西本願寺が史上初のブランドマーク 何百枚もの写真から取り出した「色」

「タグラインに沿うか、沿わないか、という選択はありましたよね」と、サノさんが話し始めた。

昨年9月、西本願寺ブランドマーク(ロゴ)デザインの仕事が本格的に動き出した。私が西本願寺のブランドを言葉で規定するタグラインを提案し、前回のコラムで書いたように2回のプレゼンで決まった後のことだった。今回のコラムでは、ブランドマークのデザインを手がけたサノワタルさんにインタビューして、800年で初のマークがどのようにデザインされていったかを振り返りたい。


写真 人物 原田 朋さん、西本願寺執行長の安永雄玄さん、西本願寺統括デザイナーのサノワタルさん
左から:私、西本願寺執行長の安永雄玄さん、西本願寺統括デザイナーのサノワタルさん

色からデザイン「境内に行って何百枚も写真を撮った」

—ブランドマークの仕事がきた時に、どんなことを感じていましたか?

まず、タグラインに沿うか、沿わないか、という選択はありましたよね。今までやってきた仕事の中で、タグラインが先にある状況もありましたが、ないこともありました。今回は先にタグラインがあったわけですが、このタグラインに西本願寺がやりたいことがすごく現れていると感じました。

抽象的なメッセージ「人はひとり。だからこそ、ご縁を見つめたい。」と、場所性を表した「誰もが、ただ、いていい場所。」という2つのタグラインがあったわけですが、特に、場所性を重視したタグラインは、それに沿って作れるという意味で、すごく良いタグラインだと思ったんですね。言葉からストーリーが想像できると一番作りやすいので、最初の一歩をタグラインでストーリーを広げてもらったので、やりやすかったです。

—ありがとうございます。タグラインを書いた当人としてはうれしいです(笑)。普段、マークやロゴを考える時、まず考えることはありますか?

ロゴを作るときは、実は、あまり前に出すぎないようにしています。その理由は、企業なら企業の名刺や封筒や看板…あらゆるところ全部にロゴを入れる企業もある。そうなると、すごくロゴが前に出てきて、うるさいと感じさせることもあると思うんです。例えば、飲食店のロゴがあるとして、看板にもメニューやトイレにもどこにもかしこにもロゴが入ってると、ちょっとうるさく感じないですか。

なので、あえて、このツールには入れない、という選択もしたりしているんです。控えめなんだけど、みんなに覚えてもらえる。そういうものを作りたい。また、思い出してもらう、というところも一番大事。何度見ても、飽きずに、思い出してもらえるロゴ、というのが一番だと思っています。主張しすぎていない、でも覚えてもらえる、というところを大事にしていますね。

例えば、コカ・コーラのロゴって、正確に覚えていないが、なんとなくあんな感じ、と「あの感じ」を覚えている。ポカリスエットのロゴも、実際には描けないけど、イメージはパッと出てくる。そのくらいの感じが、いいロゴデザインなんじゃないかと思っています。

—「西本願寺ブランド」について、どんなふうに考え始めたんでしょう?

事務所も西本願寺に近く、今まで知っていたことも色々とあるのですが、あえて左右されないようにしようと思いました。何をコンセプトにするかは、西本願寺の方々と原田さんと、みんなで作っていった感じですよね。場所性と抽象的もの、どっちがいいのかは、最初は半々で考えていました。抽象的なものは、たとえば、人のつながりとか、仏教的な「光」をモチーフにしたものとかから考えはじめていましたね。

それで、デザインを依頼されてから改めて、何度もカメラを持って西本願寺に行き、境内に座ってぼーっと考えたり見回したり、どういうマークを作ろうかと思いをめぐらせていたとき、色だな、と気づいた時があった。訪れる多くの人がよく触れている色、というところを大事にしようと。

西本願寺の境内に行って何百枚も写真を撮った中から、どの色が目を引くかと考えると、秋の黄金色のイチョウと、お寺の中の金箔装飾だったんですよね。マークのメインカラーの黄色は、二つの色の中心をイメージして、少し調整したもの。もちろん、イチョウの色をひとつ取っても、写真の色は一つ一つ違うので、何十枚の中から一番多い色を調整して抽出して、金箔装飾も同じようにやって、その間をとった10色を候補に、最終的には今の色を選んでHONGWANJI YELLOWとしました。自分の好みを入れたというよりは、一番訪れた皆さんが見る色に合わせたかったので、中間を取った。イチョウと金箔の中の平均値であって、僕の好みではないんですよ。みんなが一番見るであろう色にしたかった。

