木村 仁昭(Masaaki Kimura)
(株)電通 トランスフォーメーション・プロデュース局
シニアプロデューサー/(株)電通プロモーションプラス
企画営業部 部長
2000年電通入社・関西支社マーケティング局に配属、マーケティング・メディアプラン・アカウントプランニングからプロモーション・コミュニケーション領域の企画に幅広く従事。2008年より東京本社にて、メガバンク等金融クライアント/パブリック系アカウント/大手通信キャリア担当を歴任し、2013年より国内大手流通のデジタル案件・マーケティング案件に従事したのち、現在は BX に特化した部門にて、「日本の流通小売業」の BX / DX 支援をリードするエキスパートとして講演など多数。
コロナが明けた米国 実店舗とともにある“暮らし”が見えた
前回のレポートにも書かせていただきましたが、今年の1月14日~16日に行われた NRF2024では、ポストコロナ時代の到来を告げるかのような、従来とは異なる3つの大きなパラダイムシフトが見られました。前回言及したのは、LEVI‘S CEO ミシェル・ガス氏によるキーノート講演から見えた「Begin with Brands」。いわゆるメーカー、ブランドの復権です。
今回お話する2つ目のキーワードは「店舗への原点回帰」。完全にコロナが明けたニューヨークでは、また、リアル店舗とともにある“暮らし”を想像することができました。
Start with Stores~店舗への原点回帰
NRFの定番である“MVPリテーラー表彰”にあたる、ビジョナリーアワード2024。今年も2日目のキーノートセッションにおいて発表があり、スポーツ・アスレチック用品のナショナルチェーン老舗:Dick’s Sporting Goodsの戴冠となりました。
同社のエド・スタック CEO は、リテーラーとしての信念(emphasizing the importance of following your own heart)に基づいて行動することの大切さを説いていました。その中でも特に強調されていたのは、顧客視点に立った体験型の店舗設計の重要性。株主価値を追求する投資家や、コロナ禍でオフラインからオンラインに大きく振れたリテール環境では避けられてきた、リアル店舗への大規模な投資です。
以下、同チェーンにおける2つの店舗写真を比べてみて下さい。前者は通常のDick’s Sporting Goodsのお店であり、規模の大きさや圧倒的な品ぞろえ、カーブサイドピックアップの標準装備と言ったところはお分かりいただけるかと思います。
対して、後者は、新しい店舗フォーマットとなる大規模体験型のDick’s House of Sport。(これまでに12店舗を構えていますが、2024年までに新規追加で10店舗をオープンする予定)。
こちらの店舗は、店内のバッティングセンター、ゴルフシミュレーター、クライミングウォールと言った大規模体験型ゾーンに設備投資を行い、集客装置化している点がこれまでとは大きく異なります。
従来、これらの大規模体験型ゾーンへの設備投資は、一見ROIに見合わないものだと判断されていました。しかし、今回“MVPリテーラー”にDick’s Sporting Goodsが選ばれたことから考察するに、リテールにおけるブランド価値向上のためには、特にスポーツ用品を取り扱う以上、それらの体感・体験価値を伴うブランドビルディングが必須になる時代が到来すると言えるのではないでしょうか。
「顧客を知り」、「彼らとコミュニケーションを取り」、「その彼らからの支持を得る」フィールドとなるのは、店舗とそこにいる店員だということを再認識するキーノートでした。インフレによって消費者支出の鈍化影響を受ける米国流通小売企業が多い中、設備投資から人的資本経営までを“ストアフォーカス”したユニークな事例と言っても過言ではありません。
創業時の理念を守り、逆風でも業績を伸ばす“ライフスタイルリテーラー”
加えて“Start with the Store” と総括したのは、3日目のキーノートセッションに登壇したTractor Supply Companyのハル・ロートン CEO。同社は、コロナ前からブランドスローガン「Life Out Here」を掲げています。このコンセプトは今年も依然健在ですが、パンデミックを経て大きく変わったのは、同社のこのパーパスへの解釈です。
2021年のコロナ禍で彼が登壇した際に強調したのは、「レジリエンシー」です。同社は農耕機具のカタログ販売をテネシーの片田舎でスタートしてから、時代に準じて変遷する顧客ニーズの変化をたゆまず丁寧に捉え、事業領域をピボットさせてきました。
- ① 農耕機具のカタログ販売から開始
- ↓
- ② 「家畜用飼料販売」を事業にプラス
- ↓
- ③ 「ペット用品の販売」を事業にプラス
- ↓
- ④ 「アウトドアグッズの販売」(現在)
当時は「さあ、外で暮らそう」というように、アウトドアライフを推奨するような訴求だったのですが、2024年現在のHPトップをご覧ください。
ここで訴求されているのは、同じ「Life Out Here」というブランドスローガンでも、『そこでの暮らし』へと文脈・意味合いを変えた、地域密着型ライフスタイルリテーラーとしての企業姿勢です。
彼は他にも、営業時間を過ぎても1人の顧客、1頭の家畜のために対応した店舗スタッフの事例や、従業員間での顧客対応円滑化のために、生成 AI を活用したデバイス&コミュニケーションツール『Hey GURA*』といった最新ツールに触れていました。
*GURA : Greet the customer, Uncover their needs, Recommend products, Ask for the saleの頭文字を取り、当該社の顧客アプローチ姿勢を端的に指し示す造語。
このように、店舗スタッフとのコミュニケーションに見られる「ヒューマンタッチ」と、AIツールなどの「テックタッチ」をそれぞれ組み合わせることで、逆風の経済環境下で着実に業績を伸ばしながらも、創業以来の企業理念を堅持しているとのことでした。
3つのステークホルダーと、3つのチェーンの間で小売に求められること
以下は、著者がよく用いる模式図です。
ここに書かれている顧客、流通、メーカー(ブランド)という3つのステークホルダーと、ディマンドチェーン、サプライチェーン、バリューチェーンという3つのチェーンは、マスマーケティングが通用した、ないしはパンデミック前の固定的、かつ直線的なモデルに過ぎません。
ディマンドチェーンの要請は時代に応じて変化し、サプライチェーンはそれに対応する必要があります。その中間にある流通小売業の皆さんに求められることは、大きな社会構造変換やパラダイムシフトが起こるタイミングで、時代に応じたコンテクストを正確に捉えることと、そのようなブランドとして認知されるためのコミュニケーションを展開することではないでしょうか?
前述した2社はそれを実践しており、それこそが店舗起点でのレジリエントなリテールDXであると私は思うのです。その意味で、コロナ明けの時代の変わり目においては、まさにお店からポストコロナの新しいお買い物様式が始まって行くのでしょう。
では、メーカー(+卸)だけが、そこに対応できるプレイヤーなのでしょうか?
旧来的なバリューチェーンの枠組みで考えるとそうかもしれませんが、個の力でブランドビルディングが十分に成立しうる時代が既に到来しています。そこにパーパスと共感できる仲間さえいれば。
次回はそのココロを紐解いていきたいと思います。