広報、マーケティングなどコミュニケーションビジネスの世界には多様な「専門の仕事」があります。専門職としてのキャリアを積もうとした場合、自分なりのキャリアプランも必要とされます。現在、地方自治体のなかで広報職として活躍する人たちは、どのように自分のスキル形成について考えているでしょうか。本コラムではリレー形式で、「自治体広報の仕事とキャリア」をテーマにバトンをつないでいただきます。
山梨県富士吉田市の萩原美奈枝さんからバトンを受け取り、登場いただくのは、福井県の嶋田拓実さんです。
福井県交流文化部定住交流課
嶋田拓実氏
2015年福井県庁に入庁。土木、農林関連の部署を経て一般財団法人地域活性化センターへの派遣(2020年4月~2022年3月)を経験。2022年4月から現職。
現職では移住施策に携わり、移住セミナー・イベントの実施や地域おこし協力隊制度などを担当。地域おこし協力隊業務においては、市町の活用支援に加えて福井県庁での活用を推進し、2023年度には11名の地域おこし協力隊員を採用した。
Q1:現在の仕事内容について教えてください
先日(2024年3月16日)、北陸新幹線が開通した福井県で移住施策を担当しています!ざっくり移住施策と言っても、私が所属する定住交流課は、大きく分けて「社会人向けのUIターン施策」「学生向けのUIターン施策」「ふるさと納税施策」の3つを担当しています。私は「社会人向けのUIターン施策」の中で、都市圏での移住セミナー・イベントの実施や地域おこし協力隊制度等を担当しています。少しでも多くの方に福井県の住みよさを知ってもらうことで、移住者が増えることを目指して仕事に取り組んでいます。
Q2:広報部門が管轄する仕事の領域について教えてください。
今回は、私が主に担当する「社会人向けのUIターン施策」を紹介させていただきます。主に社会人の移住希望者に向けて、福井県ならではの暮らしや食、生活環境など「都会が嫉妬する」ような福井県の住みよさをPRしています。
住みよさのPRにあたっては、InstagramなどのSNSをはじめ、福井への移住をテーマとしたドラマの制作・配信や、移住者のインタビュー記事のHP掲載等の情報発信を進めています。また、首都圏の移住イベントへの出展や福井県独自のイベント企画・運営、東京・大阪・名古屋・京都・福井に移住相談窓口を設置、そして福井県の暮らしを現地で体験できる「移住体験ツアー」など、移住希望者とのコミュニケーションを重視した取り組みも実施しています。
様々な施策を進めていますが、中でも「ふくい移住サポーター」はイチオシです。福井県に移住した先輩移住者を「ふくい移住サポーター」として委嘱し、移住を検討する方の相談対応や現地案内などの支援を実施しています。多くの先輩移住者にご協力いただいており、会社員から若手農家、ライターやジュエリーデザイナーまで、様々なご経歴を持った方が活動しています!
また、移住希望者の中には、地域課題の解決やまちづくりに携わりたいとの思いを持った方も増えています。このような思いを持った方にご活躍いただくものとして、地域おこし協力隊制度の活用も進めており、北陸新幹線開業という100年に一度の地域活性化のチャンスを迎えている福井県で、福井県とともにチャレンジを進める仲間を募集しています。
Q3:ご自身が大事にしている「自治体広報における実践の哲学」をお聞かせください。
「人と人とのつながり」と「現場に出ること」を大事にしています!
