本コラムでは、プロジェクトマネジメント力を高めるために必要な思考の型・原則・技法を身につけるドリル(練習問題)を、「プ譜」という共通フォーマットを使用して提供します。出題のネタは、古今東西のビジネス事例、歴史上の出来事、SNSで話題になった事例、マンガなどから幅広くピックアップ。すきま時間で楽しく取り組みながら、プロジェクトの計画立案や意思決定の力を高めることを意図しています。今回は「アメリカの西部開拓時代の旅行計画を立てる」お話を例に考えます。
今回のドリルで鍛える力(ドリルの狙い)
- ・選択肢のメリットとデメリットを整理する力
- ・トレードオフを理解して意思決定する力
こんな問題に心当たりがある人にお薦め
- ・その選択肢を選んだ理由を、問われても明確に説明できない
- ・ないものねだりをしてしまい、意思決定のタイミングがずるずる遅くなる
- ・トレードオフを関係者にうまく説明できない
プロジェクトドリル8問目「未知の開拓地への旅行計画を立てよ」難易度★★☆
ドリルのシチュエーション
今回はアメリカの西部開拓時代にタイムスリップして考えてみましょう。みなさんは19世紀のアメリカに暮らしています。苦しい生活が続くなか、西部のオレゴンに行くと、土地を無償で開拓できるというチャンスが到来します。この機会に新天地で一旗揚げようと考えたみなさんは、まだ鉄道も敷設されていない全長3,200km、徒歩で約6カ月かかる道のりを、家族を伴って移動することにしました。
この旅行プロジェクトの理想的な計画は、一日の移動距離を長く稼げて、栄養バランスがよくバリエーションに富んだ食事ができて、身の危険を感じずにオレゴンに着き、日当たりや水はけなどの条件の良い土地を得ることです。この理想的な計画とそれを実現するための選択肢をプ譜で表現すると下記のようになります。
しかし、移動距離の要素、食事・健康の要素、身の安全の要素すべてを理想的な状態で実現できるというようなうまい話はありません。各状態を実現するために選択する手段によってトレードオフが生まれます。
例えば、食事・健康の要素を最も重視するならば、多くの荷物を積んだ幌馬車を引けて、持久力がとても高いラバに引かせるべきです。雄牛に比べて少ない食糧でも働いてくれるので、食糧をより多く積み込むことができますが、その分スピードは遅くなります。一方でスピードが遅くなる分、より多くの旅行者たち(カンパニー)と一緒に移動することができます。そうすると、先住民や獣たちから身を守りやすくなります。他にも食事を交換し合ったり、病気になったときに世話をし合ったりすることもできます。
問題
みなさんに考えて頂きたいのは、「最も早くオレゴンに着くことを優先するために馬を選んだ場合、それによって犠牲にしなければいけない要素が何か?」を認識することです。
馬を選ぶことによって移動距離は長くなるので状態は「+(プラス)」になります。では、「食事・健康の要素」と「身の安全の要素」はプラスとマイナス、どちらになるでしょうか?
廟算八要素の情報もよく確かめて選択してください。
解答と解説
馬を選んだ場合、マイナスになるのは食事・健康の要素と身の安全の要素です。
馬は移動手段の動物のなかでは最も持久力が低いため、早く遠くまで移動しようと思えば、積み荷は少なくせざるを得ません。
早く移動しようとすると、全体の旅行者に合わせて移動しなければならない規模の大きいカンパニーに入ることはできません。そうなると身の安全の要素もマイナスになります。加えて、廟算八要素の外敵欄に記載した「馬を奪っていく先住民」に、馬を奪われるというリスクも生まれます。
実際に、『オレゴン・トレイル物語―開拓者の夢と現実』という本には、このトレードオフをうまく判断できなかった残念なエピソードがいくつも紹介されています。
食料は多いほど長旅のリスクは減りますが、過荷重のワゴンは砂地に食い込むと余計にスピードが出ず、傾斜地では倒れてしまい、修理のために余計に時間がかかりました。スピードが速いと移動距離を稼げますが、実は悪路の影響で馬車が故障してしまうことも少なくなかったそうです。食事もたくさん食べていれば健康を維持できますがそのぶん消費量も早くなり、食事の量と質のコントロールには苦労が絶えませんでした。
プロジェクトに存在するトレードオフをきちんと認識して計画を立て、コントロールしていれば、実は回避できた失敗があったかもしれません。
レベルアップするための解説
廟算八要素にはトレードオフの判断を惑わす細かな情報が記載されています。
カンパニーは規模が大きくなるほど人間関係が煩わしくなります。大工仕事が得意なお父さんがいれば事故のリスクは許容できるかもしれません。豊かな食事はできないかもしれませんが、鉄砲の使い方を習得すれば、旅の途中でバッファローを撃ち、肉を調達できるかもしれず、それを交易所で他の食べ物に交換できるかもしれません。
このような情報もしっかり収集・把握したうえで、最終的に自分が「どのように目的地に着いていたいか?」「どのように到着して開拓生活を始められれば成功といえるか?」という勝利条件を設定することで、トレードオフの意思決定がしやすくなります。
ドリルの教訓
プロジェクトでは十分なお金や時間、人材といった資源(リソース)を与えられることはめったになく、たいてい何かが不足している条件で始まることがほとんどです。その一方で、コストも納期も品質も満足させたいという欲張りなことを願ってしまっています。
しかしリソースや条件が十全でない以上、すべての要求を満足させることは基本的に不可能であり、結局のところは優先順位をつけざるを得ません。このとき、どの要素を優先すれば別の要素が犠牲になるということを把握しておかないと、間違った手段を選択してしまったり、関係者の認識の齟齬を生んでしまったりしてしまうのです。
このドリルで参照した書籍・Webコンテンツ
『オレゴン・トレイル物語―開拓者の夢と現実』(英宝社)
『プ譜』についての詳細はこちら
『予定通り進まないプロジェクトの進め方』 (前田考歩・後藤洋平著)
ルーティンではない仕事はすべて「プロジェクト」である――独自のフレームワーク「プ譜」を使って、プロジェクトの状況や諸要素の関係性を構造化し、成功に導くための方法を解説。プロジェクトの全体像を俯瞰し、進行の技術を身につけるための実践書。
「プ譜」の解説動画はこちら