田中直基さんに聞く 生成AIの黎明期にクリエイターはどう向き合うべきか?(前編)

本コラムの3回目となる今回から、さまざまな領域の方にAIについて聞いていきます。1回目は、Dentsu Lab Tokyo / Dentsu Zeroのクリエイティブディレクター 田中直基さんにインタビューしました。

聞き手:石川隆一(電通デジタル)


写真 人物 石川隆一さん、田中直基さん

ポジとネガ、その両面を持つAIのいま

石川:僕はいま電通デジタルという会社に所属し、AIに取り組んでいます。AIと言っても、仕事で関わるものは主にバナー広告やリスティング広告。こうした広告ではバナーの色や文言をユーザーに合わせて変えていくわけですが、いまは過去のデータからAIがサジェストしてくれるようになっています。でもAIに言われた通りに出稿を続けるうちに、自分の中でクリエイティブの面白みが半減したような気持ちになってきました。

これまではバナーをどういうデザインにするか、どう変えていくかと悩みながらつくっていて、最終的な表現にはどこか人間らしさや面白さがあったと思んです。いまそれが無くなってきたような気がして、何か解決する方法はないかと考えるようになったことが、このコラムを始めた経緯でもあるんです。そこで、今日はこれまで一緒にお仕事をさせていただいた田中さんが、いまAIについてどのように考えているのかをぜひお聞きしたいと思っています。

田中:生成AIが話題になる前から、AIの持つさまざまな力を利用して、表現やプロダクトをつくってきました。例えば、「AIから認識されにくくなるカモフラージュ柄」を開発した「UNLABELED – Camouflage Against the Machines」や投球予測システムをつくって、人間とAIによる対決をテレビ番組で実施したり。

「UNLABELED – Camouflage Against the Machines」

あるいは、パラスポーツでも画像解析を使って、目の見えない人がリアルタイムに触覚でボールの位置がわかるデバイスを作ったり。AIが表面的に立っていない仕事でも、ほとんどの仕事の裏側でAIを使っています。生成AIで言うと、僕がリーダーを務めるDentsu Lab Tokyoのチーム全体では、いろいろ行っていますが、僕個人で言うと、直接的にそれを企画のコアに置いた仕事は今のところないですね。

石川:生成AIが出てきた当初、僕はとてもポジティブにとらえていました。というのも、例えばデジタル広告であれば、AIを活用することでユーザー一人ひとりによりパーソナライズできるのではないかと思ったからです。従来のデジタル広告であれば、あるルールのもと組まれたシステムによってユーザーがそれぞれ違う体験ができたわけですが、AIを活用することで、それがよりパーソナライズされる。これはデジタル領域ならではの面白さであり、デジタルだからこそ生み出せる体験だと感じていました。

ですが、最近はいろんな問題が浮き彫りになってきました。肖像権の問題からハリウッドでは俳優たちがストライキを起こしたり。著作権のあるものを学習しているがために、AIが描いたものが著作権を侵害するようなものになってしまったり。こういう問題を見るにつけ、それを広告という仕事に使うことへの違和感やモヤモヤが自分の中に起きてきました。

田中:生成AIについては、ポジティブな意見もあれば、ネガティブな意見もあるのは当然のことで、立場によってもその見方は全然違うものになりますよね。一元的に判断したり決めつけるのが、技術と社会の正しい関係性を作る上で、最も良くない気がします。

生成AIのいまのフェーズはまさに黎明期中の黎明期で、賛否両論あって然りだし、だからこそ怖がらずに言うことが大事かなと思っています。それぞれの立場の人たちが何度もバトルしながら、時には事件が起きたり、誰かを傷つけたりしながらも、何年か経るうちに最適なかたちになっていくのだろうなと思っています。

でも、自分が精魂込めて、時間かけて描いた絵が勝手に学習されて、いい感じのところだけが抽出されて使われて、さらにそれが何かで賞を取ってしまったのを見た日には絶望的な気持ちになりますよね。作り手の一人としてそういうモヤモヤした気持ちはよくわかる。だからこそ、そういう人たちのことをきちんと想像しながら仕組みやルールを作ることが大事かなと思っています。新しいことが進むときって、そういうことがおざなりになってしまいがちなので。

一方で、AIがつくるデザインの面白さには、作り手としての気持ちと鑑賞者としての気持ちがあります。AIは自分たちの表現を拡張してくれるし、サポートもしてくれる。自分では気づかなかった表現や発想を提供してくれる味方でもある。いち生活者として見たときには、素直にかっこいいなと思うこともある。だから、いま時点ではモヤモヤもあるし、ワクワクもある。自分の中ではポジもネガもどちらもあります。

