「自分が暮らす地域に関わりを持ちたい、推奨したい」。こうした市民の意欲を高める取り組みを継続している奈良県生駒市。シティプロモーション施策が生み出した社会的価値を可視化する実証実験にも取り組んでいます。生駒市 広報広聴課 課長の大垣弥生氏が解説します。
※本稿は『広報会議』2024年4月号の連載「地域活性のプロが指南」を転載しています。
「生駒は大阪へのアクセスが良くて、自然も豊富で、安全で、子育て教育環境が整っている。新しくてきれいな住宅地もある。でも、それを守っていくだけでは不十分です。これからの社会を動かすのは、権力・カネ・組織ではなく、共感とネットワーク。アイデアを持った市民や自己実現の欲求を持った市民が集まって、社会を変えていきます。もちろん、この層はまだまだ多くありません。だからこそ行政は、そういった人々を横につなぐことや応援することが必要です」。これは、生駒市総合計画審議会の会長を務められている近畿大学の久隆浩先生から5年前に教わったまちづくりの考え方で、ずっと仕事の指針にしている言葉です。
「シティプロモーション」は、言葉の持つイメージから「まちの売り込み」や「宣伝」だと誤解されることが少なくありません。行政が人口獲得を目指して宣伝をするなら、近隣市町村を上回る行政サービスの提供こそが必要だと思われる人もいるでしょう。もちろん、日常生活を支える制度や仕組みを整えることは大切です。しかし、分かりやすいお得なサービスは、競合が多く、心変わりされやすいものです。また、それだけでは「生駒で暮らし続けたい」というまちへの強い愛着は育まれず、持続可能なまちの未来にもつながりません。
「こうなれば自分も楽しいし、みんなが幸せになるかも」という地域に根差した小さなアイデアや希望を、共感とネットワークを活用して実現する人が増えていけば、それは確実にまちの資産となり、未来の変化につながっていくはずです。このため、生駒市のシティプロモーションは市民の皆さんの関係性の構築やエンパワーメントを高めることを何よりも大切にしています。
2023年8月~11月、生駒市は&PUBLIC(本社:神奈川県二宮町、共同代表:桑原憂貴氏・長友まさ美氏)と連携し、シティプロモーション施策が生み出した社会的価値を可視化する実証実験を実施しました。この実験には、シティプロモーションの第一人者である東海大学の河井孝仁先生にも参画してもらい、成果の分類や指標設定等でアドバイスをもらいました。
まず、シティプロモーション施策全体の成果は、河井先生が提唱される「修正NPS」で測定することを決めました。これは「①生駒を薦めたい気持ち」「②生駒がより良くなる行動をしようとする気持ち」「③生駒がより良くなる行動をする人への感謝の気持ち」のそれぞれの強さを10~0の11段階で尋ね、10~8を推奨者、5~0を批判者として、推奨者の割合から批判者の割合を引くことで得られる数値です。
この3つの気持ちをシティプロモーションに関する事業の参加者にアンケート調査(n=108人)したところ、①△25.93%→86.11% ②△34.26%→67.59% ③△1.85%→89.81%と事業参加前と比べて大きく向上していました。層化無作為抽出で選んだ市民を対象にした市民実感度調査(n=1517人)では、①の値が△3.9%であったため、平均的な市民の皆さんとの数値の差も施策の成果を表していると考えています。
次に、アンケート回答者のうち20人が「シティプロモーションに関する事業に関わることでおこった変化」をワークショップ形式で3時間語り合いました。「生駒の良さを話す私の影響をうけて、市外の友達が生駒に住みたいと言ってくれるようになった」「転入相談を受けるようになった」「生駒で買い物や外食をするようになった」「徒歩5分の飲食店の常連客になり、店の運営を手伝うようになった」「月1度、多世代交流のカフェを開くようになった」「生駒に事務所を開き、仕事の拠点をつくった」……。それぞれが自分にできることを始め、地域に少しずつプラスの影響を及ぼしていることが分かりました。
これらを分析して、ロジックモデルを作成しました。
- (1)事業に参加したり、プロモーションサイトで情報を閲覧したりすることによって、「生駒への関心の増加」「年齢や所属を超えた関係性の構築と拡大」「生駒がより良くなる行動をする人への感謝・応援の気持ちの増加」といった変化が生まれる。
- (2)次に、地域での買い物や飲食、イベント参加など「生駒で過ごす時間の増加」や「生駒がより良くなる行動をしようとする気持ちの増加」がおこる。
- (3)応援したい人や好きな場所、関わってみたい気持ちが増えることで「生駒(の人やモノやコト)を薦めたい気持ちの増加」「生駒がより良くなるためのチャレンジの増加」がおこる。
それぞれの段階で人々の幸福度は向上し、中長期的に生駒の魅力が市内外に広く伝わり、住み続けたい理由や関わりたい理由が増えていき、「暮らす価値のあるまち」という都市ブランド構築や将来都市像の実現につながっていく、という道筋を描くことができました。
2023年9月には「いこまちマーケット部」という新しい活動を立ち上げ、3月のマーケット開催に向けて20人の部員の皆さんが対話を重ねているところです。自分と生駒の日常がより豊かになる場所を考えながら、共に休日を過ごせる関係や応援し合える関係が生まれていること、出店者の皆さんが「生駒のために」と意欲的なことに幸せを感じる毎日です。
生駒市のシティプロモーションは、一見市外に向けた情報発信力が弱いように見えるかもしれません。しかし、10年間一貫した想いで「地域に関与したいという意欲を高める取り組み」を続けたことによって、意志がつながり、地域を推奨する人や地域に関わる人は確実に増えました。2022年のグッドデザイン大賞を獲得した「まほうのだがしやチロル堂」、クラウドファンディングで300万円を集めた「フリースクール和草」などは人のつながりから生まれた好事例です。
今後もまちのことを想う市民の皆さんと共感性に満ちたポジティブな情報を発信し、つながりと魅力が生まれ続けるまちをつくっていきたいと思います。
本稿は『広報会議』2024年3月号の連載「地域活性のプロが指南」を転載しています。本連載のバックナンバーは「広報会議」デジタルマガジンでお読みいただけます
生駒市広報広聴課 課長
大垣弥生(おおがき・やよい)
百貨店で勤務後、2008年生駒市に入庁。市民PRチーム「いこまち宣伝部」やプロモーションサイト「good cycle ikoma」など、生駒の魅力を伝えながら、人が出会い、緩やかにつながる場をつくる。