買い物客や小売業に向き合う上で大切なこと
昨年11月より主に食品や飲料・生活用品(消耗財)のメーカーの営業の皆さんに、小売業のバイヤーほかに取り組む上でのポイントを紹介してきました。今回は当コラム掲載の最終回にあたり、あらためてこれまでの内容を整理することにします。
連載のはじめ、第1回ではメーカーと小売業の立場の違いとして「視座」のあり方に注意することをお伝えしました。
「売上アップ」という同じ目標を掲げていても、小売業はその対象を「店舗で扱うすべての商品」の売上と捉え、一方メーカーの皆さんは「自社の商品」の売上を考えています。これが、両者に「視座」のズレが生じる理由。まずメーカーは取り組む相手(小売業)の立場や目標などの考え方を理解しなければ、どんなに工夫した提案も高い効果を生むことは難しいでしょう。
そして、メーカー・小売業それぞれの「目標」を一致させるための共通項となる対象は、「買い物客(ショッパー)」です。第7回の記事では、「ショッパーのインサイト」を両社の合致点にすることで新しい市場や売上を創った事例を紹介しました。
「ショッパーのインサイト」を売り場や売り方に反映させるためには、買い物客の不満や願望を掘り下げて「気持ちの中にあるホットボタン」を探すことが肝になります。しかし、その際に必ず商品自体や、商品の置かれる棚・売り場の環境から、ショッパーインサイトをすり合わせることを怠らないようにしましょう。
なぜなら商品が選ばれる最後の瞬間には、売り場のあり方(商品の見え方や伝わり方など)が大きく影響しているからです。“小売業は生き物”。時代や社会の変化に合わせて、売り場や商品の構成は変わって行きます。この変化を捉えながらメーカーである皆さんは、自社の商品によって「小売や買い物客が抱える厄介な課題をどのように解決していくか?」を常に頭に置くことが大切です。
営業活動の転換が言われるこの時代、まず実践すること
コロナ禍や商品の値上げが続いたことで、買い物客(生活者)には生活や家計に対する防衛意識やその後は節約疲れが生まれました。小売業界では、それに対応した価格訴求のディスカウントストアやECと言った競合店舗が次々と出現し、「選ばれる企業・店づくりとは?」といった大きな課題が表れました。
営業活動の転換が求められる今、前述の「視座」や「ショッパーのインサイト」の理解を前提にしながら、この時代に優先すべき営業活動について紹介します。
① 小売業との距離を縮めるPB商品の販売支援
小売業の営業利益は決して高いものではありません。そこで重視されているのがPB商品の位置づけ。PBの立ち位置は、コロナ禍以前と現在とで大きく変化しました。PBは、メーカー企業にとっては価格・価値面でNB(ナショナルブランド)と対抗する商品。一方、買い物客にとっては家計を応援する商品です。
ここでメーカー企業に必要なのは、このPBと対峙することではなく、今後はむしろ(自社の商品カテゴリーではない)PBの販売を支援する、という発想を持って企画・提案を行うことです。現在、飲料・アルコール・食品メーカーの中には、NB(ブランド)がPBの販売を押し上げるテーマをつくり、クロスセルを実践する企業が増えて来ました。“PBを訴求しながらも、NBの売上をキチンと高める”。そうしたスキームを頭に置きながら進めていくことが重要です。
② 従来の52週計画にはないテーマを時代の記号から見つける
年間の販売計画づくりとして52週や104週を元にした販売計画や販促テーマが立案されますが、このテーマは既にメーカーから行われる小売業への提案としては、差別化され難いものになっています。そこで必要なのが、時代の傾向や潮流を反映させた企画。今で言うならば、時短・タイパ・コスパ・節電&節水などの切り口です。
メーカーは自社の商品によって、こうした切り口の中にある課題をどのように解決できるかに注力することが重要でしょう。例えば、節電&節水を取り上げた場合、洗剤や掃除用品を扱うメーカーは、節電や節水対策(電気や水の使用を抑える企画)にどのように貢献できるかを具体的に示すなど、時代の流れと小売の販売計画を掛け合わせた形で売り場を提案することが求められます。
③ 大量調査に頼らない「n=1」*の視点を持つ
