厚生労働省の統計によると、2022年は転職者数が3年ぶりに増加しました。広告・マーケティング領域の転職市場トレンドはどのように推移したのか。広告・Web・マスコミ業界に特化した転職エージェント「マスメディアン」のコンサルタント3人が解説します。
2023年はやや落ち着き 経験者やマネジメント層にシフト
広告・マーケティング領域ではコロナ禍中の2021年、22年と活況となり、多くの企業が大規模な採用を実施しました。大手広告会社では年間で数百名規模での採用を打ち出し、実現させるなど、大きな動きがありました。
そうした昨年、一昨年と比べると、2023年上期はやや採用への姿勢が控えめになった模様です。21年、22年は人材不足から未経験者でもかまわないという方針が目立ちましたが、23年に入ってからは、経験者やマネジメント層への需要が高まっています。
Q.大きな採用を行った大手広告会社では、どのような人材を求めていましたか
A.事業開発やテクノロジー人材の需要がますます高まっています
「国内においては、過去のような、いわゆる『メディア販売』としての“広告代理店”像から脱却し、クライアントの事業開発や、事業課題の解決に注力する動きがますます鮮明になっています。そうすると、採用市場で競合するのは、コンサルティングファームや金融機関、あるいは上場企業の新規事業開発などとなります。また、デジタル人材でも同様で、テクノロジー企業との競争という側面が強くなっていると思われます」(マスメディアン 加藤大嗣氏)
「中堅の広告会社でも同様の流れがあります。これまでシステム会社やコンサルティング会社が担っていたような領域に進出することを企図し、システム開発に伴うサービスを提供するために、IT畑の人材を採用するようなケースが目につくようになりました」(マスメディアン 近藤拓氏)
Q.そのほか、広く見て特に需要の高い領域はありますか
A.デジタルマーケティング人材のニーズが根強い状況です
「デジタルマーケティング人材は変わらず強いニーズがあります。広告会社側の需要も高いのですが、メディア企業や、メーカー企業といったところからの引き合いもあります。前者は昨今のメディア環境の変化でデジタル対応が求められていますし、後者についても、宣伝部やマーケティング部でデジタルマーケティングを内製化したいという意向があります」(加藤氏)
「インターネット広告会社に勤めていた方が総合広告会社へ転職するという流れが、これまでのスタンダードでしたが、ネット広告会社から事業会社へ移籍するケースはとても増えましたね」(近藤氏)
「そのほかの職種では、コロナ禍以降で『広報』が少しずつ増えてきている印象です。広告運用などで接点を増やしても、それはある商品・サービスの、さらにひとつの側面でしかありません。企業全体としての姿が見えてこないと、社内外のコミュニケーションもなかなかうまく行かない。そういった課題が顕在化してきつつあるからか、従来はマーケティング系の職種でもなかなか出てこなかった広報というポジションでの募集がちらほら目立ち始めています」(マスメディアン 西尾将紀氏)
Q.デジタルマーケティング人材を求める事業会社サイドに特徴はありますか
A.BtoB企業でも営業手法がデジタルマーケティングへシフトしはじめました
「Web広告運用に限ると、大手企業とベンチャー企業の両方で増加しています。コロナ禍をきっかけに購買行動や顧客接点が変化し、Webでの集客や売上の伸長に力を注ぐ企業が増えました。BtoB企業でも、従来の訪問型営業から、Webを通じたリード獲得、育成を図るBtoBマーケティング職種での募集が増加しています。
経験豊富で即戦力を求める点や、これまで未経験者でも担当として採用した人材のマネジメントを求めはじめているところがあります。あるいは新しい戦略の立案者、プロジェクトの管理への期待もある。かつては35歳がキャリアの節目とされましたが、現在は40歳代でも採用が出てきています」(西尾氏)
Q.広告業界から事業会社へ転職した人のその後は
A.数年ほどで広告業界へ戻り、ステップアップする人も珍しくありません
「広告業界から事業会社へ転職された方が、3年ほどで再び広告業界に戻ってくるケースが目に付くようになりました。以前からあるパターンですが、事業会社への転職が増えてきたためか、より目立つようになったと感じます。風土の違いやジョブローテーションによって転勤・転属があって戻りたいということもありますし、むしろ広告出稿側の経験を積んだことで、広告業界内でのプレゼンスが強まるというポジティブな要素もあります」(加藤氏)
全体的に売り手市場だが、一部は狭き門
多くの業種で人手不足感が強まっており、人材の供給を需要が上回っているとされます。2022年の転職動向では「より良い条件の仕事を探すため」という目的での転職者が、3年ぶりに増加に転じました(総務省統計局「労働力調査」)。
Q.転職を検討する人の動機などに変化はありますか
A.リモートワークの影響からか、検討者の規模は拡大している印象です
「あくまで肌感覚ではありますが、転職を本気で考えている人は20〜30%、転職の機会があるなら、あるいはいまの環境や条件よりも良いところがあるなら転職してもよい、という方が5〜6割、10〜20%の方が情報収集、初期段階といったところと感じます。リモートワークが普及して、転職相談がしやすくなったことから、分母としては増えていると思いますが、必ずしも切実さや真剣さが大きく割合を伸ばした、というわけではないように思います」(近藤氏)
Q.全体的には売り手市場とされます
A.職種によっては倍率が高く、狭き門になっていると言えます
「はい。実際にそれで同期や同僚が転職し、その後活躍しているのを目の当たりにして、転職を考えてみても、というふうに思われる方もいらっしゃると思います。現在の待遇を下げてでもという方はまれで、10%アップはふつう。100万円程度上がる方も結構いらっしゃるので、強気な方が増えています」(近藤氏)
「一方で、やはり職種によっては必ずしも売り手市場ではないと思います。たとえば、クリエイティブ職は、事業会社にも採用ニーズとしてはあるものの、件数が多くはないので、必然的に倍率も高くなりますし、コロナ禍前からクリエイティブ職は事業会社を目指す動きが強いので、競争があります。メーカー宣伝部も同様で求人が出ると殺到しますし、先ほどの広報や、販促についても同様で、売り手市場とは言い難いですね」(西尾氏)
Q.そうした中で、転職を検討しはじめたい人はどのように考えるべきですか
A.異なるスキルを意識的に組み合わせると希少性が高まります
「募集企業からよくお聞きするのは、異なる業界の成功例を持ち込んでくれる方、新たな切り口や手法をもたらしてくれる方が望ましい、ということです。たとえば化粧品メーカーの求人が出た場合、いままでは化粧品業界の方を求める傾向が強かったのですが、最近では広告会社やPR会社で多様な企業の支援実績がある方が欲しい、というケースが増えてきています」(近藤氏)
「同じ職種でも、非常に引く手あまたとなった方は、正統派のグラフィックデザインの事務所で経験を積んで、その後、デジタルエージェンシーに入られた方でした。そうなると、正統派のグラフィックもわかるし、デジタルの知見もあるということで、ぜひ当社に、となりましたね」(加藤氏)
広告業界は転職してスキルアップしていくことが珍しくない業界です。昨今ではリファラル採用も増加しています。人脈を増やしたり、スキルアップをするために異業種、異職種へチャレンジしてみたり、数年後を見て必要とされる人材になるための転職、ということもあるかもしれません。