められることになるのです。
小売業とメーカーが見ている「売上」は違う
メーカーの営業マンの皆さんは、自分たちの商品の特徴や他社との差別化のポイントを伝えきっても、バイヤーから「我々の店舗に合わない」や「店舗や売場全体の課題に応えて欲しい」といった反応や厳しい声を聞くことがあると思います。市場データや競合商品との比較表をもとに説明をしても、以前のようにバイヤーから評価や納得を得ることができなくなってきました。
皆さんもこうした経験から、小売業との自身の商談に課題や矛盾を感じることがあるのではないでしょうか?この矛盾は元来、「小売業が期待するもの」と「メーカーが期待するもの」に大きな違いがあることが背景にあります。しかし、この数年続く物価の高騰が、両者が持つ「期待」の違いをより鮮明にしている状況です。
どんな違いがあるのか、改めて言語化していきましょう。例えば、「売上」という観点。小売業にとっての「売上」は、“自店が取り扱う商品すべてを対象にした総販売額”を指しています。それに対して、メーカーが指標として見ている「売上」は“自社商品の取り扱いされる数や販売額”です。つまり小売業からすると、売上を構成する商品は、どのメーカーであるかという観点ではなく、お店に並ぶ商品であればどれでも構わないということになります。
【図1:小売の売上とメーカーの売上の考え方のちがい】
また、そうした商品の中で小売業に優先されるのは“利益率の高い”商品です。理由は、利益率の高い商品は小売業にとっての「もうけ」になるから。それはつまり、惣菜・総菜や生鮮品(青果・鮮魚・精肉)であり、最近ではプライベートブランドが上位を占めています。カテゴリー毎の利益率の目安は以下の通りです。
【図2:利益率の目安(相場や取引条件ほかで変化する)】
- ■青果:22.8~22.9%
- ■鮮魚:27.8~28.2%
- ■精肉:28.5~29.0%
- ■惣菜・総菜:36.3~37.3%
- ■日用品:22.4~22.8%
- ■一般食品:18.3~19.3%
理解していますか? バイヤーが解決したい課題
また、次に挙げたものは、当社が小売業(GMS・SM・ドラッグストアなど)のバイヤー30人に聞いた「自分が解決をしたいと思う厄介な課題とは何か?」と言う質問に対する5つの回答です。順を追って見ていきましょう。
- ①自分の担当する部門の売上・利益を高めること
- ②店舗の売上全体を上げるために部門による貢献を図ること
- ③競合する企業・店舗との差別化を図ること
- ④付加価値を伝えられる商品を発掘すること
- ⑤販売に役立つ情報やデータを活用すること
これまでのメーカーの営業マンの提案で、こうしたバイヤーの課題の解決に役立つものがあるとすると、納品価格の見積を工夫することでの「①自分の担当する部門の売上・利益を高めること」への貢献や、商品の販売計画に基づく売上予測や市場の傾向に関するデータの提供などにあたる「⑤販売に役立つ情報やデータを活用すること」への対応がありました。
例えば、バイヤーの優先課題が「①担当の売上や利益を追求すること」であれば、メーカーは自社の利益を減らしてでも、小売の利益に還元するといった厳しい選択を迫られます。しかし小売業はこの数年、商品の値上げが続く中で、対象商品(冷凍食品や菓子、加工品など)を決めて「買い上げの個数に合わせた割引率を設定した販売」や、「利益率の高い部門や商品の販売」を徹底して強化する展開も見られるようになっています。メーカーはここに対応していかなければなりません。
また「⑤データ活用」で小売業が注視しているのは、商品の売上や市場に関するものです。その他にも「商圏と商品の親和性(店舗を利用される層と商品のマッチング)」などがありますが、この内容を含んだ提案をされるメーカーはまだそう多くない状況です。
小売業の担当者やバイヤーとの関係を強化する上でのポイント
結論、小売業からのメーカーの評価やその後の関係づくりは、先述のバイヤーからの回答の中でも「②店舗の売上全体を上げるために部門による貢献を図ること」や「③競合する企業・店舗との差別化を図ること」を意識した提案が行えるか否か、で決まります。
まず、「②店舗の売上全体を上げるために部門による貢献を図ること」を考える際には、「クロスセルやアップセル」「他の部門の商品との関連販売」の提案を思い浮かべるでしょう。しかし、メーカーの営業マンからは「言うは易く行うは難し、他の部門への声掛けや協業は難しい」と言った声を聴きます。
この壁を超えるには、部門を超えての販売予測や併売値・リフト値などのデータを活用して販売促進や、実際の購入者の感想や販売の実績値を提示した包括的な説明が必要です。ショッパーのインサイトを紐解いて部門を横断するようなテーマを設定する場合もありますが、この方法は以降の本コラムでも取り上げていきます。
飲料・食品メーカーの中には、小売チェーンや店舗の差別化にも営業マンが積極的に取り組む企業が見られるようになりました。例えば、小売業の粗利が最も高い惣菜・総菜(図2参照)の販売支援を宣言して、メーカーがその小売チェーンの惣菜・総菜のNo1を決める企画をサポートしながら、「体脂肪を減らすのを助ける特定保健用食品のお茶」を一緒に飲まれることを促しています。また、プライベートブランドとメーカーの商品を使ったメニュー提案を季節や歳時に合わせて行うと言ったケースも見られます。
今回は第1回目として「メーカーが小売業に取り組む際の課題」をテーマに解説しました。次回は、こうした課題や壁を取り除くために、「デジタル化を含む小売業の現状」について掘り下げたいと思います。
リテイルインサイト 代表取締役
倉林武也氏
2018 年に流通小売業やメーカー企業・事業会社のマーケティング領域におけるコンサルティング業務を担う会社として起業。営業戦略や販売の支援、社内組織の活性化や社員の育成(ナレッジ研修や Teams や LINE などプラットフォームを使用した活動支援)を行う。近年、広告やコミュニケーションや販売促進のあり方が大きく変わる中、リアルな「場」(チャネル)や商談における課題をインサイトの抽出やデジタルを含む方法で最適解を追求。JPM(日本プロモーショナルマーケティング協会)アワード最終審査員 宣伝会議「ビジネスプロデュース力養成講座」「行動デザイン実践講座」ほかに登壇。