※本記事は、『広報会議』2024年3月号の巻頭特集「話題を生み出す情報発信のアイデア」の転載記事です。
湘南ストーリーブランディング
研究所代表/コピーライター
川上徹也(かわかみ・てつや)氏
大手広告代理店勤務を経て独立。広告電通賞、ACC賞など受賞歴多数。「ストーリーブランディング」の第一人者。近著に『高くてもバカ売れ!なんで?』(SBクリエイティブ)。
─ストーリーブランディングを15年ほど前から提唱されています。
前提としてストーリーブランディングとは、商品やサービスの背景にある「物語」を発信して「感情的な消費」を促すことです。
中でも最近は、商品(サービス)力の高さに加え、使用・体験時に気分が「アガる」ものや自分を労わるストーリーが付与された商品がヒットしています。あらゆるものの物価が上がるインフレ時代でも、一見コスパが悪く思える商品の一部が爆発的に売れているのです。
そうした「高くても売れる」商品に見えてきた7つのキーワードを下記にまとめています。
中でも昨今を象徴するのが ①「アガる」でしょう。
一例として「リップモンスター」(花王)は、「マスクに口紅がつきにくい」という機能性でコロナ禍に爆発的にヒットし、2023年10月時点のシリーズ累計出荷数は1700万本を超えました。このヒットには、機能だけではなく「独自の世界観」で消費者の気分を「アゲた」ことも深く貢献していると考えます。
まず商品名には、一般的に化粧品と相いれないワードである「モンスター」と付け、「とにかく落ちにくそうという最強感、貪欲な期待感を思わせる」(開発担当者)ことにこだわったそうです。商品名から「モンスターがいる世界観」を打ち出し、個々のカラー名も「憧れの日光浴」「水晶玉のマダム」などと、ユニークなネーミングに。
機能の訴求だけではなく、「とにかく強い」世界観も打ち出す戦略で生活者の感情を動かし、口紅に再び注目させたのです。
また「人の温かさ」という新機軸でリブランディングし、大ヒットしたのは「アサヒ生ビール(通称マルエフ)」(アサヒビール)です。
「復活の生」を謳っている通り、「マルエフ」は1986年に「コクがあるのに、キレがある。」というコンセプトで発売された後、飲食店向けの樽生以外の販売を終了しました。
しかし、2021年にコンセプトを「ぬくもり」に変えて一般生活者向けに再展開することに。「コロナ禍で人と人とのつながりが希薄になっているこの時代に、多くの人に愛されてきたマルエフで日本を元気にしたい」という思いのもと、「おつかれ生です」というコピーのCMとともに展開して生活者の心を動かしました。
③「自分メンテナンス」も大枠では自分を労わることで気分を「アゲる」文脈です。
例えば「睡眠中に疲労回復する」と掲げる睡眠用のリカバリーウェア「BAKUNE(バクネ)」(テンシャル)は、上下で2万円という価格設定ですが売上を伸ばしています。
機能性はもちろん、同社のミッションや創業者ストーリーが商品の説得力を高め、生活者の支持につながっています。加えて、このテンシャルの事例は「共感されるストーリーづくり」の肝も押さえているのです。
─「共感されるストーリー」づくりのポイントを教えてください。
2点あります。
1点目は「大義を示すこと」です。最近ではパーパスなどとも表しますが、「自社の商品やサービスで社会がどのように良くなるか」を明示すると支持を得やすくなります。
2点目は「ストーリーに人を登場させること」です。漫画やドラマなどと同様に共感を集めるのに重要なのが「感情移入できる人の存在」です。自社の歴史を辿ると創業者や開発者など、「人の存在」が見えてきます。
逆に陥りがちなミスは、自社や商品の「過去」だけを語り、その先の「未来」が見えないことです。「こんな過去があるから、今後この“大義”を掲げていく」など、未来とつなげて初めて説得力のあるストーリーになるのです。
─今後もストーリーブランディングを重視する流れは続きますか。
「品質」「安さ」など理性的な消費の土俵で勝負しないためにも、この傾向は続き、手法も多様化していくでしょう。
一例として「バックステージを売る」、つまり最終商品だけでなくそのプロセスをコンテンツ化する手法は、成功すれば企業にとって大きな鉱脈になります。
現在でも、例えばハンバーグ専門店「極味きわみや」は、「劇場型ハンバーグ」としてテレビなどでも話題です。目の前でジュージューとハンバーグを焼き上げる、その演出を見せることで、来店者自身がハンバーグづくりに参加しているような臨場感を味わえます。
リスクを考慮する必要はありますが、裏側まで見せることで魅力的なエピソードが生まれ、生活者の共感を集める強いストーリーになっていくかもしれません。
広報会議では、ほかにも“消費者の心をつかむ”ストーリーづくりの参考になる記事を掲載しています。