木村 仁昭(Masaaki Kimura)
(株)電通 トランスフォーメーション・プロデュース局
シニアプロデューサー/(株)電通プロモーションプラス
企画営業部 部長
2000年電通入社・関西支社マーケティング局に配属、マーケティング・メディアプラン・アカウントプランニングからプロモーション・コミュニケーション領域の企画に幅広く従事。2008年より東京本社にて、メガバンク等金融クライアント/パブリック系アカウント/大手通信キャリア担当を歴任し、2013年より国内大手流通のデジタル案件・マーケティング案件に従事したのち、現在は
BX に特化した部門にて、「日本の流通小売業」の BX / DX 支援をリードするエキスパートとして講演など多数。
NRF2024、3つ目のキーワードは「Play with People」
ここまで2回にわたり、「NRF 2024: Retail’s Big Show」のキーワードである「Begin with Brands」「Start with Stores」を、キーノートを振り返るかたちで読み解いてきました。
コロナ禍が明けた現在はまさに、流通小売業のパラダイムシフトが起こっているタイミングです。時代に応じたコンテクストを正確に捉えることと、そのようなレジリエンス能力が高いブランドとして認知されるためのコミュニケーションを展開することが求められています。
そんな潮流が巻き起こっていることを踏まえ、今回お話するのは、NRF 2024から見えた3つ目のキーワードである「Play with People」。いわゆる人と人との関係性が、小売のブランド力の向上に大きく寄与するということです。
旧来的なバリューチェーンの枠組みのもとではなく、個の力でブランドビルディングが成立する時。そこに必要なのは、パーパスと共感できる仲間なのです。どういうことなのか、本記事でもキーノートを振り返りながらひも解いていきます。
ブランドグロースのためには、人との関係性から生まれるクリエーティビティを楽しむこと
定番となった、2日目の MLK day※ 祭日に併せたキーノートには、元 NBAのスーパースター:マジック・ジョンソン。そして、最終3日目の締めとなるクロージング・キーノートでは、ハリウッド女優のドリュー・バリモア(この他にもマーサースチュワートなど)が登壇。著名人の登壇も例年以上に充実していたのが2024年のNRFでした。
マジック・ジョンソンはNBA引退後、1993年に Johnson Development Corporation (JDC) を設立。同社のCEOに就任するとともに、シネマコンプレックス: Magic Johnson Theater を展開しつつ、スターバックスと共同出資で Urban Coffee Opportunities というコーヒーチェーンも運営しています。大谷翔平選手が移籍したドジャーズ他、スポーツチームの共同オーナーでもある、れっきとしたアントレプレナーです。
その彼は、NBA レイカーズ 在籍時代の“バスケット・コネクション”が年齢とともに“ビジネス・コネクション”へと移ろいゆく中で、自身があまり慣れないコート外において、頼るべき年長者・メンター(ビジネスにおける師匠)の必要性を説きました。そして、年下となる現場サイドでは、そこでもたらされる様々なアドバイスや金言に傾聴すべきである、と説いたのです。
スーパーアスリートだった彼が、わざわざ壇上から降りてその場に腰をかけ、職場における上司と部下・経営と現場と言った組織における人間関係の在り方を、フランクに聴衆へ語り掛けていたのは印象的でした。アスリートとしてではなくビジネスパーソンとして、まさにDEI そのものを体現するフラットな目線や語り口。それらは彼の生まれ持ったリーダーシップと心温まるパーソナリティの何よりの証左であると感じます。
そもそも、今回のマジック・ジョンソンに限らず、米国のいわゆるセレブリティは、アスリートに限らず芸能人や俳優も自身の活動からピボットし、個人としてブランドや事業を立ち上げるケースが多く、本会期の最後に登壇したドリュー・バリモアもまさにその1人です。
女優として華やかな一面を持ちながら、実業家としての顔も兼ね備える彼女は、様々な逆境を乗り越え、マーケター兼プロデューサーとして示唆に富んだインサイトとファクトを惜しみなく披露していました。
ドリュー・バリモアのキーノートに見る、Play with Peopleの本質
