「宣伝会議のこの本、どんな本?」では、当社が刊行した書籍の、内容と性格を感じていただけるよう、「はじめに」と、本のテーマを掘り下げるような解説を掲載していきます。言うなれば、本の中身の見通しと、その本の位置づけをわかりやすくするための試みです。
今回は、2月26日に発売した新刊『トレードマーケティング 売場で勝つための4つの実践』(井本悠樹著)の「はじめに」の一部を紹介します。
バイヤーやショッパーを対象にしたマーケティング
「P&Gはマーケティングが強い」。こういうイメージを持っている方は多いと思います。私自身かつてP&Gに在籍し、複数のブランドチームで働いてきましたが、それは間違いなく事実です。多くの方がマーケティングと聞いてイメージする、ブランド開発や広告宣伝などは、消費者向けの「ブランドマーケティング」と定義されるのですが、P&Gは体系化されたフレームワークやコンセプトの下、論理的かつ感情的に、このブランドマーケティングを司り、優れたブランドを構築していました。
でも、P&Gが消費者から支持され続ける理由は、それだけではありません。実は、「トレードマーケティング」がすごいのです。それが店頭で売れ続ける秘訣なのです。
いまやP&Gの商品は、店頭で見ない日がないくらい、様々なブランドや商品が際立って店内に展開されています。この優れた店頭展開は「お金」の力で獲得しているのではありません。実は、トレードマーケティングの力によって、獲得できているのです。
初めて耳にした方も多いかと思いますが、トレードマーケティングは、ブランドマーケティングとは異なり「バイヤーやショッパー(*1)」を対象にしたマーケティングです。彼ら、彼女らを深く理解し、そしてその理解に基づき戦略やアイデアを構築することで、各ブランドの店頭展開の強化を図るものであり、それが機能することで、配荷や、際立った店頭展開を獲得し続けられるのです。
小さなブランドこそ活用してほしい
トレードマーケティングは、それこそP&Gのように有名な、もしくはシェアの大きなブランドにしか適用できないのではないか、という懸念を持たれる方もいるかもしれませんが、そうではありません。むしろ、まだまだ認知度も高くなく、シェアも小さいブランドこそ、小売店舗でお客様に自社商品を手に取ってもらうことのできる環境をつくるためにも、活用すべきものなのです。
私自身、現在トレードマーケティングのコンサルティング会社を経営し、これまで多くのブランドのオフラインビジネス(*2)を支援してきましたが、それまでオフライン店舗で取り扱いがまったくなかった複数のDtoCブランド(*3)において、トレードマーケティングを実践した結果、配荷やアウト展開(*4)を獲得できたという例も多く見てきました。
ほかにも、メーカーにいたころ、「日本の消費習慣からしても本当に売れるの?」と首をかしげるような商品の世界同時発売を目指すことになり、日本市場でのマーケティングに関わったことがあります。トレードマーケティングの実践により、結果的に1.5万店舗近く配荷を獲得できましたが、案の定売れ行きが悪く、結局1年余りで撤退したこともありました。これが皮肉にも「そんな商品でも配荷を獲得できたのか」と後になってまざまざとトレードマーケティングの威力を見せつけられた経験となりました。
そしてこの実践は、日用品チャネルだけでなく、アパレル業界や、スポーツ用品・バイク用品などの専門店チャネルにも適用できます。商品の取り扱いを意思決定する「小売企業」によってビジネスが成り立つ業界すべてにおいて、有用なマーケティングなのです。
バイヤーのインサイトがすべての起点
トレードマーケティング実践のカギは、「バイヤーのインサイト」です。大きなブランド・小さなブランド・無名なブランドなど、どんなブランドであっても、必ずそのカテゴリーにおける「強み」を持っています。バイヤーインサイトに基づき強みを引き出し、その強みをバイヤーの悩みの解決につなげることで、いかなるブランドであっても店頭を強化できるのです。それがトレードマーケティングです。誤解してほしくないのですが、これは、バイヤーに無理やり価値のない商品を買わせる手法ではありません。自社ブランドの持つ強みを発揮することで彼らの課題を解決し、カテゴリー成長を実現する、そんなWin‐winの仕組み構築なのです。
