日本マーケティング協会(会長 藤重貞慶氏、理事長 恩藏直人氏)は、1月25日に同協会が制定する「マーケティングの定義」を34年ぶりに刷新した。前回の定義が制定されたのは1990年のことで、2023年6月に協会の理事長に就任した恩藏 直人氏 (早稲田大学 教授)の改訂の発案により、約半年にわたるプロジェクトを経て公開されたもの。
■マーケティングの定義(2024年制定)※刷新された新・定義
(マーケティングとは)顧客や社会と共に価値を創造し、その価値を広く浸透させることによって、ステークホルダーとの関係性を醸成し、より豊かで持続可能な社会を実現するための構想でありプロセスである。
- 注 1)主体は企業のみならず、個人や非営利組織等がなり得る。
- 注 2)関係性の醸成には、新たな価値創造のプロセスも含まれている。
- 注 3) 構想にはイニシアティブがイメージされており、戦略・仕組み・活動を含んでいる。
■マーケティングの定義(1990年制定)
(マーケティングとは)企業および他の組織1)がグローバルな視野2)に立ち、顧客3)との相互理解を得ながら、公正な競争を通じて行う市場創造のための総合的活動4)である。
- 1) 教育・医療・行政などの機関、団体などを含む。
- 2)国内外の社会、文化、自然環境の重視。
- 3)一般消費者、取引先、関係する機関・個人、および地域住民を含む。
- 4)組織の内外に向けて統合・調整されたリサーチ・製品・価格・プロモーション・流通、および顧客・環境関係などに係わる諸活動をいう。
2024年版の定義の策定は恩藏委員長のもと、研究者と実務家の双方が参加する以下の制作委員会のメンバーによって行われた。
【制作委員会メンバー】岩﨑 拓 (博報堂 執行役員)、栗木 契 (神戸大学大学院 教授)、里村 卓也 (慶應義塾大学 教授)、須永 努 (早稲田大学 教授)、平木 いくみ (東京国際大学 教授)、西尾 チヅル(筑波大学 教授)、福島 常浩 (トランスコスモス 上席常務執行役員)、星野 朝子 (日産自動車 執行役副社長)、柳井 慎一郎 (サントリー食品インターナショナル 常務執行役員)、山口 有希子 (パナソニックコネクト 取締役執行役員 CMO)
恩藏教授は人選について「マーケティングはアカデミズムの視点だけでなく、実務家の視点が必要なことから、政策委員会には複数の実務家の方にも参加をいただいた。またマーケティングの対象はBtoBとBtoC、有形のプロダクトに無形のサービスなど多岐にわたるため、その対象の広がりも踏まえて、人選を考えている」と狙いを語る。
2023年7月に定義委員会の初ミーティングを開催。アメリカマーケティング協会の定義の変遷、欧州や東南アジアの主要国で用いられているマーケティングの定義や国内のマーケティング研究者がこれまでに提示してきた定義などを調査し、委員会メンバーで共有。そうした共有を踏まえ、約2カ月後にマーケティングの定義を考えるうえで外せないキーワードやフレーズを持ち寄り、その理由を述べ合うという機会を設けた。
「外せないキーワードとしては、交換(エクスチェンジ)、サスティナビリティ、カスタマーバリュー、ステークホルダーなどがあがってきた」(恩藏教授)。
その後、3名からなる小委員会メンバーで、上がってきたキーワードを集約して、文章としてまとめる形で定義の原案を策定、それを委員会メンバーに諮る形で今回の定義の発表に至ったという。
恩藏教授に聞いた、新定義の意図と狙いは以下の解説の通り。
■2024年制定「マーケティングの定義」概要①
(マーケティングとは)顧客や社会と共に価値を創造し、その価値を広く浸透させることによって、ステークホルダーとの関係性を醸成し、より豊かで持続可能な社会を実現するための構想でありプロセスである。
マーケティングは「価値の創造」
「価値の創造」という言葉は、マーケティングの定義として外せないという意見が多くの委員からあがった。加えて、顧客や社会とのコラボレーティブな活動の在り方を表現すべきであるという考えから「共に」という言葉を加えている。
■2024年制定「マーケティングの定義」概要②
(マーケティングとは)顧客や社会と共に価値を創造し、その価値を広く浸透させることによって、ステークホルダーとの関係性を醸成し、より豊かで持続可能な社会を実現するための構想でありプロセスである。
価値の創造に加えて「浸透」が求められる
これまでの定義では価値について、コミュニケート(伝達)やデリバリー(提供)を意味する言葉が多く使われることが多かったが、これらの言葉には一時的なニュアンスが感じられることなどから、「浸透」という言葉で広がりを持たせた。
価値が浸透した後に、さらに新しい価値が創造される
価値を創造し、顧客や社会に浸透させた先に、さらに新しい価値が生まれるという意味を込めた表現にしている。具体的には「関係性を醸成」という言葉で表現している。
■2024年制定「マーケティングの定義」概要③
(マーケティングとは)顧客や社会と共に価値を創造し、その価値を広く浸透させることによって、ステークホルダーとの関係性を醸成し、より豊かで持続可能な社会を実現するための構想でありプロセスである。
マーケティングの目的は企業の成長の先にある
当初は「持続的成長」という言葉も出てきたが、持続的成長だけがマーケティングの目的ではないという結論に至った。同時に、「誰にとっての持続的成長か?」という議論が起き、結果として「持続可能な社会の実現」という表現が盛り込まれたという。
一方で、企業によるビジネスの成長の視点を盛り込むために「より豊かで」という文言が加えられている。
マーケティングは構想であり、プロセス
ここで「構想」「プロセス」と表現されているところでは、「戦略」という言葉の使用も議論された。しかし戦略は非営利的側面との相性が良くないこと、学術分野での利用が減少していることなどから、構想とプロセスが採用された。また構想という言葉には「イニシアティブ」というニュアンスを込めており、戦略や活動の上位概念として想定されていることから注釈を入れている。
日本マーケティング協会の藤重貞慶会長は今回の定義について次のようにコメントしている。
「共感・共創・共助など、今日的なマーケティングに求められる役割が『共に』という言葉の中で表現できたと思う。マーケティングは単にモノを売るための手段ではなく、価値を社会に浸透させ、さらには共創することで、より良い社会づくりに貢献する企業活動と言える。皆が共有できる持続可能な社会をつくる上で、マーケティングに期待される役割は大きい。この定義を産業界の皆さんにも広く知っていただき、マーケティングが果たすべき役割について理解を深めていただく機会になればと考えている」。