まずはこの数年、小売業の周辺で起きていることについて
原材料の高騰などから商品の値上げが続く中、小売業の折り込みチラシ(Web版も含めて)やインストア・プロモーション(以下、インプロと表記)の展開を見ると、この数年は「生活応援・家計応援」や「特売・お得な商品」の文字が目に留まります。皆さんは普段スーパーなどでの買い物の際に、こうしたチラシや店内のPOPのタイトルや表示を意識することがあるでしょうか?
当社では小売業のチラシやインプロのテーマやアプリのサービス内容をデータベース化しているのですが、コロナ禍(2019年)から現在(2023年12月)までの展開を調べると次のような傾向が分かりました。
- ①毎月のチラシ・インプロのテーマの約半分が「生活応援」や「家計応援」といった価格訴求。
- ②メーカー企業による企画(フェアやブランド訴求)は、コロナ禍前の半数以下に減少。
- ③チラシの片面に生活歳時や旬を捉えたテーマ、片面は日替わりや特売品を掲載。歳時や“週末のごちそう”といったテーマ訴求が縮小して、メーカー・フェアやキャンペーン(メーカーと小売業とのタイアップも含めて)の掲載については爆減。
- ④ 売場の「特等席」(一丁目一番地と呼ばれる買物客の視線を集める売場)に陳列される商品がメーカーの新商品や柱商品ではなくなった。この数年間で売場のレイアウトや商品の陳列が変化し、プライベートブランドなど小売業のオリジナル商品や粗利の高い商品の訴求を最優先にしている。
小売業が発行する広告(チラシやWebサイト)などの、いわゆる販売促進の「運営の原資」は、主にメーカーからの協力金やマージンによるものが大半を占めます。小売業とメーカーが設定した商品が、売上目標額に達した場合に生じる「割戻金」なども、こうした「運営の原資」にあてられることが多いです。
本来は、小売業もメーカーとは協力的な関係のもと、小売業の体力(運営のための予算)だけで補えない展開をこうした「運営の原資」と展開(チラシやインストアメディアへの掲載やメーカーの商品の陳列や販売支援など)のバランスを考えながら、相互的に売上を高めて来ました。
しかし、商品の値上げが止まらない時代、このバランスが崩れた結果が、前述の展開(特に②メーカーの企画の減少、③歳時やごちそうを捉えたテーマやメーカーのフェアの爆減)に現れたのです。チラシやインプロのテーマが「生活応援」や「家計応援」といった価格訴求が中心になると、買い物客からは店舗の特徴が薄れてしまい、“ディスカウントストア”に近い見え方になってしまいます。そうした印象が一度でもついてしまうと、なかなか以前の売り方や商品の訴求方法が難しくなるのです。
ここまで述べてきたように、小売業はチラシやインプロによって価格訴求を行いながらも、商品の付加価値を伝えるなどメリハリを付けた売り方や、競合する企業や店舗との差別化を図ることに必死に取り組んでいます。そうした小売業にとっての課題がある中で、メーカーは小売業へどのような提案を行えばよいのでしょうか。実際に、バイヤーが注目した企画に、次のようなものがあります。
小売・メーカー・買い物客の「三方良しの企画」について
「サラン&ジップで冷凍貯金」。これは旭化成ホームズによる同社のサランラップやジプロックを対象にした企画です。内容は、食材やおかずを冷凍してストックしておくことで、忙しい毎日の暮らしに時間や心のゆとりを生む仕込み習慣を啓蒙した活動でした。
本企画では、「冷凍貯金」による3つのメリットとして、お買物時間を減らして「時間が貯まる」、栄養価が長持ちして「栄養が貯まる」、無駄なく使い切るから「お金が貯まる」といった、商品を利用することによる“貯蓄”を訴求していました。同社のサランラップやジップロックが並ぶエンドや元売場には、「冷凍貯金でおいしく節約!」と書かれたコーナーボードや「下味冷凍でクックをパッと!」とメニューを提案するリーフレットが必ず設置されていました。GMS・SM・ドラッグストア・HCに限らずにこの企画は、多くの店舗・売場で目にすることができました。
コロナによって買い物の回数が減ったり、自宅時間が増えたり、お金に関する不安が高まった時代に、この「冷凍貯金」はバイヤーの共感を得て、多くの売場を獲得しました。
こうした企画を考える上で大切なのは、コロナ禍といった「社会環境の変化」と「買い物客のインサイト」、そして「自社の商品がその課題と向き合った際に何が解決できるか」を小売業・メーカー・買い物をされるお客さまの三方から捉えることです。「冷凍貯金」は、まさに三方良しと言える結果(売上)につなげた好例と言えます。
小売業の「3つの原理原則」を理解した上で
小売業には、売上を高めるための「3つの原理原則」という考え方があります。
- ●購買客数を増やす
- ●購買単価を増やす
- ●購買頻度を増やす
商品の値上げが家計を圧迫する時代において、単価をさらに上げることや新しい買い物客を急に増やすことは大変難しいことです。では、メーカーが小売業の課題を捉えてこの中で支援できるのはどのような内容でしょうか?
この連載でこれまで話してきたことをおさらいしながら例を挙げると、自社の商品が「買い物客の抱える課題を解決すること」が購買のきっかけになり、それがやがて習慣化して「購買頻度を増やすこと」につながれば、小売業からも評価が得やすくなります。前述の企画「冷凍貯金」や、コロナ禍やアフターコロナの時代においては「コスパ&タイパ」をテーマにした企画がその好例になります。
小売業の中にはこうした原理原則や多くの流儀があり、それらを理解しながら進めて行くことはメーカーからの提案の質を一段と高めるものになります。商談においてバイヤーの心を動かすための「第1歩」として、まずは小売業の現状と本質的な課題を理解した上で、自社の商品がどのように貢献できるか、その課題の解決に役立つのかを考えることが有効です。
また、そうした提案力を高める上で、自社の商品が扱われる売場以外にも目を向けることで様々なヒントが得られます。バイヤーは自分の担当する部門については精通していても、それ以外の情報や事例についてまでは十分にカバーしきれません。以下は、私がルーティンで行っていること(売場や売り方をテーマごとに1シートで整理してインデックス化)ですが、業種業態を問わずに捉えることと展開の背景にある課題や期待する効果に注意しながら売場や売り方を見ることを繰り返しています。大変根気のいる作業ではありますが、ぜひ試してください。
今回は、バイヤーのこころを動かすポイントや、チラシ、インプロについて解説しました。次回は小売業の捉える「ショッパー」とメーカー企業の捉える「ショッパー」の違いについてテーマにお話できればと思います。
リテイルインサイト 代表取締役
倉林武也氏
2018 年に流通小売業やメーカー企業・事業会社のマーケティング領域におけるコンサルティング業務を担う会社として起業。営業戦略や販売の支援、社内組織の活性化や社員の育成(ナレッジ研修や Teams や LINE などプラットフォームを使用した活動支援)を行う。近年、広告やコミュニケーションや販売促進のあり方が大きく変わる中、リアルな「場」(チャネル)や商談における課題をインサイトの抽出やデジタルを含む方法で最適解を追求。JPM(日本プロモーショナルマーケティング協会)アワード最終審査員 宣伝会議「ビジネスプロデュース力養成講座」「行動デザイン実践講座」ほかに登壇。