大手メディアのネットニュースでも増える「通せんぼ広告」
連載と言いつつ、1年ぶりの寄稿となってしまいましたが、どうしても「Advertimes」で広告界の皆さんに訴え、考えてほしいことがあり書きます。
突然ですが「広告は民主主義を支えている」と言われて皆さんどう思うでしょう。広告と民主主義なんて関係ないでしょ。そう笑う人も多いでしょう。私も最近までそうでした。
でもみなさん、いまネットがおかしなことになっていると思いませんか?かなり危機的な状況ではないか。それをはっきり思い知らされたのが、2月27日に電通が発表した「2023年日本の広告費」でした。
毎年恒例の、メディア別に広告費を集計して発表する、日本のメディアを考える上で重要なデータです。今年は広告費全体が史上最高の7兆3167億円、中でもインターネット広告費は3兆3330億円で前年比7.8%増。相変わらずネット広告の成長が広告業界全体を牽引していて、いい傾向ですね?
ところが、「新聞デジタル」「雑誌デジタル」に目を向けて驚きました。電通の「日本の広告費」にはインターネット広告費の中に「マス四媒体由来の広告費」の分類ができ、旧来のマスメディアのデジタル版の広告費を示すようになりました。金額は小さいけれど、それぞれ毎年着実に成長。新聞雑誌でいうと紙媒体の広告費が下がっているのを、今後はデジタル版の広告収入でカバーできるようになるかが注目でした。落ち込みの何割かカバーできれば新聞や雑誌も新しい形でメディアとして継続できると期待できます。
ところが、2023年の「新聞デジタル」は前年の221億円から208億円へとダウンしていたのです。雑誌デジタルは611億円で前年の610億円から横ばい。一体何が起きているのかと愕然としました。
だって、ネット広告全体は相変わらずの成長基調。その一部である新聞雑誌のデジタル版は同じように伸びるはずです。それが雑誌は横ばい。新聞に至っては下がった。何かの異変が起こっている気がします。
実はこの1年くらい、気になっていたことがあります。新聞や雑誌のデジタル版の広告表示が劣化しているように思えました。いや、言っちゃ悪いけどひどいもんです。1ページにいくつもの広告が表示され、どれが記事の本文かわからないなんてもう当たり前。ページをめくったら画面を覆う広告が出てきて通せんぼされてるみたいです。「読むなということか?」と言いたくもなります。
当初は芸能ネタなどライトな話題を扱うメディアで見られましたが、最近は比較的硬派なメディアでもどんどん広告表示がひどくなっています。新聞は比較的まともだと思っていましたが、先日はついに大手新聞のサイトでニュース記事を読んでいたら「通せんぼ広告」が表示されました。新聞がこれやっちゃダメでしょう。その新聞の記事はもう2度と開かないと決めました。
広告の表示形式は、メディアの信頼性と一体です。記事を優先させるのがメディアの本筋。報道を標榜する新聞のようなメディアが広告を優先させるなら、もうその新聞は信頼を放棄したも同然です。読者への裏切りと言っていいでしょう。
「2023年日本の広告費」を見た時、そうなった背景が理解できました。ひどい広告表示は、新聞デジタルの悲鳴だったのだと。やりたくなくても、ああいう広告表示に手をつけてしまうほど売上が落ちていた、ということだと思います。でも、だからって無駄です。広告売上が上がるどころか、読者が離れていってしまいます。苦し紛れなことをして、結果は逆に働いているのです。新聞業界の皆さんは今一度考え直してほしいものです。
さらに、なぜ「こんなことに、なっちゃってるか」を私たちは考える必要があります。ネット広告は今、ヤバいのです。まずいのです。みんなで方向を変えていかないと、ある日突然、業界全体が崩壊しかねない。それくらい危機にあると思います。
AIの浸透で被害が広がる、広告のためだけにつくられたMFAの悪影響
Twitterをイーロン・マスク氏が買収し「X」になって以来、改悪ばかりしています。プレミアムユーザーになると小金が稼げるようになり、「インプレゾンビ」と呼ばれる中身のない投稿が、インプレッションを稼ぐためだけに激増しています。メニューの左側に「おすすめ」投稿が表示されるようになり、結果として炎上寸前のささくれだった投稿が最初に目に入るようになりました。まっとうな広告の場ではなくなりつつあります。
Facebookはもはや言うまでもないくらい詐欺広告だらけです。しかも、誰もが知る著名人が出るはずのない投資商品に誘う広告が何食わぬ顔でタイムラインに登場。「報告する」を押しても数日後「問題ありませんでした」の返答がしれっと返されます。
そして今、何よりもネット広告を侵しているのはMFA(Made For Advertising)サイトと呼ばれる、その名の通り広告のためだけに作られた嘘メディアです。得体の知れない組織が作った怪しいページに、とってつけたコンテンツが載り周りは広告だらけ。メディアのふりをして広告収入を荒稼ぎしています。これがAIの進化でさらに急増しているのがこの1年です。タチが悪いのが、これまで問題になったような政治的に危険な主張や犯罪に結びつくような内容ではないことです。もっともらしい記事や画像をAIが作成し、コンテンツのふりをして鎮座しています。新たなウイルスがネット広告に登場し、感染が広がるように情報空間を侵しているのです。
だからまっとうなコンテンツを掲載する新聞雑誌のデジタル版が不利に追い込まれ、広告表示のネジが緩んで先述のような状態になってしまった。そう考えて間違いないと思います。そしてそんなことではAIがブーストするMFAに勝てなかった。それが「2023年日本の広告費」に結果として表れているのではないでしょうか。