価値ある良い商品で、市場拡大にも貢献するのに、トレードマーケティングを実践しないから伝わらないし売ってもらえない、これまでそんなブランドをお手伝いしてきました。メーカー・小売・ショッパー三方良しの良い商品が、消費者に届かない、これでは全員が不幸です。どんなブランドにも活躍の場はあります。ただその場が見えない、もしくは踊り方を知らないだけなのです。だからこそ読者の皆様に、自社ブランドにスポットライトを当てる方法を知っていただきたいと思っています。
ただ残念なことに、こんなにも価値のあるトレードマーケティングにもかかわらず、日本ではまったく体系化・言語化されていません。例えば、アマゾンで「トレードマーケティング」の本を検索しても、1冊も出てきません(執筆時点)。その原因は、トレードマーケティングをこれまで営業活動の延長線上で捉えており、「経験則重視」のプランニングを許容してきたため、「トレード」におけるマーケティング実践という概念を正しく持てていなかったためだと捉えています。
そこで、私の11年にわたるトレードマーケティングの経験と知見を言語化するため執筆をしました。
成功パターンの焼き増しでは通用しない
現在マーケット環境が大きく変化してきており、店頭でのブランド間の競争も激化しているため、店頭でショッパーに商品を届ける難易度が上がっています。加えて、消費者・ショッパーも変化しており、ブランドを買う理由の変化や、「リテールメディア」など新たな販売手法も出てきています。
その中では、もはや経験依存型の「成功パターンの焼き増し」はもはや通用しなくなってくるでしょう。これは、小規模ブランドに限った話ではありません。
ブランドマーケティングでは、世の中の環境変化による消費者インサイトの変化を捉え、新商品や新ベネフィット創出などを通じて当たり前にブランドを進化させてきました。小売環境もこれまでにないほど大きな変化が起こり、バイヤーインサイトも変化している中で、これまでと同じ売り方を継続することが、最大の効果を生むはずがありません。だからこそ、バイヤーインサイトを捉えたトレードマーケティングの実践をしなければ、今後の競争には勝てなくなってしまうのです。
この本は単なる営業ノウハウ本ではありません。またカテゴリーマネジメントの方法論などの「具体的なテクニック論」ではなく、トレードマーケティングの教科書でありフレームワークです。トレードマーケターだけでなく、営業の方や、ブランドマネージャー、広告会社の担当者、卸店セールスにも、多くの新たな気づきをご提供できるはずです。
良い商品が、ショッパーに届かないはずはない、と私は本気で思っています。そこに欠けているのは、単にトレードマーケティングの実践なのです。すべてのブランドにスポットライトを浴びるチャンスがあるはずです。本書が、「より多くの価値ある商品がより多くのショッパーに届く」ための環境づくりのサポートになることを願っています。
井本 悠樹 (いもと・ゆうき)
フェズ リテールメディア事業本部 統合ソリューション部 部長
キャプロ 代表取締役社長
P&Gジャパン、ジョンソン・エンド・ジョンソンで、トレードマーケターとして20を超える新製品開発や流通戦略策定に携わり、複数ブランドでNo.1シェアを獲得。4度の年間アワード受賞などの実績を残した。2019年4月フェズに参画し、リテールメディアを活用した統合プランニングの責任者を務める。また、自身でもコンサルティング会社のキャプロを創業し、大手メーカーやD2Cブランドの流通戦略策定を支援するほか、講演や寄稿などを通じてトレードマーケティング領域の啓発に努めている。
丸善日本橋店(ビジネス・経済2/29~3/6)、リブロ汐留シオサイト店(ビジネス3/4~10)で売上1位!
『トレードマーケティング 売場で勝つための4つの実践』(井本悠樹著)定価:2,310円(税込)
小売業や卸売業で仕入れを担当する「バイヤー」や、買い物客を指す「ショッパー」を対象にしたマーケティング活動を指す「トレードマーケティング」の実践的な指南書。彼らのインサイトを深く理解し、その理解に基づく戦略・アイデアを実行することで、商品が適切に売場に置かれ、ショッパーの目に留まるための取り組みによって、売上を最大化することができます。
P&Gジャパンやジョンソン・エンド・ジョンソンで、トレードマーケターとして多くのブランドの商品開発や流通戦略策定に携わってきた著者の知見とノウハウを1冊にまとめました。