サブカラーの緑については、イチョウの黄色はみんな記憶に残るポイントだと思っていたのですが、以前に撮っていた新緑のイチョウと、参拝した皆さんがよく見るであろう渡り廊下の間にある梵鐘の色から緑を取り出して、黄色と同じように平均値で作り、HONGWANJI DEEP GREENができました(記事冒頭の写真で、サノさんが持っているロゴ背景のグリーン)。


イメージ ロゴ サノさんがデザインした、西本願寺のブランドマーク基本形
サノさんがデザインした、西本願寺のブランドマーク基本形

「西本願寺と言えば、2つのお堂」が戦略

—なるほど、色から始まったんですね。西本願寺、という文字のデザインについてはどうですか?

今の西本願寺は、ほぼ、どこでもなんでも、公式なのは明朝体。ふつうの明朝体にはしたくないな、というちょっとしたエゴはあったかもしれません(笑)。でも、考えていった結果、スマホ時代、これからの時代は読みやすさからゴシック体がメインの時代だよなと考えて、ゴシック体を基本にしました。

ただ、その中で、昔ながらの部分、オリジン(起源)の部分を大切にしたいなと考えました。お寺がはじまった当時は毛筆の時代だった。だから毛筆で書いた時の「墨だまり」のイメージをゴシック体に融合させ、角の丸みをつくり、このデザインになりました。

—いよいよマークの話に入ります。たとえば、金閣寺と言えばあの金閣寺の写真が、清水寺といえばあの舞台の写真が、頭に浮かぶ。でも西本願寺、と言われた時に、多くの人の頭の中にはイメージが浮かばないのではないか。そんな話をサノさんとしましたよね。

そうですね。場所性か抽象的なものか、という話に戻りますが、その2方向でたくさん案を考えて行きました。原田さんとも話しましたが、場所性をテーマにしてたどり着いたのは2つのお堂というポイントです。親鸞聖人の像がある御影堂、阿弥陀如来の像がある阿弥陀堂。この大きな二つのお堂が、やはり西本願寺のシンボルであり、この二つのお堂を思い出してもらうことが、ブランドマークの戦略です。そこに、みんながよく見てよく触れて、という、イチョウの葉をかけあわせた。

提案を思い出すと、大きい柱を支える沓石(くついし)や、お堂に対して、朝日、夕日、月が動く様子の影、そういったモチーフの提案もたくさんありましたね。西本願寺に写真を取りに行った時に「これだ!」と思ったのは沓石だったんですが、今考えるとそれじゃなかったかもと(笑)。写真を見まくったり、お堂に当たる陽の形、影の形、二つのお堂が、境内に落とす影を中心に考えていたこともある。抽象的な方向は、仏教的な光と、安永執行長がおっしゃっていた、“浄土真宗の包摂感”。包摂で考えたら、包み、優しさ、暖かさ、円とか、そういうもので考えていました。最終的には、場所性を大事にしたわけですが。

—シンプルで分かりやすい案に決まりましたよね。

記者会見でも話しましたが、決まったロゴは、小さい子供でも描ける形というのが良いと思っています。たとえば子供とのワークショップみたいな場でも、西本願寺のマークをクレヨンで書いてみよう、みたいな光景を目に浮かべることができますよね。形状はシンプルだけど、これを見て2つのお堂を思い出してもらえるという意味では、タグライン「誰もが、ただ、いていい場所」を、うまく形に表すことができたと思っています。

今は戦略的に黄色のブランドマークを見せていこうという時期だと思うんですが、全部が全部にマークを入れると、結構パワーがあって、結構目立ちすぎる。いろんなツールを既にデザインしていますが、ちっちゃく入れたり、メリハリをつけて使うようにしています。西本願寺のコミュニケーション全体の中での、マークのバランスを考えています。今は、周知するために、率先して使っていますが、マークを抜いてください、といったこともあると思っています。