福井県の移住施策では「人が人を呼ぶ」をテーマとしており、移住者の中には、イベントで職員と話したことをきっかけに福井県にどんどんハマっていった方や、現地で地域の方と会ってみて「この地域ならやっていけそう」と感じた方など、人とのつながりが移住に結び付くケースも多くあります。
「人と人とのつながり」は施策において重要なテーマですが、広報の視点でも重要と感じています。このつながりを作るためには「現場に出ること」が欠かせないと考えており、「哲学」と言うのは恐縮ですが、私なりの考えを紹介させていただきます。
①「人と人とのつながり」について
近年、都市圏から地方への移住を検討する方は増えており、コロナ禍をきっかけに移住志向はさらに高まっています。これに伴い移住に関して多様なニーズが生まれており、「田舎暮らしをしたい」といった漠然としたものから、「空き家をリノベーションして住みたい」「海に近いエリアで暮らしたい」「家庭菜園をしたい」「自分の経験を活かして地域の役に立ちたい」など、様々な想いを持った方がおられます。
これらのニーズに対して、その地域に長く住んでいる職員の感覚に頼りすぎず、実際に移住した方のリアルな声を反映することが重要と考えています。地域に長く住むことで、都市圏等に住む方との感覚のズレが生じることは多々あり、例えば福井県は雪が降りますが、地域住民は「最近の雪は大したことない」と思っても、ほとんど雪を体験したことが無い方は「雪がこんなに降って大変だ」と思います。
移住は人生の中で非常に大きな決断となります。移住してから「こんなはずじゃなかった」「聞いていたものと違う」と思われることは、私たち職員としても本意ではありません。少しでもリアルな情報をお届けして、移住におけるミスマッチを減らすことが重要です。そのために、先輩移住者や移住希望者と積極的に接点を作り、つながりの中で得た情報を集積させることにより、ニーズに合わせた情報をお届けすることを心がけています。
また、大変ありがたいことに、先輩移住者や県内事業者の方々には、「移住した福井県に何か協力したい」「福井県の良さを伝えたい」との思いを持つ方もいらっしゃいます。移住体験において現地を案内いただくことや、移住者の皆さんからも情報発信いただくなど、行政だけではなく、つながりを活かした取組みによって福井の暮らしの魅力を発信することを大事にしています。
②「現場に出ること」について
日々の業務をこなすためにデスクワークが中心となりがちですが、画一的な正解が無い移住施策においては特に、移住者の移住を決断した際の想いや肌感覚が重要です。先輩移住者をはじめとした方々からリアルな声を引き出し、行政と一体となってPRを進めるために、積極的に現場に出ることによって接点を増やし、本音を言い合える関係づくりを心がけています。
また、県内のプレイヤーとの関係に加えて、首都圏など県外における移住希望者との関係づくりも大事にしています。福井県は全国的な知名度が高くないため、SNS等によって福井県のことを発信することはもちろん必要ですが、情報化時代だからこそ、顔を突き合わせてお話させていただく機会も重要と考えています。
実際に、首都圏等で開催される移住イベントにお越しいただく方は年々増えており、その場で聞くことができる生の情報を求める方は多いです。現地で接点を持つ機会を増やすことで、文章や静止画により得られる情報よりも記憶に残りやすいことに加えて、文章では伝えきれない、その場のやりとりによって得られるニーズに合わせた情報を伝えることが求められます。
そこで、全国で開催される移住イベントには積極的に出展するとともに、首都圏における福井県独自のイベント企画も実施しています。また、移住検討者においては、30~40代の子育て世帯がボリューム層となるため、必ずしも「移住」がテーマでなくとも、子育て世帯が多く来場する首都圏のイベント等への出展も進めるなど、ターゲット層に現地でアプローチする機会を重視しています。
移住はすぐに決断されるものではなく、いざ移住に至るまでには考え始めてから数年が必要となる場合も多いです。すぐには結果が出ない施策ですが、県内・県外ともに積極的に現場に出て、人とのつながりを継続的に積み上げていくことで、じわじわとつながりの輪が広がり、福井県を好きになる人、福井県への移住者の増加につながると信じています。
Q4:自治体ならではの広報の苦労する点、逆に自治体広報ならではのやりがいや可能性についてお聞かせください。
移住施策の広報を考えるうえでは、「どこまでやるか」が難しいと思う反面、やりがいにも感じます。
移住施策は社会福祉行政等と異なり、成果が出なくともすぐに自治体や住民に不利益が生じるものではありません。そのうえ、例え良い施策・広報を実施できたとしても、効果が見えるのは数年先となる場合もあります。逆に、1年間あまり頑張らなかったとしても、効果(不利益)は見えづらいため、成果が上がるか分からない中で、どの施策にどこまで力を入れて進めるかは難しく感じます。
一方で、成果が見えづらい、正解が分からない施策だからこそ、同僚や先輩移住者、事業者など、様々な方から意見をいただいて試行錯誤をしながら考える面白さや、自分たちの行動によって成果が出たときの達成感が大きいとも思います。
不安に感じながらも県内外ともに現場に出て、多くの人とお話させていただいたり、必死に文面を考えてメッセージを送ったりする中で、「嶋田さんとの出会いによって福井県に移住を決めた」との声をいただくこともあり、その嬉しさは何物にも代え難いです。
進め方に決まった型がなく、その地域の環境や文化に応じて自由にカスタマイズできる施策・広報だからこそ、多大な可能性を秘めるものだと思います。
【次回のコラムの担当は?】
福井県の嶋田 拓実さんが紹介するのは、富山県南砺市の岩倉 竜矢さんです。