CESは、家電ショーとしてスタートしましたが、今日ではテクノロジーとイノベーションのイベントに変化を遂げています。CESでは、スマート家電に始まり、AI、ヘルスケア、ロボティクス、XR、サスティナビリティ、そしてダイバーシティに至るまで、先端的な取り組みに触れることができます。ここで触れることができるテクノロジーは、産業からビジネスモデル、ライフスタイルを大きく変化させることは間違いなく、マーケターにとっても注目すべきイベントだと言えるでしょう。そんなCESを現地からレポートしていきます。
CES2024現地レポート第2弾は、現地時間1月9日の朝8:30から行われた、L’Oréal(ロレアル)による基調講演からレポートする。筆者は、今年のCESの基調講演の陣容にロレアルが参加することを知り、非常に興奮したのを覚えている。ロレアルは、フランスに本社を置く世界的な化粧品および美容製品のメーカーであることはご存知だろう。一般的に非テック企業、非IT企業の顔を持つロレアルが、ITとテクノロジーの祭典の基調講演で何を伝えたのか? さっそく現地からレポートしたい。
美の探求、その推進力は科学とイノベーションにあり
基調講演に登壇したのは、ロレアルのCEOであるNicolas Hieronimus氏。同氏は美容とビューティーテクノロジーの分野での革新と継続的な開発に37年間に携わってきたという。またロレアルは、Eコマースやソーシャルネットワークの台頭により、ビューティ業界の競争が激化する中、市場シェアを勝ち取るだけでなく、世界に良い影響をもたらすために取り組んでいるという。
さらにロレアルは、美の探求において科学とイノベーションを推進力とし、デジタルによる変革に積極的に取り組んだ結果、デジタルとEコマースのリーダーになった主張した。同社は10年以上前から、デジタル革命に積極的に取り組んでおり、AI、AR、IoT、Web3などの革新的な技術を取り入れ、ビューティーテック業界のリーダーを目指しているとも語られた。
Beauty Geniusは、AI搭載のパーソナル・ビューティーアドバイザー
その後、ロレアル初のバーチャル・パーソナル・ビューティー・アドバイザーであるBeauty GeniusをNicolas CEO自らが披露した。Beauty Geniusはロレアルによる革新的な生成AIを活用したビューティーアドバイザーである。
このシステムは、ユーザーの肌の写真などの入力情報をもとに、個別のスキンケア診断を行い、最適な製品をお勧めしてくれるというもの。さらに、メイクアップのアドバイスを行い、自宅で美容プロの支援を得ることができる。AIとデジタル技術を駆使することで、消費者の美容ルーチンをパーソナルな形で提案してくれるだけでなく購入前にバーチャルで商品を試すことも可能となるのだ。基調講演では、Nicolas CEOがBeauty Geniusと実際に対話する様子をユーモラスに披露して会場を湧かせた。
ダイバーシティ&インクルーシブ、そして革新的な技術による取り組みを次々に披露
続いては、技術担当責任者のBarbara Lavernos氏が登壇、ロレアルが取り組む様々な課題と、対応する製品さらには要素技術が次々と披露された。
まずは、ヘアケア製品が紹介された。自宅で簡単に髪を染めることができるカラーソニックなど、ヘアケアにおける技術革新について紹介。ゲストに、女優のエヴァ・ロンゴリア氏が登壇し、この製品の革新性について直接紹介、デモンストレーションを行い、会場を盛り上げた。
AIモーション機能を持つHAPTA
次に、テクノロジーによって垣根のない美の提供への取り組みについて触れられた。ロレアルによると、世界の人口の約15%の人が何らかの障がいを持ち、5000万人が手先の動きで制約を受けているという。そこで、精密医療を提供するvery社と開発した、AIモーションセンシング技術により、障がいのある方がメイクアップを可能にするプロアクトを紹介した。“HAPTA(ハフタ)”は、動きを安定させるメイクアップデバイスで、手の動きに障がいを持つユーザーが自立してメイクアップを楽しむことができるようになったという。
水資源の節約に貢献するWater Saver
