ピュリッツァー賞を2度受賞
ウォルター・リップマンは、1931年から1967年にかけて新聞で連載したコラム「Today and Tomorrow」で有名な、米国を代表するジャーナリストであり、ピュリッツァー賞を2度受賞しています。世論の形成について述べた著書『世論』(岩波書店)でも知られています。
最優等賞を得てハーバード大学を3年で卒業したリップマンは、研究者や政治家ではなく、ジャーナリストの道に進みます。彼は、当時の代表的なマックレーカー(官僚らの不正を暴く記者)の一人であるリンカーン・ステファンズの編集助手としてEverybody’s Magazine誌の編集に加わり、記者としての知識とスキルを、徹底的に叩き込まれます。
ステファンズから、「ジャーナリズムは、大衆を哲学に導く最良の手段」との助言を受けたリップマンは、その言葉に励まされて1912年に市政改革に取り組むため、ニューヨーク州スケネクタディ市の新市長になった社会主義者G・ランの補佐に就任しました。
しかし、彼は自身が政治実務に向いていないことに気づき、4カ月で辞職します。わずかな期間でしたが、行政に携わった彼はその後の人生を文章と思考に集中しようと決意し、初めての著者『政治序説』(A Preface to Politics、未訳)を1913年に出版します。
ウィルソン大統領の元で和平に対する広報活動に携わる
その後、New Republic誌の創刊メンバーに加わったリップマンは、同誌で自由と民主主義に関する記事を執筆し、やがてこれらの記事が、1916年に再選を果たしたウッドロー・ウィルソン大統領の目に留まります。
1917年10月に大統領の和平準備の専門委員会に招聘され、委員会の主要メンバーとして活躍。広報委員会(CPI:クリール委員会)の設立に影響を与えています。
1918年には、一時的に陸軍長官のアシスタントに就き、陸軍情報将校としてフランスに赴任しています。この間、対ドイツ心理戦にも従事し、宣伝チラシを作るなど、プロパガンダ手法を実践したといわれています。
また、ウィルソン大統領の信任が厚い政治家のエドワード・ハウスのアシスタントとして、第一次世界大戦終了後の和平に関する「十四か条」の原案作成に関わりました。
結局、パリ講和会議では、十四か条はイギリスやフランスから無視され、成果をあげることはできませんでした。リップマンは和平工作が終わる前に、官職を辞して、New Republic誌に戻るとともに、これまでの経験を総括する意味での執筆活動も始めました。
彼は、第一次世界大戦中に政府がCPIなどを通して行ったプロパガンダによって、一般大衆は二次情報(ニュース)やうわさ、憶測によって、事実を知ることなく、扇動や宣伝の餌食になってしまったことの理由を問い続けました。
民主主義におけるジャーナリズムを再定義した『世論』
リップマンはまた、同時に民主主義とは人間が自ら自己環境を統制する力を持っていることが大前提である、と考えていました。しかし、第一次世界大戦中は宣伝や欠陥だらけのジャーナリズムによって、民主主義が脅かされたことに危機感を抱いた彼は、1922年に『世論』(Public Opinion)を出版します。
ここでは詳しい書評は行いませんが、彼は『世論』の中で、私たちがある種の固定概念や思い込みを持つことで、対象物のイメージが固定され、その印象や評価が左右されることを「ステレオタイプ」と名付け、「人々が正しい理解と判断を下し、民主主義の基本である、自己統制を可能とするためには、ステレオタイプ的な思考による粗雑なニュースに惑わされてはいけない」と警告しました。
リップマンは、ジャーナリズムの基準を再定義しながら、情報の受け手である我々に対しても「ニュースと真実の違いを取り間違えるな」と忠告しています。私たちはフェイクニュースに踊らされるのではなく、その背後の真実を見極めなければなりません。
著書『Cold War』(1947年)で初めて冷戦という言葉を用いたことでも知られているリップマンは、1974年12月14日に亡くなるまで、未完を含め27冊の著作を残しました。公共三部作ともいわれる『世論』『幻の公衆』『リップマン 公共哲学』はご一読をお勧めします。
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ステレオタイプ
ステレオタイプ(Stereotype)とは、特定のグループやカテゴリーに属する個人や物事についての一般的な信念や、イメージのことを指し、そのグループのすべてのメンバーに一律に適用される特性や特徴を意味する。ステレオタイプは、文化や社会的な背景、個人の経験、メディアなどのさまざまな要因によって形成される場合がある。
たとえば、ステレオタイプがプロパガンダに利用された例として、第二次世界大戦中のアメリカでの反日宣伝広告がある。ここで描かれたステレオタイプな日本人像は、黄色い肌、メガネ、出っ歯、口ひげ、慇懃無礼で戦闘帽を被っており、敵役としての日本人のシンプルなイメージ確立に役立った。
ステレオタイプは単純化や一般化された見方であり、人々の多様性や個性の無視をはじめ、不正確な判断や偏見を生じることがある。そのため、ステレオタイプは社会的な偏見や差別の根底にある場合があり、個人の尊厳や平等に対する理解を妨げる要因となる。
私たちは、教育や個人の意識向上などを通じて、ステレオタイプに基づく誤解や偏見に対処するための努力を続けなければならない。