リテールメディアとは何か?
昨今、「リテールメディア」というワードが小売業界や広告業界で話題になっています。リテールメディアは、小売業を主体とした新たなメディアの概念(広告サービス)であり、同時に小売業にとっては新たな収益経路の1つとして注目されています。
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そもそもリテールメディアとは、小売業が外部向けに「広告媒体(メディア)」として提供している媒体そのものを指します。具体的には、小売業が運営しているECサイトやアプリ、店舗内のサイネージなどが対象です。海外の小売業(ウォルマートほか)では、これらを新たな「広告枠」の1つとしてメーカー企業などの外部の会社に提供・販売することで、大きな広告収入を得ています。アメリカでは、リテールメディアが広告市場全体の約2割を占めるとも言われ、さらなる伸長が期待されている市場です。
では、なぜリテールメディアが日本国内でも注目されるようになったのでしょうか。主な理由には下記の4点があると私は考えています。
①プライバシー保護の強化(今後はクッキーに頼らない取り組みが必須)
→個人情報保護法の改正などから既存の広告配信の精度の低下が課題視され、買い物客(ショッパーであり同時にユーザー)のデータと繋がることができるリテールメディアに期待が高まっているため
②コロナ禍による購買スタイルの変化(パソコンや携帯端末を使っての買い物の習慣化)
→オンラインでの購買や、ECサイトで注文をして店頭で商品をピックアップすることが増えるなど、ネット(メディア)を介しての買い物行動が増えているため
③海外におけるリテールメディア市場の急速な伸び(アメリカで約6.8兆円の売上)
→日本の小売業やメーカー企業がベンチマークをする海外の小売業(ウォルマートほか)のリテールメディア市場に関する急激な盛り上がりを捉えて、日本でも検討材料に挙がっているため
④利益率の低い小売業の利益構造(ポートフォリオ)を変えることへの期待
→日本の小売業の営業利益率は数パーセントと非常に低い状況。ウォルマートのような広告事業の売上高(2021年度は3,150億円)を見ると、日本の小売業の利益への直結や利益を押し上げることを期待できると考えられるため
リテールメディア広告の市場規模
日本におけるリテールメディアの広告市場規模も年々増加。2023年には245億円、さらに2026年には805億円に達する見込みと言われています。現在、コンビニエンスストアやスーパーマーケット、ドラッグストアなどでもアプリやサイネージを使った様々な取り組みが見られますが、今後も購買データのさらなる活用が進み、販促としても新しい取り組みに拡がっていく可能性も大いにあります。
リテールメディアを取り巻くステークホルダーは、媒体(広告枠)を提供する小売企業。そして広告主として広告を出稿するメーカーをはじめとした企業。そして買い物客が挙げられます。リテールメディアを活用するメリットはこの3者で、それぞれ異なるということは知っておきたいところです。順を追って見ていきます。
リテールメディア活用メリットその1:小売企業
「広告収益が得られる」
ここで言う小売企業とは店舗やECサイト、アプリといった販売環境を備えている流通小売業を指します。小売業がリテールメディアを行うメリットは、これまで商品販売でのみ得られていた収益に加え、新たに広告媒体としての収益が加わることです。元々店舗での売上の利益率の低い(3~5%)ことから、リテールメディアに期待する小売業は多くなっています。
また、店舗やECサイトに訪れる買い物客による視認、あるいは彼らから小売に預けられているデータが提供価値となることで、メーカーにとっても販路の拡大や売上増加に繋げることが可能と考えられています。
さらに、広告とクーポンをセットにして指定した商品との抱き合わせ購入、あるいはついで買いとして広告に掲載された商品が購入されれば、客単価アップが期待できます。「広告と接触した買い物客が、その商品を実際に購入したかどうか?」などの仕組みづくりが可能になるのです。
リテールメディア活用メリットその2:広告主
顧客データをマーケティングに活用できる
広告主、つまりリテールメディアに広告出稿する企業は、前述のように、小売業が保持している買い物客や購買データを活かすことで、より精度の高いマーケティング活動を試みます。Google広告やFacebookをはじめとしたSNS広告など、ターゲティングができる広告は今までも多様にありましたが、リテールメディアは店舗やECサイトといった買い物行動の周辺で結びついているプラットフォーム上に広告を出稿することから、従来のマスメディアやSNSの配信に比べて、買い物客に対して適切なタイミングを捉えて商品に近い場所でのアプローチや効果測定を行いやすくします。
リテールメディア活用メリットその3:買い物客
興味関心に沿った情報が届く