石川:2023年の宣伝会議賞に電通で現在開発中のAIコピーライター「次世代AICO(仮称、以下AICO)」がつくったコピーを応募したんですよね?残念ながら入賞はしなかったのですが、もし本当に賞を獲っていたら個人的には複雑な気持ちになったかもしれません。クリエイターとしてはAIを表現にどこまで、どう使うかは悩ましいところです。一方で、海外の広告賞ではAIを活用したキャンペーンが賞を獲ることが増えてきています。

田中:僕自身は、「AICO」のメンバーではないんですが、いまのチームの中にプロジェクトメンバーがいるので、なんとなく把握しています。ちなみに僕もChatGPTを利用しながらコピーを書くことをトライしたことがあります。でも、普通に「こういうコピーを書いて」と投げかけても、正直なところいいものは出てこない。基本的に過去に学んだものからの創作ですから。

コピーを書く上で大事なことは、What to sayとHow to sayと言われますが、What to sayを見つけるのはAIには本当に難しい。「AICO」は、今回、受賞経験があるようなスキルを持つコピーライターたちがお題からWhat to sayを発見するプロセスを学ばせ、How to sayでジャンプさせるようにバージョンアップしている最中なのですが、それはまさに僕がChatGPTではうまくいかないと思っていたことをクリアしようとしているわけですよね。書いたコピーも見せてもらったのですが普通にクライアント企業にも採用されるし、世の中に出てもワークするコピーが並んでいました。結果、「AICO」によってコピーライターのHow to sayの検討は楽になったところがあるし、人間である彼らが思いつかなかった書き方が出てきた可能性もある。そういう競作的なものには可能性があるなと感じました。

石川:アウトプットで修正をしたんでしょうか。

田中:コピーライターたちはあくまでも事前の学習の参考となる考え方だけを書いて、AICOが全部生成していたと聞いています。そもそもAI向けにロジカルに考え方をまとめるということが、コピーを考えること、コピーを書く時の発想に近い気がしますね。


写真 人物 石川隆一さん

2023年、広告賞で注目を集めたAI活用事例

石川:田中さんは2023年にはカンヌラオイオンズのモバイル部門の審査などに参加していましたが、審査をする中で印象に残っているAIの事例はありますか。

田中:審査をした中で印象に残っているのは、クリエイティブ・エフェクティブネス部門でグランプリを獲った「Shah Rukh Khan-My-Ad」(Oglvy)。

「Shah Rukh Khan-My-Ad」

インドの人気俳優 シャー・ルク・カーンを起用したキャンペーンで、コロナのパンデミックで打撃を受けた小売業を救うべく、キャドバリーがオグルヴィと企画したキャンペーンです。希望するすべての小売店が、キャドバリーが用意した動画の中で、シャー・ルク・カーンに自分の店の名前を言ってもらい、推奨してもらえるというもの。人気スターが自分の店のキャラクターとして使えるわけだから、小売店はみんな参加するし、みんなが動画を見ることでものすごいPRとなったんです。

それから、モバイル部門ファイナリストの「MIND’S EYE」(AREA 23, An IPG Health Network Company,)です。

「MIND’S EYE」

これはALSアーティスト武藤将胤さんと僕らがやっている「Project Humanity」と思想は近いのですが、MND/ALS 患者のためのアート表現のツールを制作しています。武藤さんのように身体を動かすことができない人は目を使って言葉をテキストで打ち、コミュニケーションを取るのですが、このツールはそれに加えてビジュアルをリアルタイムで描きだしてくれる。

どうやっても言語では補いきれないニュアンスってあるじゃないですか。例えば「わかりました」と言われた時に、ポジティブに言っているのか、ネガティブに言っているのか、文字だけでは判断ができない。そこにビジュアルが加わることで、言語以外の部分をフォローしてくれる。ご本人は顔で表情をつくることが難しいので、自分はこういうニュアンスで話しているということを補足してくれるようなツールです。

生成AIをこのように活用した事例は、昨年時点の審査ではまだ少なかったですね。一方で、生成AIではなく、従来的なAIの使い方をしたケースはかなり増えていて、ある意味標準装備になったのかなという印象です。表立ってアピールしなくても半分近くは何かしらのかたちでAIを活用しているんじゃないですかね。

他に生成AI以外で面白いと思ったのは、Samsungの「Quest for Dyslexia」(Cheil PengTai Beijing)。

Samsung「Quest for Dyslexia」

「Dyslexia」というのは、学習障がいの一つで、知的障がいではないけれど、文字を読みとったり、思い起して書いたりすることに困難が生じると言われています。普段の生活の中でその症状を見つけることは難しい上に、親が世間体を気にして病院に連れていかないことが多い。しかし、そのまま放っておくと、将来的に問題が発生し、社会から脱落してしまうことが課題としてあったそうです。そこで中国の超人気ゲームをハックして、その子どもがゲームをしたときに必ず間違えるところをAIで抽出し、親にアラートを出すというツール。こういう使い方はとてもいいなと思いました。

