USPは往々にして企業の「妄想」になっている
筆者は今までも広告/マーケティングの転機において象徴的な概念を提唱してきました。「枠」から「人」へ、「トリプルメディア」「視聴質」「GRPをインプレッション数へ」…などなどです。
そして今回『ビンゴ型コミュニケーションプランニング』で初めて提唱する概念として「UBP(ユニーク・バイイング・プロポジション)」を取り上げてみようと思います。
「USP(ユニーク・セリング・プロポジション)」を「このブランドだけが顧客に提供できる価値(売り・強み)」と定義するなら、「UBP(ユニーク・バイイング・プロポジション)は「私だけが見抜いているこのブランド価値(買い・良さ)」ということになります。
まさに主語が違う訳ですが、特にSNSから抽出できるであろうこのUBPにこそ、コミュニケーションすべきブランドの価値が散りばめられているという考えです。ユニークですからUSPではひとつしか定義しないのが普通ですが、UBPでは「私だけが気づいている」とつぶやく人、「その見立てが素晴らしい人(送り手も気がつかなかったことを評価してくれる人)」は何人もいるかもしれません。
「みんなは分かっていないと思うが、私だけは気づいているよ」というブランドの価値を呟いてくれる人の、その内容にこそブランド側は「気づけ!」ということです。
筆者は20年以上前から「送り手」から「受け手」への主導権の移行を論じてきましたが、この流れは全く止まっていません。コミュニケーションの送信者と受信者の関係においても、マーケティングにおけるブランドと消費者の関係においても、圧倒的に受け手主導が進んでいます。またさらにそれを推進するのがSNSと言えます。
そんな中でブランドの送り手の「思い」が往々にして「妄想」であり、消費者のパーセプションとの乖離がひどいというのは「あるある」です。
USPと言っても客観的に見て本当にそのブランドだけが提供できる価値と言えるのか、また消費者がそうしたパーセプションを持っているのか、持っていないとしたらそのパーセプションを変えるだけの何かがあるのか、ここまでが確約できないとUSPという送り手主導の概念だけでマーケティング活動を推進するのは危険です。大概こうした発想では「刺さるメッセージ」という言葉が飛び交います。まさに送り手主導の幻想があるからです。特に広告コミュニケーションにおける表現にこの発想が顕著に出てくるわけです。
USP重視の設計から、UBP重視のコミュニケーション設計へ
この「刺さるメッセージ」という概念は図式化すると、下記のプロダクトコーンになります。
一方、SNS上でなにげなく呟かれる「このブランドに関して自分がいいと思っていること、またはおそらく自分だけが気づいているこのブランドのいいところ」は同じ消費者の立場の人のフレーズとして共感性が高いのです。
プロダクトコーンの発想は下記のようになります。
まず商品(ブランド)にはスペックがあり、それによって消費者が得られるベネフィットがあります。しかしそれだけを表現(言語化)しても「刺さらない」(エッジが立っていない)ので、ベネフィットをエッセンスに昇華させてコミュニケーションしようという考え方です。テレビCMは15秒しかないからあれこれ言わずに刺さる表現を開発しようと言っているようにもとれます。
これを具体的に説明するために、例えば電気掃除機の新型が出たとしましょう。新型の掃除機は50デシベルしか音がでないとします。これがスペックです。この静かな掃除機で得られるベネフィットは集合住宅でも夜掃除が出来るということです。しかしこれだけでなくもっとエモーショナルに訴えるために、夜掃除が出来てしまうので、子供たちと遊ぶ時間が出来て「幸せな時間」が増えることを表現します。これがエッセンスです。
基本「刺さるメッセージ」とは、送り手ベースで作り込んでいくものです。昔はよく広告メッセージをラブレターにたとえましたが、この考え方ほど鬱陶しいものもありません。送り手は必死に売り込みますが、過度な熱量で来られるとかえってネガティブになってしまうものです。
一方で、SNS上でそれとなく、そのブランドのちょっとして良さを自分の見方、感じ方としての「つぶやき」に触れたとします。「売らんかな」で必死な送り手ではない同じ消費者の立場の人の言葉は何気に沁み込んできます。例えば「このクルマのボディライン好きなんだよね」というようなつぶやきには自然に「なるほどそういうところがいいんだ」と感じてブランドに好印象を与えます。
そう考えると、ブランドのファンのつぶやきを探索すれば自然に沁み込むコピーの元がたくさん発見できるかもしれません。
このように広告コミュニケーションも受け手主導になっています。「刺さるメッセージ」という時点で時代錯誤と言われかねません。
SNS時代には「クリエイティブブリーフ」も変わる
UBPという概念は、SNS時代のブランドの価値をどう発信するかを創出するプロセスを従来モデルから転換していくための発想です。
この延長線上に筆者は、SNS時代のクリエイティブブリーフを従来モデルからどう変えるのかを考えてみました。
以下が従来のクリエイティブブリーフです。
一方、SNS時代のクリエイティブブリーフでは以下のようになると考えます。
ここをベースにUBP(ユニーク・バイイング・プロポジション)を定義して、それをどう表現に応用していくべきかを思考するものです。
次回は、筆者が提唱してきた「枠」から「人」へ、トリプルメディア、「視聴質」、GRP(%)をインプレッション数へ、といった概念をもう一度検証してみようと思います。
横山隆治(よこやま・りゅうじ)
横山隆治事務所(シックス・サイト)代表
株式会社ベストインクラスプロデューサーズ 取締役
トレンダーズ株式会社 社外取締役
青山学院大学文学部英米文学科卒、ADK(旧旭通信社)入社。1996年DAコンソーシアム起案設立、代表取締役副社長就任。黎明期のネット広告の理論化、体系化を推進。2008年、ADKインタラクティブ代表取締役社長就任。2011年デジタルインテリジェンス代表取締役社長、現横山隆治事務所(シックス・サイト)代表。企業のマーケティングメディアをP・O・Eに整理する概念を紹介。主な著書に『トリプルメディアマーケティング』(インプレス)、『広告ビジネス次の10年』(共著、翔泳社)、『CMを科学する』(宣伝会議)ほか多数。
『SNSから抽出するパーセプションでつくる ビンゴ型コミュニケーションプランニング』(横山隆治、トレンダーズ株式会社著)定価:1,760円(本体1,600円+税)
マーケティングファネルやカスタマージャーニーモデルはもう破綻している。なのに違和感を持ったまま使い続けていませんか?「順列」のジャーニーモデルから「組み合わせ」のビンゴカードモデルへ。SNS時代ならではのコミュニケーション設計手法を提唱。