はじめまして。コラム「西武ライオンズ広報変革記~やる獅かない2024~」を執筆させていただくことになった、西武ライオンズ広報部長の赤坂修平と申します。
「やる獅(し)かない」は、2024シーズンの埼玉西武ライオンズのスローガンです。
西武ホールディングスの広報や経営企画などを経て、西武ライオンズの広報部長に就任したのは2023年1月のことでした。
これまで西武グループ各社で仕事をしてきましたが、私にとって球団広報の仕事はもちろん、スポーツビジネスの世界に足を踏み入れるのも初。その時も「やるしかない」との思いでした。
なぜなら、2022年のライオンズの観客動員数は12球団最下位と公表されていたからです。
様々な要因での結果ですが、私は自らの経験から「広報としてこれほどおいしいことはない!」と思いました。
ちなみに就任から1年が経ち、私にとって初のシーズンとなった2023年の観客動員数はパ・リーグ6球団中5位。結果として最下位を脱することができました(詳細は後ほど)。
就任時の私が、なぜ広報として「観客動員数最下位」という逆境ともいえる状況を「おいしい」と思うことができたのか。これまでの私の経歴とともにお話しします。
「広報担当は明確な評価基準がない」若手の頃の苦労
私は、埼玉県飯能市にある駿河台大学を卒業後、株式会社コクド(現:西武・プリンスホテルズワールドワイド)に入社しました。コクドは主にリゾートのプリンスホテルや、付帯するゴルフ場やスキー場、水族館などのエンターテインメント施設の所有運営をしており、グループの事業持株会社の位置付けで、私は当初営業職に就き、その後広報室に異動になりました。
「プリンスホテル」は当時も非常に知名度が高いホテルですので、外から見れば「広報担当としてそんなに大変な仕事ではないのでは」と思われるかもしれません。ところが世間の評判は千差万別で、それゆえの苦労もありました。
そもそもメディアの方々は、一般的な知名度より、ユニークな特徴があって「知る人ぞ知る」ホテルを紹介したいと考えていました。日本全国にホテルはものすごい数がありますが、そのような中、どうやって良さを打ち出していくのか。
営業マンだった頃の評価は「自身の売上」で明確でしたが、広報マンにはその基準がない。職場の先輩に指導をいただきながら、どのように取材を誘致し記事掲載に繋げていけばいいのか、日夜ずっと考えていました。
そこでリゾート地に事業所が多いことに着目し、“季節感”を武器にしました。
季節を象徴するタイムリーな四季折々の“絵”は、メディアの皆さまにとっても貴重でした。プール開きや、紅葉営業、スキー場のオープンの時などは、事前に「こういう写真が撮れますよ」と、プレスリリースを持参して各新聞社へ取材誘致にまわりました。
一例ですが、「軽井沢プリンスホテル」のスキー場のオープン時は、他社のスキー場がこの時期、少し前にオープンするため、毎年取材誘致に苦労していた話題のひとつ。「どうすれば取材に来てもらえるのか……」と考えあぐねていました。
そこで着目したのが、毎年11月の第3週に解禁される「ボジョレーヌーヴォー」。「これだ!」と思いホテルの支配人に「解禁のカウントダウンをスキー場でやりましょう」と提案しました。2006年のことです。
スキー場のライトを紫色にし、オールナイト営業をして「ボジョレーヌーヴォー」の解禁と同時刻に振る舞い酒を配りました。このイベントには多くのメディアが取材に来てくれました。
役職もない若手社員が、ホテルの支配人に直接電話をするのはとても勇気のいることでしたが、会社が挑戦するマインドを「良し」としていました。OBの方や、先輩方がそういう風土を作ってくれていたと思います。
ネガティブな状況こそイメージ向上の武器になる
その後、2011年に西武ホールディングス広報部へ出向に。広報部には、現在、西武ホールディングスの社長を務める西山隆一郎さんがいました。
西山さんはメガバンクで長年広報担当だった経験がある方で、“守りの広報”を改めて基礎から教わりました。コクドは非上場だったこともありネガティブな取材は比較的お断りするスタイルでしたが、西山さんと仕事をするようになり広報としての仕事観が大きく変わりました。