また環境への取り組みに対応した製品も紹介された。水資源を節約するための新しいテクノロジー「ウォーターセーバー」は、水の断片化技術により、最大69%の水を節約し、同時にシャワーヘッドの洗浄力を向上させるという。この製品は、サスティナブルな美容業界への変革を加速させるという。スイスのスタートアップ企業ギゼとの協力により開発された。
さらに、ロレアルは赤外線光技術を使用して髪を傷めることなく、効率的に乾燥させるプロフェッショナルヘアドライヤー「エアラインプロ」を発表。これらの技術革新は、ロレアルがビューティーテックの世界リーダーになる戦略の完璧な体現であり、美容業界の問題に最新の技術を応用することで、パラダイムシフトを起こし、実生活の美容の問題を解決できると訴えた。
115年間、美容に特化したロレアル。10年前からCESに出展
Nicolas CEOは、基調講演の最後にロレアルとCES、そしてテクノロジーへの取り組みについて言及した。ロレアルでは115年にわたり、美を創造することだけに専念してきたという。そして、ロレアルは10年前からCESに出展しており、CESに出展した最初の大手美容メーカーであったことを紹介。CESを通して、長年にわたってさまざまなイノベーションを紹介してきたという。
同社ではこの10年でUVトラッキング、パーソナライズド・メイクアップ、自宅でできるプロフェッショナル・アイブロウ、小型ヘアブラシなど、さまざまな分野の技術で数々のCESイノベーション・アワードを受賞し2024年には7つのCES Innovation Awardsを受賞したことを伝えた。さらにロレアルは、美容と技術の組み合わせにより、より良い世界を創造し、世界を動かす美を創り出すことができると言い、その使命を達成し、技術の力を利用して美容業界の未来を発明するユニークな位置にあるのだと訴えた。
非テック企業によるテクノロジーへの取り組みの発信はブランド価値に貢献する
ロレアルによる基調講演は、ロレアルにとってもCESにとっても期待通りの結果となったのではないだろうか。ロレアルは、美容・化粧品分野のリーダー企業であり、その企業ブランドを十分に発揮・体現するプレゼンテーションであった。普段、CESに登壇するテック巨大企業による基調講演とプレゼンテーションのコンテンツクオリティやプレゼンテーションの雰囲気は良い意味で大きく異なっていた印象を受ける。映像美とストーリーの鮮やかさにその独自性が光った。
しかし、筆者が最も関心したのは、ロレアルがCESを理解していたということだ。同社の美意識やサスティナティやダイバーシティへの取り組みと、“技術”そして、技術を活用した“プロダクト”が丁寧に紹介され、どれもが革新的であった。プレゼンテーションに触れた多くの人は、ロレアルがテクノロジーとイノベーションのリーダーであると認識したであろう。
そして、スタートアップに対する投資を積極的に行い、スタートアップと積極的に繋がるオープンイノベーションにおいても先頭を走っていると認識したであろう。「アドタイ」読者にはぜひ、YouTubeで公開される同社の基調講演を通しで視聴されることを推奨したい。非テック企業、FMCG企業がテクノロジーとイノベーションに取り組むとはどういうことか?競争優位にどう寄与するのか?そして、ブランドにどう寄与するのか?大いに参考になるだろう。
森 直樹氏
電通 ビジネストランスフォーメーション・クリエーティブ・センター
エクスペリエンスデザイン部長/クリエーティブディレクター
光学機器のマーケティング、市場調査会社、ネット系ベンチャーなど経て2009年電通入社。米デザインコンサルティングファームであるfrog社との協業及び国内企業への事業展開、デジタル&テクノロジーによる事業およびイノベーション支援を手がける。2023年まで公益社団法人 日本アドバタイザーズ協会 デジタルマーケティング研究機構の幹事(モバイル委員長)を務める。著書に「モバイルシフト」(アスキー・メディアワークス、共著)など。ADFEST(INTERACTIVE Silver他)、Spikes Asia(PR グランプリ)、グッドデザイン賞など受賞。ad:tech Tokyo公式スピーカー他、講演多数。