ドリュー・バリモアは、自身のブランド「Beautiful」を、“手の届きやすいプレミアム(accesible premium)”というコンセプトを掲げ、プロデュース・運営しています。若手起業家のシェイ・ホンが率いるプロダクトデザインファームMade By Gather との協業のもと、19ヵ国の市場、10,500以上の店舗や D2C を通じて、スタイリッシュかつチャーミングなキッチン商品群をリーズナブルな価格で展開しているのです。
本キーノートでは、ドリュー・バリモアによる「Beautiful」とMade By Gatherがコラボレーションするきっかけとなった商品設計思想や開発秘話といった後日談が語られたのですが、その内容は、流通小売業の成長にも繋げることができそうなポテンシャルを秘めた話も多く、大変興味深いものでした。
大きなポイントとしては、「①差別化を前提としたカテゴリー創造を行うこと」「②他社(者)とのパートナーシップをオープンに最大活用すること」「③ブランドが本来持つポテンシャルをクリエーティブなやり方で引き出す」の3つです。セッション中に紹介された下記の写真をご覧ください。
キーノートセッション中に投影されたこれらの写真からわかるのは、先ほど述べた3つのポイントです。プロダクトを見てみると、キッチンにはあまりないカラーを用いてシックで高級なイメージのカテゴリーを創造しているのがうかがえます(①)。
さらに、若手起業家・シェイ・ホンと誠実なパートナーシップを築き、互いの異なる専門性を相互補完し合っている様子も(②)。さらには、ブランドの持つポテンシャルを引き出すべく、キッチン用品とはサイズも機能も価格帯も異なる家具市場にまで領域を拡張をして商品プロデュースしています(③)。
聴衆の1人として筆者は、人と人との繋がりをその基盤におき、しなやかにマーケットを創造する、“Beautiful”なブランドグロース戦略は、十分にクリエーティブであるし、彼女自身がそのプロセスそのものを心から楽しんでいるように聞こえました。
最後に彼女はこう結んでいます。
~私たちの理想は、夢を持ち、それを絶えず膨らませ実現しようとする意志のある人たちのそばに寄り添える存在であること。もしお互いがそう意識すればお互いを失望させることもありません。つまり理想的なパートナーシップとはそもそもHonestであるべきと認識しています。
ドリュー・バリモアのセカンドキャリアは、マーケターとしてのインスピレーションに富み大きな成功を遂げました。しかし、それは決して彼女だけで実現したものではなく、彼女と他の人と人との交わりの中で創造してきたものであると言えます。
ポストコロナ時代のこれからに強いブランドとは、先の原稿で述べた3つのチェーンでいう所の旧来的なバリューチェーンの枠組みからではなく、「個」の内面的動機かあら生まれた「パーパス」が起点となっていると考えます。そして、そのパーパスに共感できる「仲間・チーム」のクリエーティビティが伴ってこそ、強くなっていくのではないでしょうか。
彼女が楽しそうに語る姿から、我々が学ぶべきことは、ブランドクリエーション・ブランドビルディングというものが本来持つ根源的な楽しさであり、これが「Play with People」という言葉の本質だと、改めて気づかされたのです。
NRFは、マーケティング・プロモーションの世界祭典へ進化する
NRFは長い間、参画者を流通小売業に絞ってきた歴史があります。しかし、コロナ前、2020年以前から顕著になってきたデータ/テクノロジードリブンのリテール DX の潮流もあり、その全貌は昨今変わりつつあります。
コロナ禍でのここ数年は、EC の急速な進展とともに参画企業の裾野が広がり、その間口は広がる一方で、 GAMS (Google / Amazon / Microsoft / Salesforce)といったプラットフォーマーがその勢力を大幅に拡大したことは周知の事実です。
実質的なポスト・コロナ・イヤーとなった今回のNRF2024は、そこにメーカー、ブランドサイドからも参画者が加わり、延べ4万人を超える来場者数となりました。もはや、流通小売業に限らない、マーケティング・プロモーションの世界祭典へと、トランスフォーメーションを遂げた印象さえ感じます。
2024年は、6月にアジア初開催となる「NRF APAC 2024」も行われます。流通小売業を取り巻く展開は、当該業界だけではなく、ブランドやメーカーのマーケターにとっても目が離せないものになっていくでしょう。