大阪市高速電気軌道(Osaka Metro)
広報戦略部長
弓家田広司氏
25年の長きにわたり、生活情報誌を発行するオレンジページで編集、広告、販売、デジタル系など様々なジャンルの業務に従事。その後ヨシケイ開発、大塚食品に活動の場を移し、広報、宣伝、SNS戦略、CSRなどを取り仕切る。2023年秋、一貫した食関連ジャンルから大きく転換し初の大阪単身赴任で地元インフラ企業の大阪市高速電気軌道(Osaka Metro)の広報戦略部長に就任。メディアと事業会社の両方の経験を活かし、守りと攻めの広報&ブランド戦略に取り組んでいる。目下の目標(課題?)はOsaka Metro全駅訪問、完全制覇!
Q1:現在の仕事の内容とは?
「交通を核とした生活まちづくり企業」を掲げる大阪の地下鉄インフラOsaka Metroにおいて、企業価値向上を目的に日々社内外に情報発信を行っている広報戦略部のマネジメントをしています。広報チームとブランドプロモーションチームを置き、メディアへのプレス資料の作成と発信はもちろん、取材対応、広聴(お客さまの声対応、お客さまモニターの活動運営)、社内報や会社案内、ノベルティ、マナー啓発活動等のポスター制作などのほか、企業イメージ向上とファン化を狙った宣伝活動、ブランドロゴ管理、さらにはCSRとして大阪市音楽団(Shion)とのパートナーシップ活動や大阪マラソン協賛、デジタル回りですとコーポレートサイトの管理運営、公式のYouTubeとX(旧Twitter)からの発信・分析、広告発注管理など、目まぐるしいほど(笑)多岐にわたる業務を計16名の大所帯で毎日活動しています。
また、交通事業を営む会社として一番大切にしているのが「安全・安心」の運行。広報戦略部としては、事故や遅延が発生した場合へのお客さまへの情報アナウンスを、運行情報アプリやHP、Xなどでスピーディにかつ的確に発信してご安心いただく取り組みのほか、重大インシデントが発生した場合の危機管理対応として、対応マニュアルの作成のほか、新聞記者を講師に招いた模擬記者会見実習を社内役職者に体験してもらうといった研修会も企画運営しています。
Q2:これまでの職歴は?
1994年に生活情報誌『オレンジページ』を手掛けるオレンジページ社に新卒入社。料理から家事全般、美容、旅行などさまざまなジャンルの編集にたずさわり、さらに広告部での媒体営業やタイアップ編集、web・SNS施策立案などの経験も重ね、読者やユーザー、特に主婦のインサイトをとことん知りつくすという、ちょっと異色の経験からスタート。
誌面作りはマーケティング的要素も多分にあります。読者のお宅を訪問し、冷蔵庫の中を見せてもらって食トレンドを分析、追加インタビューで裏取り、情報に確実性を付加するため管理栄養士や研究者への取材をプラス、その後特集提案して誌面化するなど、いわゆるOODA(ウーダ)ループを実践していました。編集者は個人商店のようなもので、自らネタを探して拾い集め、ウケる(だろう)ネタを、ウケる書き口で発信する。まさしく「集めて編む」の繰り返しが、今の自身の仕事に役立っていると思っています。
その後、コロナ禍の「おうちごはん」で伸張著しかったミールキット宅配のヨシケイ開発、ボンカレーで有名な大塚食品で、広報、宣伝、SNS戦略、CSRなどの業務取りまとめに従事し、昨秋にOsaka Metroとの縁があり広報戦略部にやって来ました。堅いイメージの業界のなか、もうすぐ民営化6年目を迎える同社でさらなるメディアリレーションの強化のほか、広報という立場からの新しい企画発信など、「新しい地下鉄広報」に取り組んでいます。
Q3:転職や社内異動などに際して、強く意識したこととは?
編集者気質が強く出ているのかもしれませんが「相手に興味を持ってもらうためにはどう伝えるか」ですね。
広報・PRの業務では常に、露出獲得のため、最初に情報提供する記者やディレクターに対して、何を知りたがっているのか、どう表現すれば興味を持ってもらえるかを念頭に置いた発信活動を強く意識しています。
- 今起こっている出来事を的確にスピーディに伝える(新聞)
- ターゲットの心を射止めるストーリーを作り出す(出版)
- エンタメ感のある見せ方、ビジュアルを取り入れる(TV)
メディアの特性は様々です。これら特性を理解しつつ、記者やディレクターが知りたいこと、つまりその先にいる読者や視聴者が興味を示す構成を広報自ら提案することも今後は必要であると考えています。メディア目線を持つと言いますか、メディア感覚と事業会社感覚をバランスよく持ち合わせた「広報プロデューサー」になるのが理想ですね。
たとえばサービスのローンチのプレス発表のリリースもただ内容を書くのではなく、世の中の生活動向やトレンドによって、ストーリーや発出タイミングを検討します。本年4月に労基法改正により運送クライシスが話題になりますよね。となるとOsaka Metroではどんな客流になるのか、売上は? サービス変更は? 非交通事業関連の動きは?などを今のうちから予測検討し、出せるネタを社内各部と事前協議、メディア取材の準備。その後、メディアにネタや展開構成案を提供していくなど、広報サイドから仕掛けることを考えています。「自身がメディアだったら」を強く意識した広報は、図らずも出版出身の自分の根幹に流れていると思っています。
Q4:国内において広報としてのキャリア形成で悩みとなることは何?