いま、危機なのです。ネット広告は数字は伸びていても、実は大きな危機に瀕している。
総務省の有識者会議「デジタル空間における情報流通の健全性確保の在り方に関する検討会」が昨年秋から開催されています。フェイクニュースの蔓延やアテンションエコノミー、エコーチェンバーといったネットの情報流通の問題を洗い出し、どう対処するべきかを議論する会議体です。そこに、広告業界から3人の方が招かれてプレゼンしました。
3月5日にはクオリティメディアコンソーシアムの長澤秀行氏が「デジタル広告とフェイク情報」をプレゼン。長澤氏は元々電通で新聞媒体を担当し、ネット黎明期にCCI(現在のCARTA COMMUNICATIONS)を立ち上げた方です。
プレゼンではネット広告が見舞われている危機的現状を説明しました。中でも注目したいデータが、日本はプラットフォーム広告に偏っており、OpenWeb広告(主にコンテンツメディア群)の取引は全体の2%で米国の20%に対し10分のであること。また日本は運用型広告の中でPMPは8分の1以下なのに対し、米国は50%前後であることでした。要するに米国はメディアを指定もしくは限定して広告を買うのに対し、日本はプラットフォーム任せでメディアはどこでもいい、という取引が中心ということです。
同じ日に、JIQDAQ(デジタル広告品質認証機構)の小出誠氏がプレゼンしました。小出氏は大手企業の宣伝部出身で、広告主の立場でネット広告の改善に取り組んで来られました。JIQDAQについては2021年4月の設立時に取材し、この連載で記事にしています。デジタル広告の掲載品質に基準を設け、それをクリアしたメディアと広告会社を認証する組織で、広告主も認証を受けたメディアや広告会社と取引する仕組み。これによってネット広告全体の質を担保できるわけです。2024年3月1日現在で認証を受けたのは164社にまで増えたそうです。この仕組みが広がれば、ネット広告が安心できる存在になる頼もしい活動です。
そして3月15日にはJAA(日本アドバタイザーズ協会)からデジタルメディア委員会として山口有希子氏(パナソニックコネクト社CMO)がプレゼン。その山口氏のスライドの中で、いま起こっていることを端的に示した図があるのでここで皆さんにお見せします。
この図は数ページにわたってネット広告で起こってきた変化を示した最後のページです。最初はすべて真っ白な状態。そこに質の悪い広告、質の悪いメディア、審査の甘いプラットフォーマーが出てくると紫色に侵されていき、皆が被害を被るというわけです。質が悪くなることを、お金に目が眩んだように表現しているのが面白いですね。
JAAは広告主の団体ですので、課題は広告主にもあり、企業トップが関与して解決する必要性があると説明していました。まったくその通りで、もはや広告主の担当者の多くはKPIに追われて俯瞰的に問題を解決する視野も権限もないのではないでしょうか。広告主にとっては、もはや経営レベルの問題でしょう。
日本の民主主義の命運を広告業界が左右しかねない!?
さて、ここで「Advertimes」の主な読者である広告界の皆さんにも考えてもらいたいと思います。まず認識してほしいのは、例えば総務省で議論されるほど、ネットの情報健全性は悪化していることです。そしてお三方が招かれて発表したのは、広告業界も問題に深く関与しているから。
山口氏の図がもっと悪化して紫だらけになるところを想像してみてください。もうネットで信頼できるメディアがどこかわからないし、まともかと思ったメディアがおかしな広告だらけになっていくかもしれないのです。それではネット広告業界にお金を出す人なんかいなくなり、まともに見てくれる人もいなくなります。我々の業界は崩壊の一歩手前なのです。
さらに大袈裟に言えば、日本の民主主義を支える言論が成り立たなくなり、おかしな政治状況になったり、もっと悪いことも起こりかねない。日本の民主主義の命運を、広告業界が左右しかねないのです。
まず訴えたいのは、広告会社はもはやトップレベルで議論を始めるべき時だということです。JIQDAQやJAAがいるから大丈夫、ではないでしょう。プライベート・マーケット・プレイス(PMP)はいい仕組みでもほっておくと増えません。なぜ米国では運用型広告の50%がPMPなのに日本では伸びてないのか?業界がメディアを大事にしていない、つまりコンテンツを軽視しているということです。ではどうすればいいかを、広告業界でも経営レベルで考えるべきではないでしょうか。
いや、やっぱり経営レベルだけじゃない。広告会社も、メディアも、広告主も、現場で考えることでもあるはずです。あなた方が運用している広告は、中におかしなものがはいっていませんか?あなたのメディアの広告表示は、記事を主役にできていますか?山口氏が示した図の紫色に染まっているのは、あなたではありませんか?
そして、紫色の広告運用は果たして本当に効果があるのでしょうか?おかしな怪しいページに表示された広告はちゃんと見てもらえてますか?画面を覆う広告は嫌がられるだけでネガティブなイメージを増やすだけではないですか?
皆さん、自分が読者として接するときはそう感じているはずなのです。自分が嫌な気持ちになる広告表示を、あなた自身が業務としてやってしまってないですか?
広告業界を崩壊させないために。日本の民主主義をおかしくしないために。2024年度は広告業界が自らを見直す時にしましょう。そうしないと、間に合わないかもしれませんよ。