リテールメディアは顧客データに基づく広告配信となるため、買い物客の興味関心や買い物履歴を反映した「買い物客が求める情報」を受け取りやすくなることがメリットです。また、スーパーマーケットやドラッグストアなどセルフスタイルの売り場が増える中で、商品やサービスに関する情報や買い物客からの質問を、スタッフに代わってリテールメディアが対応することができることもあるとのこと。リテールメディアについては、小売業や広告に携わる企業においては新たな収益源として期待をする声が多いです。しかし、小売業のバイヤーや販売促進に携わる方々と商談を行うメーカーの皆さんは次の点を考えて熟慮する必要があります。
リテールメディアの活用のポイントは買い物行動の理解
ここまで話してきたように、リテールメディア活用のメリットとして挙げられるのは、メーカーにとっては「デジタルから店頭まで一気通貫して広告を展開することができること」。そして、小売業にとっては「新たな収益モデルとしての期待」の大きく2つがあると考えられます。
たしかに、リテールメディアでの広告配信は、買い物客の属性や購買データをもとにすることから、情報やクーポンなどの特典の配信精度は高まります。また、メーカーにとっては取り組みをする小売業との関係強化を図る意味としても、広告枠への出稿は必要に応じて対応が求められるでしょう。しかし、こうした取り組みの中で注意しなければならないのは、「メーカーの営業活動における利益の確保」や「買い物行動における“習慣”の視点」です。
リテールメディアの活用に関する注意点
小売業、広告主、買い物客の三者にとってメリットがあるリテールメディアですが、まだ新しい概念です。実際に活用する際には注意点があると思っています。これまでも、店頭での売り場づくりや販促企画の実施において、小売業とメーカーの連携が必要だったように、リテールメディアの効果的な活用を実現するためにもまた、両者の強固な関係性は不可欠になるはずです。
下記に列挙した注意点は、リテールメディア広告主としても、広告枠を提供する小売業にも言えることかと思います。
■リテールメディアを介して伝える「広告」に、買い物客が本来望まない「広告」が含まないように
→配信であっても、売り場であっても、買い物客が求めていない情報が多く目に入ることは、“ストレス”になってしまう可能性があるため
■買い物客へのデジタルクーポンの配信は、単なる割引にならないように
→小売業・メーカーの売上につながる期待が持てるが、メーカーにとっては広告費を同時に払うことになり、利益を落とす可能性があるため。単なる割引に頼らず、投資対効果が期待できる企画を検討する必要がある。
■インストアサイネージを活用するときは、配信内容に工夫を
→小売業からメーカーへ依頼されるリテールメディアの「広告枠」出稿への対応は、両者の関係づくりを鑑みても求められる。しかし、出稿する場合は、インストアにおけるメディアが効果的に展開されるかは常に考える必要がある。例えば、スーパーなどのレジ上に設置されたサイネージは会計の直前に見る情報になり、すでに買い物を終えた客へのアプローチとしては効果が薄いことから配信する内容にも工夫が必要となる。
■店頭サイネージで伝える情報すべてが、買い物客の行動変化に繋がるわけではないと理解する
→買い物の最中は概ね「買い物脳」になっており、サイネージや端末に関心や視線が向かず約9割が気にせずに通り過ぎるという分析結果もある。リテールメディアの活用の“落とし穴”として「配信によって伝えることの全てが買い物行動の変化につながることでないこと」をまずは理解する必要がある。
■店舗の地域性や生産者との関係性構築にも効果的かを考える
→買い物客の購入意欲を促進する売り場をつくるには、店舗の地域性やその周囲にいる生産者理解も必要。その広告が彼らとの関係性構築にも活かすことができるかを考慮して、企画することが大切。
今後、リテールメディアは単なる広告配信メディアや販促ツールとしてではなく、それぞれを両立できる存在になるポテンシャルがあると思います。同時に、買い物客の理解やインサイトを見つけるきっかけになる可能性を持つはずです。
しかし、こうした取り組みに関する知見や経験がなく、社内においても検討する部門すらないと言うのが現状。これらを営業部門や特定の部門が単独で考えて進めて行くにはあまりに負担が大きいです。リテールメディアは会社全体で捉えて実践をしていく必要があり、そうした考えを「営業(現場)の声」として挙げて行くことも重要になります。
リテイルインサイト 代表取締役
倉林武也氏
2018 年に流通小売業やメーカー企業・事業会社のマーケティング領域におけるコンサルティング業務を担う会社として起業。営業戦略や販売の支援、社内組織の活性化や社員の育成(ナレッジ研修や Teams や LINE などプラットフォームを使用した活動支援)を行う。近年、広告やコミュニケーションや販売促進のあり方が大きく変わる中、リアルな「場」(チャネル)や商談における課題をインサイトの抽出やデジタルを含む方法で最適解を追求。JPM(日本プロモーショナルマーケティング協会)アワード最終審査員 宣伝会議「ビジネスプロデュース力養成講座」「行動デザイン実践講座」ほかに登壇。