メーカーは自社商品を拡販していくために、小売や「ショッパー」といわれる買い物客とどう向き合えば良いのか――。新刊書籍『トレードマーケティング 売場で勝つための4つの実践』(井本悠樹著)が2月26日に発売するのに合わせ、トレードマーケティングの要点やこれから求められる考え方について、今回と次回の前後編で紹介します。(本稿は、月刊『販促会議』2022年11月号に掲載された井本氏の寄稿をもとに作成しています)
前編「なぜ、いま『トレードマーケティング』が求められるのか」はこちら
消費者・ショッパーの行動が変化
これまでの小売とメーカー営業の関係を見てみると、バイヤーは「いかに安く仕入れて、他店よりも安く販売することで客数を増やすか」、またメーカー営業は限りある販促費をコントロールし、「バイヤーの期待にある程度応えながら、いかにアウト展開などの店内販促頻度を最大化するか」に注力していたのではないでしょうか。つまり「Instore(店内)」の「値引き販促」が常に提案の主題になりがちでした。なぜならば、それらが「売れるのか」を信じられる、一番効果的で効率的な手段だと認識していたからです。
近年では、コロナ禍の「新しい生活様式」によって、消費者やショッパーのインサイトや購買行動が大きく変化しました。またその変化によって、バイヤーが「売りたいか」「売れるのか」と思える無意識の判断軸(=小売インサイト)も一部変化が生じています。
「店頭に商品を並べる難易度の克服」には、これらのインサイト変化を捉えた戦略・プランの策定、および言語化が必要となってきているため、ここからは、小売インサイトにどのような変化が起きているのか、ひいては難易度克服のため、ニューノーマル時代のトレードマーケティングやメーカー営業に求められることは何か、について整理していきます。
消費者変化①:消費者のデジタル化
「新しい生活様式」による消費者変化について、小売への影響を語るうえで非常に重要なのは、消費者のデジタル化です。リモートワークが促進され、オンライン会議をはじめ様々な業務がデジタル化されたことは言うまでもありませんが、同時に、消費者としてSNSなどのデジタル上の情報に接触することもごく当たり前になりました。総務省の調査(*4)からは、コロナ禍前と現在を比較すると、全世代でSNSの利用率はあがりつつ、特に小売の主要顧客層である40代を含む、中高年層の利用率が急速に上がっていることが見て取れます。
消費者変化②:消費の二極化(プレミアム消費の拡大)
コロナ禍においては、外出や飲食機会がたびたび制限されてきました。それに伴い、逆に大きく増加したのが個人の貯蓄です。総務省の2021年家計調査報告(*5)では、2人以上世帯の平均貯蓄額は前年比5.0%増の1880万円と、過去最高を記録しています。
コロナ禍では個人の貯蓄が増加することで、「消費の二極化」が促進されました。これは、こだわりの物には多少高くても対価の支払いを許容する(プレミアム消費)一方で、「それ以外」の物に対してはできる限り出費を抑えるといった消費スタイルのこと。余暇時間が増え、自らの趣味・興味に対する情報収集機会が増えたことでこだわりがより強くなり、結果としてプレミアム消費が促進されました。今や化粧品などの自分磨き商材に限らず、洗剤・柔軟剤といったコモディティ商品のプレミアム化も進んでいます。
ショッパー変化①:店内の滞在時間の減少、目的買いの増加
「新しい生活様式」においては、ショッパーの購買行動にも大きな影響を与えました。店内を回遊し買物を楽しむのではなく、必要な買物を短時間で済ませるという行動に変化。つまり衝動買いが減り、目的買いが主体になってきたということです。必要なモノは事前の情報収集で目星をつけておく習慣も増えており、小売アプリやSNSの企業アカウントを情報収集ソースとして積極的に活用することも一般化してきました。
ショッパー変化②:買物頻度の減少
感染への不安からまとめ買いの傾向が増加し、買物頻度も減少しています。それにより限られた買物機会においては、可能な限りワンストップで買物を済ませられる環境が好まれています。例えばドラッグストア業界では、大小様々な企業で、ドラッグストアとスーパーマーケットを複合化した「フード&ドラッグ」フォーマットの拡充が進められており、まさにショッパーのワンストップショッピングニーズに応える形で、売上も好調に推移しています。
ショッパー変化③:購買ラストワンマイルの体験悪化
新型コロナウイルスの蔓延とともに悪化していったのが、購買ラストワンマイルでの体験です。感染予防の観点から直接・間接的な接触が防止されました。結果、これまで店頭での重要な購買きっかけとなっていた「試食」や「テスター」、ビューティーアドバイザーによる「カウンセリング」などの直接の商品体験や、最後の購入きっかけが減少。特に化粧品においては、9割のショッパーが「試してから購入したい」と思っており(*6)、非常に大きな機会損失となっている可能性があります。