世の中におけるお寺という存在を考えると、バーンと目立ちすぎても違うというか、目立ちすぎていやな感じにはしたくない。マークを作ることがゴールではないので。マークのデザインとして捉えるというよりは、お寺のしていること、アクションとして捉えるべきで、文字情報を伝える方が大事であればマークを控えめにするし、本願寺全体の活動の中でバランスを考えています。


写真 西本願寺の御影堂と阿弥陀堂とイチョウ。
西本願寺境内。左から御影堂と阿弥陀堂。イチョウも黄金色に色づいた昨年秋。

「変わらない中での変化」を見極める

—あらためて、あのデザインした日々を思い返しての、ご感想を。

決まったAと別案Bも2つのお堂をマークにしたもので、でどうするかってなりましたよね…でも、お堂だけど、イチョウも感じられるので、作った300案の中から、今見ても、これやなと思います(笑)。早い段階でこれはできたんだけども、これが正解とはなかなか思えなくて。今見たら「ないな」というものもたくさんありますね(笑)。Adobeイラストレーターの一つの空間にたくさんたくさん作って広げていくのだが、各方向に派生して広がって行って、もう宇宙になっていて訳わからない(笑)。

あと、京都で活動してるデザイナーの観点で言うと、老舗の仕事をたくさんしている中で気づきがありますね。ブランドが変わる必要があって頼まれるんだけれども、「基本は変わらない」という前提の中で、変化を求められることが多いんです。お寺もそうだと思う。ただ、全く変わらないのであれば起用された意味がないので、クライアントさんとも話しながら、変わらなくていい、というところを見定めて。変わらない中での変化、変化の度合いを見定める。変化が必要な人がいる。必要としていない人がいる。その中で、変化が必要だと思っている人が外のデザイナーやクリエイターを呼んでくれる。結果として、みんなが「変わってよかったよね」と思われることが大事。それはお寺と老舗も、同じだと思っている。

特に、今回は西本願寺と言う大きな存在の、とてもたくさんの門徒さんがいる中での、光栄だけど緊張する中での仕事でした。老舗ブランドを扱う難しさを知っている分、みんなが納得する部分を作る難しさはありましたね。

そうそう、このマーク、実は、私の知人の本願寺派以外の僧侶の方々に好評でした。西本願寺はやっぱりちゃんとしてるね、みたいな。西本願寺さんがやったら、みんなやるんちゃう?みたいな、お寺の世界のリーダーのようなところがあるんでしょうね。あと、X(ツイッター)で「バームクーヘンみたい」ってつぶやいてた人がいたので、バームクーヘン作ってもええかなと思てます(笑)。観光のお寺ではなく、浄土真宗本願寺派の本山ですが、お参りに来た人が持って帰れるお土産があってもいいと思うんですよね。

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写真 人物 サノワタルさん
サノワタル:東京・大阪・京都の制作プロダクションを経て、2013 年に大学時代を過ごした京都にて、カフェ機能を追加したデザインスタジオを設立。2017年にグラフィックデザインを軸に、ブランディングデザイン・内装デザイン・ウェブデザイン・パッケージデザインなどの様々な領域のデザインや企画を手掛ける「株式会社サノワタルデザイン事務所」を設立、代表取締役。2023年、⻄本願寺の統括デザイナーに就任。写真はブランドマーク記者発表会で話すサノさん。




原田 朋(クリエイティブディレクター/PRディレクター/コピーライター)
原田 朋(クリエイティブディレクター/PRディレクター/コピーライター)

博報堂クリエイティブディレクター、スマートニュース広報責任者を経て、2023年独立。コピーライター出身の発想力と、テックベンチャーでの企業広報経験を掛け合わせ、ブランドの言葉を大切にした統合マーケティングコミュニケーションを実践。Code for Japan理事としてシビックテック普及にも注力。博報堂フェロー。

原田 朋(クリエイティブディレクター/PRディレクター/コピーライター)

博報堂クリエイティブディレクター、スマートニュース広報責任者を経て、2023年独立。コピーライター出身の発想力と、テックベンチャーでの企業広報経験を掛け合わせ、ブランドの言葉を大切にした統合マーケティングコミュニケーションを実践。Code for Japan理事としてシビックテック普及にも注力。博報堂フェロー。

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