本書は現役の電通戦略プランナーが書いたマーケティングプランニングの「指南書」である。著者は電通社内で「北村塾」を主宰する社内インフルエンサーでもある。本書の大きな特徴であり強みとは、プランニングのやり方を順番に解説してみせるのではなく、すでにプランニングを業としている人にとって、何が彼らの壁になっているか、そこから脱するにはどうしたらよいかをポイントに分けて丁寧に解き明かしている点である。
その意味では、本書はプランニングをある程度こなしている人向けと言えるが、入門者にとっても十分役に立つ。戦略プランニングにはAIDMA、AISASなどの「理論」がありますよ、と、したり顔をして講義する輩は後を絶たない。また「パーチェスファネル」もAIDMA同様ひとつだけの線的な消費行動を前提にしているために、現実すら説明できないような考え方である。例えば、データを取ってみると、上部からファネル=漏斗状に層が並ばないことがありうる。これらの考え方は理論的に間違っているだけでなく時に有害ですらある。
しかし、幸いなことに、本書の読者はこうした誤謬から逃れて、実践的にパーチェスファネルを「カルテ」として活用する方法を本書で学ぶことができる。ただし、いくつかの業界用語については本書では、すでにわかっている前提で書かれている箇所があるので、読者は「自習」が必要になる。例えば、「助成想起」と「純粋想起」の区別などだ。本書では、「間口奥行分析」「Pain系カテゴリー vs Gain系カテゴリー」など、プランナーにとって有用な考え方が紹介してあり、実践に役立つ工夫がなされている。また、「マーケティングを考える順序」としてプランナーに必要な基本も後半でまとめられており、入門者はここから読み進めてもよいだろう。
総じて言えば、本書はマーケターが陥りがちな「バイアス」の在りどころを的確に指摘しており、どうしたらこうしたバイアスから逃れることができるかを解き明かしている。現代の戦略プランナーが参照すべき書のひとつになるだろう。
田中洋(たなか・ひろし)
中央大学名誉教授。事業構想大学大学院客員教授、BBT大学大学院客員教授。京都大学博士(経済学)。井村屋グループ株式会社社外取締役。日本マーケティング学会会長、日本消費者行動研究学会会長などを歴任。株式会社電通で21年マーケティング実務を経験したのち、法政大学経営学部教授、コロンビア大学客員研究員、中央大学大学院ビジネススクール教授などを経て現職。主著として『デジタル時代のブランド戦略』『ブランド戦略論』『現代広告論[第3版]』『現代広告全書』『ブランド戦略ケースブック2.0』など多数。日本マーケティング学会マーケティング本大賞/ベストペーパー賞、日本広告学会賞、白川忍賞、中央大学学術研究奨励賞などを受賞。
『なぜ教科書通りのマーケティングはうまくいかないのか
電通戦略プランナーが教える現場のプランニング論』(北村陽一郎著)
定価:2,200円(本体2,000円+税)
ブランド認知、パーチェスファネル、カスタマージャーニー…有名なマーケティング・フレームを現場で使うとき、何に気をつければいいのか?「過剰な一般化」「過剰な設計」「過剰なデータ重視」の3つを軸に解説。推奨度9.9の電通社内プランニング塾の内容を書籍化。