新刊『SNSから抽出するパーセプションでつくる
ビンゴ型コミュニケーションプランニング』の発売を記念して、著者の一人である横山隆治氏の期間限定コラムを掲載します。今回は、楳田(うめだ)良輝氏との共著で、「GRPをインプレッション数へ」をテーマに解説します。
「GRP」と「インプレッション」を接続する試み
2013年から2014年にかけて、筆者は個人GRPをインプレッション数に換算することが、テレビとデジタルを同じ土俵に乗せる手立てではないかと考え、提唱し始めました。その前にはGoogleがe-GRPなる指標を提唱しましたが、うまくいきませんでした。Googleがマスメディアのバイイングにも取り組んでいたころの話だと思います。e-GRPはネットをテレビの指標に合わせようとするものでしたが、GRPのインプレッション換算はその反対で、テレビをネットの指標に合わせるということです。
その後、『新世代デジタルマーケティング』(2015年、インプレス刊)でこの考え方を発表しました。今や代理店はもちろん局でもこのインプ換算をし始めています(いま考えると、特許取っておけばよかったですね(笑))。
この考え方で、JAA(日本アドバタイザーズ協会)の新指標開発にも協力させていただいたこともあります。当時デジタルインテリジェンス副社長だった楳田良輝氏とともにこれに携わりました。
その背景には、筆者も楳田氏もマスメディアのプランニング/バイイングとインターネット広告のプランニング/バイイングを両方経験してきたことがあります。
筆者は82年から96年までは大手ビールメーカー、化粧品メーカー、食品メーカーなどを担当しながら、CM制作と同時に、テレビ番組、スポットのバイイングにずっと携わってきました。特にスポットの作案、改案、アクチュアルレポートに関しては、パーコストの高いところばかりではなかったので、おそらく5~6年間に合計数十万GRP分を作案に関わり送稿してきたと思います。
今でもタイムテーブルに赤線を引かせる作案研修をしています。このアナログな作業をわざわざ行った上で、これをデジタル思考、つまり「%をインプ数に変換した発想からテレビを観る」という講習をします。これは、総合代理店の人間が習慣的に従来からのテレビの作業をしてきただけでは思いつかない、テレビの到達実態を認識させる講習です。
前回の「視聴質」を含めてテレビの真の効果、または弱点を知り、デジタルとの統合、融合には何を目的に、補完・補正を行い、従来になかった新たな効果をどう醸成するか思考することが重要です。
さて、話を「GRPをインプレッション数へ」の検証に戻しましょう。
実は、この件に関しては実際これからなので、まだ検証するに至りません。ただ%をインプレッション数に換算することと、「インプ売り」することは別物と考えましょう。これは前述の楳田氏の主張です。
米国のテレビ広告取引はマルチカレンシーへ
21年、長く米国のテレビ視聴測定をほぼ1社で支えてきたニールセンが、VAB(米テレビ業界団体)から視聴測定の不具合を指摘され、MRC(米メディア測定評議会)の認定を一時停止される事件がありました。
そして、それをきっかけとして、大手テレビネットワークはニールセン以外の測定事業者にも広く門戸を開きました。現在は、アイスポット、コムスコア、ビデオアンプなどがテレビ広告取引の代替通貨として新たに使用されるようになり、米国のテレビ広告取引は、従来の単一通貨から「マルチカレンシー(多通貨)」となってきています。
代替通貨は、ネット結線されたスマートTVのACR(自動コンテンツ認識)や、セットトップボックスのRPD(リターンパスデータ)などのビッグデータを使用すること以外に共通点があります。それは、視聴率(GRP)ではなく、「インプレッション数」を取引指標とするということです。単位はCPM(広告表示1,000回単価)です。
米国はクロススクリーン(リニアTV、ストリーミング、デジタル)の統合指標が、すでに基準になってきています。ストリーミング(CTV)やデジタル(PC、モバイル)は、そもそもインプレッション数が取引指標ですから、リニアTV(従来のテレビ)だけ指標が異なるのは、マーケティング予算を持つ広告主にとっても、テレビ広告セールスをもっと拡大させたいテレビ業界にとっても、視聴率を使い続けることの方が、マイナス面が大きかったのでしょう。
国内のテレビ広告取引にも代替通貨は必要か?