広報としての悩みや課題でよく話に上がるのが、効果測定や評価指標が難しいということ。ただ立ち返ってみると、広報の目的である「企業価値を高める」を最終的に評価するのはお客さまであると考えています。前述もしましたが、何をアピールすればわざわざ地下鉄に乗ってくれるのか、どのような言葉で伝えれば我々の新規サービスに関心を持ってもらえるか、広義でいえば自社ブランド力が向上するのか・・・の答え探しが永遠の課題だと思っています。
自社で考えると、Osaka Metroはマーケ的にはロングセラーブランドであり、だからこそそれであり続けるためには、コアとなる「価値」を守りつつ時代に合わせてターゲットとポジショニングをアップデートしていく必要があります。
では、Osaka Metroのコアとなる価値は何か。地下鉄インフラ、伝統の安全技術、駅ナカ活用、ユーザーデータ、生活関連の新規事業、最近よく耳にするようになった都市型MaaS構想(Osaka Metroでは「eMETRO」と呼んでいます)など、さまざまな事業の中から絞ってもいいし、マトリクスで一つにまとめて共通の価値・キラーコンテンツを見つけて育て、キーメッセージとともに世に出していく……。それが広報の仕事であるのは分かっているのですが、正解がないのが実情。リリース、SNS、リアルイベント等、様々なアプローチ手段でチャレンジし、その結果を分析して次に生かすループを繰り返していき、認知度や満足度、態度変容の数字でお客さまの反応を継続的に見て勝ちパターンを見つけていくことが肝要です。
ときには経営陣と情報発信の仕方やアプローチ手段の選択で意見の相違が発生することや、良かれと思って発出したメッセージもお客さまにまったく届かないことも。気分が滅入ってしまうときもありますが、メディア記者からの情報や世のトレンド、SNSでの反応、過去の対応実績など、いろいろな側面から集めた判断材料をもとに、広報担当とし胸を張って社提案しつつ愚直にやり抜くことが、悩みや課題解決の方法と信じています。
Q5:広報職の経験を活かして、今後チャレンジしたいことは?
今の職場での思いですが、Osaka Metroを道具としてのメトロではなく、【推し対象としてのメトロ】に昇華させたいと考えています。ネタを集める「取材力」、大胆な発想で仕掛ける「クリエイティブ力」、より印象付ける「発信力」。広報戦略部としてこの3つの力を高めて魅力ある情報を発信し、Osaka Metroって楽しそうなことをやっているね! 今度地下鉄に乗って行ってみようかな!と思ってもらえたら成功ですね。
来年度は、SNSを中心としたデジタル回りを効果的に使い、25年開催の万博に合わせて作るサテライト会場での大阪の未来の交通体験施設(まだ詳しくは言えませんが・・・)を推しコンテンツとし、ユーザーにささるメッセージに乗せてOsaka Metroブランドをアピールしていく予定。あと、一日に約230万人のお客さまにご利用いただいている基幹事業の「駅」をリアルなタッチポイントとしてもっと活用することも検討中。230万人に毎日リーチできる駅は、もうメディアです。駅ナカの新しい広報場所の発掘をしつつ、たとえばOsaka Metroと思いを一緒にできる企業やメディア、ユーザーとのコラボメッセージの発信など、さまざまな形でステークホルダーと楽しく共創し、話題化できるアイディアを取り入れたいですね。コミュニケーションやマーケ理論、広報のあるべき姿といった堅い理屈抜きの、お客さまもOsaka Metroもともに楽しめる、そんなソフト路線の施策で自社の企業価値向上に取り組んでいきます。
【次回のコラムの担当は?】
サントリーホールディングスのスポーツ事業推進部 バレーボール事務局にて、サントリーサンバースのチーム広報をやっていらっしゃる松﨑廣光さんです。選手として7年間プレーし、引退後はチームアナリストやマネージャーを経て、ただいま広報や普及活動に力をいれていらっしゃいます。ジュニアチームの監督も兼務して多忙ななか取り組むスポーツ広報のお話には興味をそそられます。