広告プランニングの現場はカオスに満ちている。ポジションの違う人が、バラバラな意見を言う。どれも無碍にはできない。結果、オリエンシートが全部入りになる。どこが本当の課題なのかよくわからない。丁寧に紐解いていくしかないが時間がない。検討すべきことは多岐に渡るのに、上申する戦略プランは1ページにまとめなければいけない…。そんな泥濘のような現場に、一条の光が差し込む。それが「マーケティングフレーム」だ。
「パーチェスファネル」「カスタマージャーニー」「重回帰分析」…。ヒーローが繰り出す必殺技のような響きが心強い。使ってみると不思議なことに、さっきまで頭を悩ましていた有象無象がきれいさっぱり整理されていく(気がする)。素晴らしい。最高。もう離せない離れられない…というのは大げさだが、わたし自身、それらのマーケティングフレームに何度窮地を救ってもらったかわからない。ただ、いま思い返せば、その使い方が果たして正しかったのかどうか…。そんな自問自答を促し、マーケティングフレームへの妄信を諫め、謙虚で慎重な姿勢へと導いてくれるのが本書である。
北村さんとは、クリエーティブディレクターという立場でいくつもの泥濘をご一緒させて頂いた。いつも冷静で穏やかな北村さんは、一方で決して妥協しない苛烈さを持つ人だった。ぬかるみに足を取られて動けなくなったわたしたちの先頭に立って、「それはなぜですか」「それは本当ですか」と何度も何度も問い続けることでゴールへの道を切り拓いてくれた。そこにあったのは、どこまでも深く考え続け、根気強く議論を続けていく姿勢に他ならない。本書には、そんな北村さんの広告プランナーとしての真摯さが溢れている。
マーケティングフレームとは、飽くまでも複雑で多様な人間の「行動」を「モデル化」するためのものであって、戦略のための「地図」ではない、と北村さんは書く。よくある話だが「パーチェスファネル」をすべて埋めようとするのは、そこの認識が誤って捉えられているからだ。また、特に競合作業などにおいて、新しいマーケティングフレーム自体を、まさに必殺技のように「武器」として使うことで、それがまるで万能であるかのように語られることにも警鐘を鳴らしている。
「なるべくシンプルにしたいのはやまやまですが、元がこれだけ多様なので、できるだけ頑張ってはみました、というようなものにしかなり得ないのではないか」という北村さんの声は、ともすると、物事をスムーズに進めたい現場の大きな声やハッタリにかき消され、フレームを「埋める」ことが優先されてしまう。その先にあるのは、ちゃんとやったはずなのに、なぜかうまくいかない、という徒労感だ。
マーケティングフレームは思考を停止するためではなく、その先に、個別の議論を尽くし、深めていくためにこそ存在する。北村さんはこの本を通じてそう語り掛けているように、わたしは感じる。カオスに満ちた現場にあっても、安易に事情に流されず、踏みとどまり、真摯に議論を続けようとする広告プランナーの姿は、読む人をきっと勇気づけてくれるはずだ。
田中真輝(たなか・まさき)
電通 第6CRプランニング局
クリエーティブ・ソリューション4部長
クリエーティブ・ディレクター/コピーライター
クリエーティブによる企業の課題解決を目標に広告領域に止まらないプランニングからアウトプットまでを手掛ける。受賞歴:Spikes ASIA Silver/ACC賞Gold/Bronze/ギャラクシー賞入賞/TCC
審査委員長賞・TCC新人賞/広告電通賞/OCC賞/日経広告賞最優秀賞ほか。
『なぜ教科書通りのマーケティングはうまくいかないのか
電通戦略プランナーが教える現場のプランニング論』(北村陽一郎著)
定価:2,200円(本体2,000円+税)
ブランド認知、パーチェスファネル、カスタマージャーニー…有名なマーケティング・フレームを現場で使うとき、何に気をつければいいのか?「過剰な一般化」「過剰な設計」「過剰なデータ重視」の3つを軸に解説。推奨度9.9の電通社内プランニング塾の内容を書籍化。