石川:言葉をビジュアルにして伝えるのは、コミュニケーションをより活性化してくれますね。そして、人を助けるため活用することはAIの正しい使い方ですよね。

こうした使い方がある一方で、CMに出演するタレントをAIでつくるという流れもあります。それがもっと進展すると、広告業界の制作の考え方ががらりと変わりそうです。

田中:広告でAIタレントを起用するのは一過性になりそうな気がするけれど、汎用的かつ大量のクリエイティブを必要とするジャンルではめちゃくちゃ重宝される気がします。

生成AIについての僕のベーシックな意見としては、人間ってやはり人間が作るものが好きなんじゃないかなと思っていまして、つまり、自分が好きなものが100%AIというのはどうもそそられない。結局、絵画や音楽でも、100%AI作品が話題にはなっても、じゃあ、その後もずっと買いたい人が殺到しているかというとそうでもないじゃないですか。でも、人間のクリエイティビティとAIのクリエイティブの掛け算は面白いかなと思います。正直なところ、100%AIのシステマティックなものに関しては、みんないつか飽きてしまうような気もしていて。

石川:僕も田中さんの考えに近いですね。将棋界はいち早くAIを取り入れて、その結果、人間のプロが負けるという歴史が生まれた。これはかなり衝撃的なできごとだったのですが、その試合AIがものすごく強い棋譜を残せたとしても、やはり将棋は人が指したほうが面白さや人間らしさがあると感じています。

でも将棋はいち早くAIを取り入れたことでうまく盛り上がって、AIとうまく共存できたと思うんです。だから、ただ生成して使うということではなく、やはりそこに人間がディレクションをしているなど、人間の思考が入っていることが大切なのではないかと。

田中:2019年にヤマハが発表した「Dear Glenn」もまさにそうですよね。

稀代のピアニスト、グレン・グールドをAIによって現代に蘇らせるプロジェクト「Dear Glenn」ドキュメンタリーフィルム。

グレン・グールドという伝説的ピアニストの演奏音源を学習したAIが、彼らしい音楽表現で、任意の楽曲のピアノ演奏ができるというシステムですが、100%AIに任せるのではなく、グレン・グールドを敬愛するいろんな音楽家とともに演奏を試みた。そこにクリエイティブの面白さがあるわけで、AIだからという理由だけで面白がるのはちょっと違う気がする。

石川:2023年に発表されたビートルズの新曲「Now And Then」が話題になりましたね。これもAIができたから実現した曲です。

ビートルズ「Now And Then」のMV

実際に聴いてみて、少し違和感がありましたが、生成AIを使った音楽で初めて感動しました。あ、この曲を聴くことができてよかった、という気持ちになり、こういう使い方で仕事につなげていきたいと思いました。

田中:AIを必要以上に嫌ったり、使わないのはよくないし、自分がちゃんと考えて、自分の感覚で判断していくことがやはり大事かなと思いますね。

(後編に続く)

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写真 人物 田中直基さん

田中直基
Dentsu Lab Tokyo / Dentsu Zero
エグゼクティブ・クリエイティブ・ディレクター / コピーライター

クリエイティブディレクター、コピーライターとして、言葉、映像、デザイン、テクノロジーなど、課題に適した手段でニュートラルに企画し、世の中や企業のさまざまな課題を解決している。主な仕事に、TOKYO2020パラリンピック開会式”PARAde of ATHLETES”、AI監視社会から逃れるカモフラージュ「UNLABELED」、「マツコロイド」、Eテレ「デザインあ」、サントリー「サントリー生ビール」、「話そう。」、「人生には、飲食店がいる。」、パートナーエージェント「ドロンジョとブラックジャック」、YouTube「好きなことで、生きていく。」など。主な受賞歴に、TCC賞グランプリ、ADFESTグランプリ、朝日広告賞グランプリ、広告電通賞グランプリ、ギャラクシー賞、ADC賞、ACC賞、Cannes Lions、D&AD、LIA、NY ADC、グッドデザイン賞、クリエイターオブザイヤー2021メダリストなど。




石川隆一
石川隆一

2018年電通デジタルに中途入社。音楽大学卒業後、レコード会社勤務を経て、AIエンジニア/プランナーとして入社。データ分析、画像処理、自然言語処理などにおけるAIのクリエイティブ応用を研究している。日本に200人しかいないkaggle Masterの一人。

石川隆一

2018年電通デジタルに中途入社。音楽大学卒業後、レコード会社勤務を経て、AIエンジニア/プランナーとして入社。データ分析、画像処理、自然言語処理などにおけるAIのクリエイティブ応用を研究している。日本に200人しかいないkaggle Masterの一人。

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