小さな成功体験の積み重ねで、ムーブメントをつくりDXを推進する
福吉:私は昨年9月にサッポロビールからグループ内のサッポロ不動産開発に出向しました。今は顧客データ利活用にとどまらず、不動産事業におけるDXを担っています。
木田:私は新卒で大手通信キャリアに入社したのち、数社を経て2018年、三井住友海上にデータサイエンティストとして入社しました。
福吉:サッポロ不動産開発に出向後、DXを推進する際にまず感じたのは「あ、やれそうなこといっぱいあるな」ということでした。よくある話だと思うのですが、当社でもご多分に漏れず会計処理の多くをEXCELで行っていたのですが、連綿とそのデータが受け継がれていった結果、最初がどんな形だったのか、今となっては分からず下手に触れない状態になっていました。「これはシステム化した方がいいですね、システム化で作業軽減しましょう」と経理の方にお話ししたら、「そんなことができるのですか。ぜひ、やりたいです!」と言われました。
木田:小さいところから実践を重ねて、周囲を巻き込んでいくことが必要ですよね。
福吉:まず自分にできそうなことがあれば小さなことでも手伝うようにしています。システムやデータで困っている人がいれば、話しかけて手伝わせてもらう。そして、作業をしている合間に、よりその人の仕事をよくするような提案をするようにしています。そういうコミュニケーションを重ねていくと、今まで何度もトライしても、うまくいかなかったものだけど、どうやらこの人は解決してくれそうだという空気感が生まれてきます。そんなふうに、少しずつ社内の味方を見つけて地固めをしていっています。
一方で役員の皆さんから「本当にDXに投資する価値があるのか?」と問われた場合、我々のチームや外部コンサルの皆さんが作成した資料を活用し、定量効果や取り組み期間などを含めた数字中心の具体的な説明を丁寧に実施します。
木田:小さなことからスタートするという姿勢には全く同感です。私が入社した2018年の時点で、当社ではマーケティングの重要性がまだそれほど理解されていませんでした。損害保険業界は代理店ビジネスなので、代理店にだけアプローチをしていればよいという考えの人が大半だったからです。そんな環境のなかで、私がデータサイエンティストとして入社して、「データマーケティングが大事です。データ分析をマーケティングに使うと役立ちます」と周囲に言い続けてきました。そうしたら自然と「やはりマーケティングは重要ですね」というムーブメントが醸成されてきて、その瞬間を狙ってマーケティング部署を立ち上げて、デジタルマーケティングの効果やマス広告の効果を示していきました。
マーケティングの大変革を行う際には、ステップがあるなと感じています。マーケティングの土壌がない場合には、いきなりデータ利活用の話をするのではなく、まずはマーケティングの素養を醸成する取り組みをする。福吉さんがおっしゃるように、現場の小さな取り組みから始まっていきますよね。
福吉:DXで悩んでいる人たちの課題を小さなところから解決してあげて、「このデータでこんなことがわかるなら、あんなデータを取得できたらこんなこともできるかもしれない」と見通しができてくる感じですね。
木田:そうですね。何かひとつ解決してあげると「これもできるかも」「あれもできるかも」と皆が言い出してくれます。それが、多分ムーブメントとなっていく感じです。それでいつの間にか期待値がどんどんどんどん膨らんできて、それに応えていくとまた大きくなっていくというサイクルなのかなと思います。成功体験の積み重ねという感じです。
三井住友海上火災保険
CXデザイン部長 CMO
木田浩理氏
慶應義塾大学総合政策学部/同大学院政策・メディア研究科修了。大手通信キャリア・ITサービスベンダー・ECプラットフォーマー・老舗百貨店・通販企業等を経て2018年5月三井住友海上にデータサイエンティストとして入社。2021年より現職。主な著書は『データ分析人材になる。目指すは「ビジネストランスレーター」(日経BP)』『ビジネストランスレーター データ分析を成果につなげる最強のビジネス思考術(日経BP)』。
現場には体験が、経営層にはわかりやすい言葉が必要とされる
福吉:私がデータやDXに関わる中で感じているのはデータを使う目的が明確でないがゆえ、何をしたらいいかわからなくなってしまっている企業が多いということです。当社でもすでにデータがあるのに、それを活用されてないことが少なくありません。
私たちは商業施設も運営しているので当然のことながら人々に来場してもらうことが重要です。そこで「来場者数」とオープンデータである「天候データ」を日付でつなげると、今までなんとなく天気のいい日の来場者は多いけれど、雨の日の来場者は少ないと感じていた経験値がデータで証明されました。こういう事実が見えてくると、今度は「天気だけでなく、気温も関係するのでは?」など、想像力が膨らんでいきます。
木田:福吉さんの立場はまさに「ビジネストランスレーター」ですね。データはあるもののどう扱っていいかわからない人たちに対して「こうすればいいんだよ」と示唆できる存在は、今の日本企業に必要ですが、なかなかいませんね。
福吉:おっしゃる通りです。私は、木田さんが言うところのビジネストランスレーター的な人を増やすことが必要だと考えています。そこで、セミナーなどに登壇した際、質問を下さる社外の方に対しても、できるだけ丁寧にお答えするようにしています。日本全体で、データ人材の底上げが必要であり、自社が伸びていくことも大事ですが、業界全体で戦いに行かないとグローバルで勝てないという危機感を抱いています。
木田:データ人材の育成で、私が課題に感じているのは「マネージャー層へのDX教育」です。組織において意思決定を担う彼らだからこそ、DXの知識が必要だと感じています。そこで私はマネージャー層へのDX研修等の取り組みを始めました。
福吉:マネージャー層がDXに自信を持てれば下にも指導できるので、より人が育っていきますよね。上の方をきちんと教育をしていくということは大切ですよね。
木田:これからの時代、マネージャー層はデジタルマーケティング等のマーケティング知識を持っていることが前提となります。だからこそ、それを前提として人事制度も変えていくということが大事だと思います。人事もコミットした形で巻き込んでいって中間管理職を育てていく、どの会社にも必要なのではないかと感じています。
福吉:マネージャーのさらに上、経営層からの理解醸成はどうしていますか。
木田:経営の方たちにデジタルを理解してもらう時には、経営層の目線に立ち、彼らの言語を用いて説明することが必要だと考えています。まさにトランスレーターとしての役割が重要になります。
福吉:本当にその会社にデジタルを普及させようと思ったら、現場で働いている方との目線を合わせる必要があると同時に、経営にも目線を合わせる必要がありますよね。デジマの3文字略語を並べ続けているだけでは、経営層には受け入れられませんから。現場には体験が重要、経営層にはわかりやすい言葉が必要となります。理解してもらえると、「じゃあやろうか」と言ってくださる経営の方がいることを考えると、デジタルやマーケティングの推進のために、まず共感してもらうべき相手は経営層ですね。
サッポロ不動産開発
経営企画部 DX推進グループ
福吉 敬 氏
1972年北九州市生まれ。多摩美術大学卒。国内酒類メーカーから外資メーカーを経て、2014年サッポロビール株式会社に入社。新商品の立ち上げ担当、宣伝室のデジタル担当を経て、2021年4月からはヱビスブランド内でメディアプランニングを担当。23年9月より、恵比寿ガーデンプレイスなど運営するサッポロ不動産開発にジョイン。DX推進グループで、行動分析基盤の構築や業務のデジタル化を牽引。