2023年10月27日から30日にプエルトリコの首都サンファンで、国際的PRネットワークであるIPRNの年次総会が開催されました。年次総会では全世界から集まるIPRNメンバーらが手掛けた、多くのPR活動事例が報告されました。
本連載ではこれまで、その中でも選りすぐりの事例を紹介してきました。
連載6回目の今回は、IPRN年次総会で発表された事例全体を見渡して、その傾向をお伝えします。またグローバルな視野でPRに関する現状や、今後の展望について占います。
巧みなメッセージ戦略はグローバル共通の妙技
優れたPR事例に共通する特徴の1点目は、メッセージ戦略での工夫です。国は違えども、発表されたすべてのPR事例で、組織や製品の現状や展望をふまえた上で、その中心にあるキーメッセージやインサイト(顧客や消費者の購買意欲のツボ)を巧みに捉えたメッセージ戦略を展開する点に、多くの工夫や努力が見られました。
組織や個人のコミュニケーション活動では、どのようなメッセージを伝えられるのか(英語のcanやcould)、伝えるべきなのか(英語のshallやshould)、伝えていきたいのか(英語のwillやwould)、そして、伝えてはいけないのか(英語のmust not)を明確にすることが大事です。
メッセージの中でも、キーメッセージ(弊社Key Message International<KMI>社名の由来でもあります)は、他のメッセージを束ねるメッセージです。複数のメッセージについて、キーメッセージを中心に構造化し見える化する、これにより目的や目標をふまえた戦略をタイムフレーム(タイミングや時間制限など)や予算、スタッフ、規制などの制限の下で、優先順位を付けて効率的に実施することができます。
IPRN年次総会で発表された事例を見渡すと、TSC(Tuberous Sclerosis Complex:結節性硬化症)の頭文字を別のTSC(Totally Super Cool:まったく超かっこいい<筆者和訳>)に言い換えて展開するメッセージ戦略を実施した例がありました。
他にも、電気自動車ブランドのプロモーションで、大停電時の予備電源として電気自動車の有用さを押し出した事例や、連載第5回目 で紹介したスペインの事例のように、コロナ禍が収束した時に日本を旅行先として選んでもらうために、日本の魅力を安全性や持続可能性、手ごろな価格、アクセスしやすさなどのメッセージに絞って発信した事例がありました。
この(キー)メッセージやインサイトを見抜き、選び、時に作り出す妙技(みょうぎ)は、ChatGPTやBardなどに代表される生成AIよりもまだ、人間の方が勝っている点だと思います。
2024年には、生成AIがアシスタントであることを明示的にうたった上で、人間中心のメッセージ戦略を展開するPR活動が、グローバルに増えてくるように思います。
PRの基本のキ、メディアリレーションズをさらに磨く
2点目はメディアリレーションズのさらなる効率化です。これは必ずしもDX(デジタルトランスフォーメーション;デジタル技術による効率化)に期待するだけでなく、アナログな工夫も含みます。連載第4回目 でお伝えしたドイツの事例のように、PR活動の基本のキであるメディアリレーションズを、パソコン上よりも主に自ら行動したり、人間関係を大事にしたりすることで、効率化したケースがありました。
IPRN年次総会で発表された事例の中に、図書館の業界団体をPRするものがありました。時にLGBTQや政治思想にまつわる危機管理の側面をはらんだ事例でした。危機をバネにすることで社会的信頼を高めて、図書館の社会における意味を、移民問題、言論や出版の自由、リスキリングなどの社会性と紐づけながら、大手グローバルメディアへ粘り強く働きかけた内容です。キャンペーン開始から9カ月で300件以上の記事・報道数と、合計で30億回のオンラインでの記事表示回数(インプレッション)を達成しました。
信頼という要素が大事なメディアリレーションズは2024年でも、AIだけでなく人間中心の働きかけが重要な領域だと思います。
世界中にユーモアや笑顔があふれるPRを!
最後はユーモアや明るさの重要さです。IPRNは比較的、スペイン語やポルトガル語など、ラテン系の国々が活発な組織です。2023年の年次総会開催国がプエルトリコだったこともあってか、PR活動での明るい要素がよい活動につながる発表が多かったように思います。
サッカー大国でのバスケットボールのPR事例では、サッカー選手やバスケットボール選手、オリンピアン、ミュージシャン、タレントなどのインフルエンサーとのコラボや、優勝トロフィーをメディア各局にバトンしていくような演出など、イベントの祝祭感の演出が巧みでした。
ユーザーの誕生日を入力することで、ユーザーがなつかしいと思う時代のジングル(CMなどでの耳に残る短いメロディや歌詞つきのフレーズ)を聞かせるアプリを開発した事例がありました。アルツハイマー病患者の方々にジングルを聞かせる「ジングルセラピー(療法)」をプロモーションする動画も、涙だけでなく笑いも誘う事例でした。こちらはプエルトリコからの事例で、2023年にカンヌライオンズでブロンズ賞を受賞しています。
連載第3回 で取り上げたプエルトリコの事例では、2023年WBC(ワールドベースボールクラシック)に際しての髪染めイベントを中心にした、笑顔溢れるPR活動を設計していました。
ユーモアや笑顔溢れるイベントも、生成AIではなく、人間だからこそ設計できるPR活動ではないでしょうか。
生成AIとのパートナーシップが切り拓く2024年のPR
2024年のグローバルなPRを占う際には、やはり生成AIとどのように折り合いをつけるのかを、考える必要があると思います。それほどにChatGPTがグローバルのコミュニケーシン産業全体に与えた衝撃は大きかったと思います。
2024年は、生成AIは敵ではなく、PRにとってのよきアシスタントになればと思います。引き続き、またより一層、メッセージ戦略やメディアリレーションズ、ユーモアのように、人間だからこそ効果的な活動ができる領域ですばらしいPR活動が、世界中で展開されることを期待しています。
2024年のIPRN年次総会開催地は、アラブ首長国連邦のドバイです。
今年10月頃からはまた、IPRNドバイ年次総会の事例紹介ができることを楽しみにしています。