変化に合わせた手法の開発と、消費者ニーズの言語化が必須
これら消費者・ショッパーの変化から、小売インサイトも変化しています。
ショッパーの買物頻度が減少する中、メーカー提案には「単発的なカテゴリー売上、利益拡大への期待」のみならず、顧客ロイヤルティ育成や買物頻度拡大によりいかに「LTV向上」につなげられるのかという点が期待され始め、今やこれも「売りたいか」の強い動機の一つになっています。
「売れるのか」については、Instoreの値引き販促だけでなく、「デジタルをうまく活用すると、ショッパーの購買がより促進されるのでは」という期待感を持ち、また店内においても「新たなショッパーの購買きっかけをつくることでもっと手に取ってもらえるだろう」や「適切なプレミアムニーズを捉えられれば、ヘアケアや化粧品と同様のプレミアムトレンドをつくれるのでは」という期待があることも、押さえておきたいバイヤーインサイトの変化です。
これらの変化がある中で、当然トレードマーケティングや営業に求められる「売りたいか」「売れるのか」を満たすための戦略やプラン構築、および言語化も変わってきます。私は、「小売インサイト変化に合わせた新たな販促手法の開発」と「消費者ニーズの言語化」がこれからより強く求められるようになると考えています。
「新たな販促手法の開発」ではこれまでのInstoreの「値引き販促」だけでなく、Pre-shop(店外)/Post-shop(購入後)も含む、デジタルをフル活用した「広告販促」施策によるショッパーアプローチが、より「売りたい」「売れる」根拠として重要となってきます。
Pre-shopにおいては「どのように店外のショッパーの来店きっかけをつくるのか」。Instoreにおいては、店内の購買きっかけが減少する中、従来の「値引き販促」に加え「いかに来店したショッパーに店内で商品に気づかせ、購入動機をもたせるのか」。またPost-shopでは「どのように購入後のお客さまに、継続的な購入を促せるのか」。
最近、Pre-shopでのSNS広告を活用した来店促進型デジタル販促や、Instoreでの店内サイネージからの消費者キャンペーン参加、またPost-shopでの小売アプリのマイレージキャンペーンなど様々実施されていますが、まさにその実践例と言えるでしょう。
加えて、「消費者ニーズの言語化」もますます重要になります。近年のプレミアム消費の伸びを受け、バイヤーも「顕在化されたニーズがあるならば、安売りだけでなく、価値ある商品を価値ある価格で売りたい」と思っており、以前よりも受容性は明らかに高まっています。
一方で「プレミアム商品」を拡売することには、低単価商品と比較し在庫などの一定のリスクも存在します。だからこそ、単に「トレンド」としての商品提案に留まるのではなく、それらのニーズの規模をボトムアップで言語化および「定量化」することで、「売れるのか」の自信を提供してあげることが非常に重要となるのです。
ニューノーマル時代のトレードマーケティング
ニューノーマル時代に入り、消費者・ショッパーのインサイトや行動が変わり、それにより小売インサイトにも変化が生じたことで、「売りたいか」「売れるのか」を満たすための戦略・プランの策定、および言語化のあり方にも変化が求められています。冒頭でも触れましたが、トレードマーケティングとは「小売やショッパーインサイトを深く理解し、それに基づき小売やショッパーに売れる仕組みをつくること」です。
我々の世界では、消費者・ショッパーのインサイトや行動変化は今後も常に起こるでしょうし、その結果小売インサイトも同様に変化していきます。つまり、これからも「売りたいか」「売れるのか」を満たし、小売から継続的なサポートをもらうためには、常にトレードマーケティングが小売インサイトの変化を捉え続け、それを言語化していくことが求められるのです。
まずは手始めとして「店頭に商品を並べる難易度」の克服のため、「売りたいか」「売れるのか」の実践を検討してみてはいかがでしょうか。
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井本 悠樹 (いもと・ゆうき)
P&Gジャパン、ジョンソン・エンド・ジョンソンで、トレードマーケターとして20を超える新製品開発や流通戦略策定に携わり、複数ブランドでNo.1シェアを獲得。4度の年間アワード受賞などの実績を残した。2019年4月フェズに参画し、リテールメディアを活用した統合プランニングの責任者を務める。また、自身でもコンサルティング会社のキャプロを創業し、大手メーカーやD2Cブランドの流通戦略策定を支援するほか、講演や寄稿などを通じてトレードマーケティング領域の啓発に努めている。