多くのパネラーを対象にした調査もテーマや課題によって必要に応じて行いますが、営業活動を行う自分自身も生活者や買い物客のひとりであることは忘れてはいけません。営業活動を自身が、常にそのことを意識して「自分を買い物客に置き換えた際の発想や行動」を想像できるようにすることは重要です。
この時に大切なのは、自分の価値観ではなく、あくまでも想定する買い物客のインサイト(願望や不満など)を捉えられるようにすること。つまり、「n=1」の視点を持つことも、販促の現場には欠かせない要素なのです。
*n=1:nは顧客数や対象数を指し、一人にフォーカスした抽出データを指すこと。
④ 他業種他業態を含む展開を捉える
私が企業と実践している方法のひとつにLINEやTeamsなどの情報発信の仕組みを活用した営業やマーケテイング活動の支援があります。商談で取り上げられた課題や(小売業からメーカー企業への)相談、競合との対策を考える時にこうしたコミュニケーションツールを使用しています。
売り場や施設で目にした販売テーマや陳列やサービスを、そのメーカー企業の該当する売り場ではなくても、情報のストックや共有といった目的でメッセージを送り合うのです。これを営業のルーティンとして、メーカーの皆さんが社員や協力スタッフとつながって、日々の活動に盛り込んでみてはいかがでしょうか。この作業は1人で行うよりも、部門やチームなど複数で行う方がはるかに効果的です。
⑤ 小売業の理想 それはワクワクを感じる店舗・売り場づくり
現在、小売業の中で話題に挙がる店舗に「ロピア」があります。“新鮮大売り”をコンセプトに展開する同店は、買い物客の他にも取り組みをする企業(ステークホルダー)、競合するスーパーマーケットすらも魅了する商品・売り場・人づくりとして定評があります。
「ロピア」の一番のこだわりは、来店されたお客さまをワクワクさせること。それは大容量の商品やコスパを追求したエキサイティングな販売手法や、売り場における演出・POPなどにも反映されています。「ロピア」を見ると、売れる店やお客さんが集まる店とは「選ばれる商品と活気のある店づくりを徹底して行うこと」とスーパーマーケットの基本を強く感じます。
では、ロピアがそうしたこだわりを持っている中で、メーカーの営業ができることは何でしょうか? 非常に難しいテーマではありますが、それは、自社の商品の扱われるカテゴリー全体が活気づいて立ち寄り率を高めたり、売り場を横断してでもお客さまが買い廻りたくなるようなテーマや売り方を考えることです。これはいつの時代においても、小売業に取り組むメーカーの永遠のテーマですが、「自社商品の売上」だけに視点を置いてしまうと解決は難しいでしょう。冒頭に述べた「視座」の差を埋めていくことが必要です。
今回まで10回にわたって「リテールインサイト徹底解剖 ~小売を知ればメーカーが変わる~」を主題に、メーカー企業の営業やマーケテイングに携わる皆さんに向けて小売業の現状やそこにある課題を取り上げて紹介してきました。
コロナ禍が過ぎ、物価高騰の時代。小売業も商品の売り方やサービスの形を変えながら時代に合わせた取り組みを行ってきました。そんな中でメーカー企業が小売業から協力や評価を今以上に得るには、小売業の考え方を徹底して理解した上で、「自社の商品だから解決のできること」や、高齢化・労働力不足・デジタル化などの「未来の課題」や「それを突破する可能性に目を向けた取り組み」が必要にあります。こうした記事が皆さんの日々の活動に少しでも役立つようであれば幸いです。
最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。
リテイルインサイト 代表取締役
倉林武也氏
2018 年に流通小売業やメーカー企業・事業会社のマーケティング領域におけるコンサルティング業務を担う会社として起業。営業戦略や販売の支援、社内組織の活性化や社員の育成(ナレッジ研修や Teams や LINE などプラットフォームを使用した活動支援)を行う。近年、広告やコミュニケーションや販売促進のあり方が大きく変わる中、リアルな「場」(チャネル)や商談における課題をインサイトの抽出やデジタルを含む方法で最適解を追求。JPM(日本プロモーショナルマーケティング協会)アワード最終審査員 宣伝会議「ビジネスプロデュース力養成講座」「行動デザイン実践講座」ほかに登壇。