「会社と世間との正しい向き合い方」「記者との付き合い方」「クライシス案件に対する広報対応」等々を叩き込まれたのです。ネガティブなことも対応によっては企業イメージ向上の武器になり得ることを学びました。
当時、西武ホールディングスは2013年の米投資ファンドからのTOB(株式公開買い付け)と、グループ会社の食品表示の問題に直面していました。
この2件は同時期に発生したため、当時のマスコミ対応は非常に厳しいものでしたが、当社グループの状況や取り組みを正確かつタイムリーに伝えることに努めました。そのマスコミ対応の最前線に立ち、陣頭指揮を同時に執ったのが西山さんでした。
本社に記者から電話や訪問が相次ぎ、中には初めて当社を取材する記者も多く、理解を得るためには、西武鉄道の上場廃止まで遡って詳しく説明する必要がありました。とにかく西山さんも時間がなかったため、その記者対応に私を同席させることで、ネガティブ対応をOJTで学んでいきました。
1時間以上かかる複雑な解説や、話し方の間合いなども覚え、ほぼ一言一句同じように語り、相手にも理解してもらえるようになりました。その後は自分流にアレンジしていくのですが、当時は身振り手振りや話し方まで西山さんのようになり、その癖を直すのが大変でした(笑)。
その後は企画部門で新規事業などの貴重な経験をし、2023年には西武ライオンズの広報部長に就任しました。西山さんからは、「これまでの経験を活かして、今度はグループのイメージリーダーのライオンズでチャレンジだぞ」と発破をかけられました。
「観客動員数最下位」という負のイメージを打ち返す広報
話は戻りますが、ライオンズは2022年の観客動員数が12球団最下位でした。それは戦略的な価格戦略によるものでしたが、観客動員数が「最下位」ということは、「ここから上がるしかない」として、武器になります。
考えようによっては、取材するメディアの視点から見ても7位や8位よりも見出しにもしやすい。ちなみに特殊要因(2007年度の松坂大輔のポスティングに係る入札額受入益)を除けば当期純利益は過去最高でした。「稼働率を下げても、お客さまの満足度を高めて、その分しっかり単価をいただく」という戦略です。
無料チケットを配れば、席は埋まります。しかし同時に、警備員や清掃員などスタッフにかかるコストは増えます。グループ会社の西武鉄道やプリンスホテルはコロナショックからまだ完全に抜け切れない状況でしたので、当社は意図をもって観客動員数を抑え、利益をしっかり残す経営をしていました。
経営としてサステナブルであること、それを世に正しく伝えることができれば「観客動員数最下位に付きまとう負のイメージ」を打ち返すことができると確信しました。結果、2023年の観客動員数はパ・リーグ5位でした。
ですが、ライオンズの本拠地「ベルーナドーム」は通常の試合で満員になっても収容人数は2万7000人程度です。ソフトバンクの本拠地「PayPayドーム」は4万人、オリックスの本拠地「京セラドーム」は3万6000人収容できます。観客動員数をもっての一律の比較は、人気度を測るにはもはやナンセンスだと思っています。
こういった経営状況に関する背景、客観的な数字などを用いて、記者の皆さんには丁寧に説明を重ねるようにしています。この広報戦略は一定の効果があったと感じています。
プロ野球は年間143試合行われ、ひとつの球場に万単位の観客を動員できます。そんなスポーツビジネスができるのは日本において野球だけです。また、米大リーグ・ドジャースの大谷翔平選手の活躍もあり、テレビや新聞で野球が取り上げられない日はありません。非常に恵まれた環境で仕事ができていることに感謝しています。
その分、取材をされやすい環境にありますが、出すことに一生懸命になるのではなく、出し方(質)に強いこだわりを持つ必要があると思っています。2023シーズンを通じて実際に取り組んできた活動についてはこのコラムで順次、具体的にお伝えできればと思います。
次回は、企業広報とは全く異なる「球団とメディアとの関係」についてお話しします。