日本国内は「放送」と「通信」の法制上の区分が明確で、近年いくらか改訂されてきているとはいえ、まだまだ制限も多くなっています。したがって、ビジネス上では放送で見られても、通信で見られても全く同じという訳にはいきません。しかし、制限のない米国とは環境はやや異なりますが、PUT(総個人視聴率)の低下は続く反面、ストリーミング視聴は年々増加し、視聴の断片化がさらに顕著になってきていることは国内も同様です。放送によるテレビCM収入の減少が止まらないテレビ局は、待ったなしの状況といえます。
もはや「テレビCM vsデジタル広告」の対立構図から、現下に合ったわかりやすい共通指標や統合的な仕組みへの変革が早期に求められています。
たしかに、メディアの統合的なプランニングや、テレビCMの効果測定、評価などを行うためにGRPをインプレッション数に換算することは、ようやく行われるようになってきました。また、場合によっては、広告主と広告会社の間でインプレッション数を保証したり、請求までも行ったりすることがあるとも聞きます。しかし、それでは、テレビ局は広告主と広告会社の責任範疇だとして、それらを押し付けてきただけのようにも感じます。仮に収入維持は出来たとしても、収入アップにはつながりません。
なぜなら、従来のGRPで購入したものをバイサイドで、インプレッション数に換算しているだけに過ぎないからです。
低CPMのままでプログラマティック取引することは危険
現在、テレビCMの多くは視聴率ベースでGRP取引され、その1パーセントをいくらとするかの「パーコスト」を広告主とテレビ局が個別に取り決めます。しかし、正直なところ、局ごとはともかく、放送エリアごとに大きく異なるパーコストの決定要因がはっきりとはしていません。それは、CPMにしてみるとよくわかります。
デジタル広告は、原則的に全国で同一単価です。そこで、テレビCMの平均CPMを試算してみると関東エリアは約350円となりました。全国32の放送エリアで見ると120円〜400円程度のばらつきがあります。これは大きな差だといえます。ですが、UGC(ユーザー生成コンテンツ)ではない、TVerやABEMAなどのプレミアムコンテンツの広告付き無料ストリーミング(CTV広告に限らない)が、概ね2,500〜3,000円前後で取引されることを考えると、テレビCMは総じて非常に廉価であることになります。
もし、この低CPMのまま、テレビCMをデジタル広告のように「プログラマティック取引」に開放することになると、それはかなり危険だといえます。米国でプログラマティク取引されたテレビ広告のCPMは、徐々に下がっていくことも多かったからです。
しかし、この平均CPMは、視聴率測定の対象となるテレビ保有世帯の男女4歳以上の全人口を対象とした試算です。それをターゲティングが可能なデジタル広告とそのまま比較する訳にもいきません。とはいえ、デジタル広告のようにF1層(女性20〜34歳)だけのCPMに試算し直してみると、全日型の比較的安いパーコストだったとしても、CPMは6,000円程度まで上昇することになります。
ですが、個人視聴率が細かく取れるようになったにも関わらず、人口の半数近くにもなるコア層(例:男女13〜49歳)に、もう一度、ざっくりと括り直すのはもったいない話です。そもそも、コア視聴率などは、広告主にとって本当に有用な指標となっているのでしょうか。
インプレッション取引でテレビCMの定義を見直す
そこで、テレビCMを「質と量」で再定義するために、インプレッション取引の導入を検討してみます。実は、テレビCMは現状の視聴者構成のままだったとしても(過去データで検証したため)、インプレッション取引を行うことで総収入をアップできる可能性が高いのです。
やや極論ですが、関東エリアのA局の1週間分のスポットCMをMF1層(男女20〜34歳)とMF2層(男女35〜49歳)へのインプレッションだけに課金して、全スポットCM枠をセールスしたとすると、総収入は約4割アップするという試算が出ました。その際の仮説CPMは、MF1を2,000円、MF2を1,500円としています。実測値のインプレッション数で計算すると平均CPMは1,700円になりました。基本的にブランド毀損やアドフラウドのないプレミアムコンテンツのテレビCMのこのCPMは、前述の広告付き無料ストリーミングと比較しても、決して高過ぎることはないように思えます。
MF1〜2層だけに課金するということは、その他の視聴者に届く(見られる)CMには費用が発生しなくなります。つまり、MF1〜2層をターゲット層とする広告主にとっては、欲しないターゲットへのリーチは、投資対効果に加えなくてもいいことになります。また、テレビ局も予約型でセールスした総GRPを確保するために、総個人視聴率(ALL)を無理に積み上げるような作案をする必要はなくなります。
しかし、地上波テレビ、つまり放送波は「公共財」ともいえますから、テレビ局にとって収益性の高いターゲットに向けたCMだけを流す訳にもいかないでしょう。多種多様な広告主や商材を受け入れる必要があります。視聴者も同じCMばかりでは飽きてしまいます。
テレビCMの周辺ターゲットに注目する
テレビCMは、想定するメインターゲット以外にも、いくつかのサブターゲットにも到達します(これを「周辺ターゲット」と呼ぶ)。逆にいえば、それらを除外することもできません。メインターゲット以外はターゲットではない場合にはあてはまりませんが、そういう例も少ないと経験上は感じています。
例えば、ある自動車メーカーが新型RV車の発売キャンペーンを検討し、ターゲットを「新車購入を検討する」「アウトドア好き」の「20〜40代男女」と設定したとします。この3つがベン図で重なるメインターゲットは、新車購入サイクルが7〜8年といわれる自動車業界においては、非常に魅力的なターゲット層に思えるでしょう。そして実際、デジタルではそのメインターゲットに向けて広告配信を行うことがすでに可能です。
しかし、それを実数で見た場合、ターゲット数は約70万人(仮試算)とかなり矮小化されてしまいます。このメーカーとしては、もっとリーチを広げたいと考えるでしょう。
そうなると、メインターゲット以外にも次のような周辺ターゲットが、メインターゲットに近い順(価値の高い順)に①から⑥まで想定できます。⑦はターゲット外です。
- ① 新車購入検討+アウトドア好き
- ② 新車購入検討+20〜40代男女
- ③ 新車購入検討のみ
- ④ アウトドア好き+20〜40代男女
- ⑤ アウトドア好き
- ⑥ 20〜40代男女のみ
- ⑦ ターゲット外
この各周辺ターゲットには重複は存在しません。したがって、テレビCMのバイイングにおいては、それぞれのセグメント毎に購入したい「ターゲットCPM」を設定します。
問題は現状ではセグメント毎に切り売りできないテレビCMを、どうやってターゲットCPMでセールスするかのアイデアです。それは、取引指標をGRP取引からインプレッション取引へ移行し「率から実数」で捉え直し、CM単位でセグメント毎のターゲットCPMを積み上げて評価することで実現できると考えています。率で見ているものはセグメントに分けたり、足したりすることができませんので、必ず実数で捉える必要があります。
ここで重要なのは、特定のセグメントだけでセールスすると、セルスルー率が悪化したり、CM在庫が足りなくなったりするような事態が予測されることです。あくまでも、CM単位で価格付けをします。つまり、個人視聴率5%の番組が10本あったとすれば、CM価格も10種存在するということです。
たしかに、デジタル広告と同様に、ターゲットに対する1インプレッション毎にデータで評価をして購入できることは理想です。しかし、地上波のテレビCMでそれを実現するには、欧州のDVB-IやHbbTV、米国のATSC3.0のような仕組みが国内でも必要で、それには、まだまだ時間を要します。実現しないかもしれません。
インプレッション取引にも課題はある
インプレッション取引(GRPをインプレッション数に換算している場合も同じ)にも課題があるとすると、テレビCMの広く伝える力がまだまだ絶大で、その絶対数が大きくなり過ぎるということです。関東エリアで個人全体1,000GRPのテレビCMを投下すると、約3億9,000万インプレッションというような非常に大きな数字となります。
GRPは、メーカーと流通との営業交渉でも使われる大事な指標です。実は流通側にはGRPの細かな意味までは、ほぼほぼ理解されてないようですが、一応「言葉」としては通じます。それをさらに新しい単位に変えてしまっても伝わるのか?という懸念があります。
また、より精緻なターゲット設定が行われるようになると、単純に総インプレッション数を示されても、そのキャンペーンの規模が把握し難くなることが考えられます。例えば、関東4,000万人と関西2,000万人を対象とした3億インプレッションと、先の自動車メーカーが関東エリアでメインターゲット70万人に向けて500万インプレッションの広告を投下するのは、どちらがキャンペーンとしての「厚み」があるのか?などです。
これに関しては、解決策がありますので、また機会があればご紹介します。
いずれにしても、代替通貨の必要性がある課題のいくつかはインプレッション取引によって解決されると考えています。しかし、それは単に視聴率をインプレッション数に換算することではありません。ダイレクトに「インプレッションで取引する」ことに意味があります。そろそろ、この概念検証(PoC)を実施してみる必要があるのかもしれません。
横山隆治(よこやま・りゅうじ)
横山隆治事務所(シックス・サイト)代表
株式会社ベストインクラスプロデューサーズ 取締役
トレンダーズ株式会社 社外取締役
青山学院大学文学部英米文学科卒、ADK(旧旭通信社)入社。1996年DAコンソーシアム起案設立、代表取締役副社長就任。黎明期のネット広告の理論化、体系化を推進。2008年、ADKインタラクティブ代表取締役社長就任。2011年デジタルインテリジェンス代表取締役社長、現横山隆治事務所(シックス・サイト)代表。企業のマーケティングメディアをP・O・Eに整理する概念を紹介。主な著書に『トリプルメディアマーケティング』(インプレス)、『広告ビジネス次の10年』(共著、翔泳社)、『CMを科学する』(宣伝会議)ほか多数。
楳田良輝(うめだ・よしてる)
プログラマティカ 代表取締役社長
関西学院大学卒。広告会社で営業部門を経験後、経営及び人事部門でデジタル領域への投資・事業戦略や組織・制度変革等を担務する。メディア部門を担当後、デジタルエージェンシーを経てコンサルティング会社に経営参加。大手広告主に対するマーケティング・コンサルティング業務等に従事する。2013年10月にプログラマティカを設立。近年はテレビ視聴データ活用等を中心にコンサルティング業務を行っている。
『SNSから抽出するパーセプションでつくる ビンゴ型コミュニケーションプランニング』(横山隆治、トレンダーズ株式会社著)定価:1,760円(本体1,600円+税)
マーケティングファネルやカスタマージャーニーモデルはもう破綻している。なのに違和感を持ったまま使い続けていませんか?「順列」のジャーニーモデルから「組み合わせ」のビンゴカードモデルへ。SNS時代ならではのコミュニケーション設計手法を提唱。