聞き手:石川隆一(電通デジタル)
広告賞の話題作も「AIだから面白い」というわけではない
人間的な部分とのバランスをどう取るか?
石川:AIを活用していく上で、人間的な部分とのバランスの取り方はどうすればいいと思いますか。
田中:表現にとっては、人間的な部分は必要ですよね。アナログ的な表現物の場合、そこにある癖とか、エラーとか、時間経過に伴う変化とかが、人の心を動かす気がします。デジタルの表現物は、実際に手を触れることができたり、劣化していくものと違うので、そこにむしろ強い人間らしさを注入していかなければ離れていく感じがします。簡単にコピーできてしまうから、それがオリジナルであるということを示すのも難しいし。ただデジタルというより、そこにはやはり人間を感じさせるものがないといけないなと思いますね。
石川:僕が以前に担当させていただいたAIを活用した仕事の多くは、ユーザーの行動でアウトプットが変わるというキャンペーンです。例えばマクドナルドの「AIバーガージェネレーター」は、ユーザーがバーガーにはさんでみたい食材や料理名を自由に入力するとオリジナルのバーガーの絵が生成されるという企画でした。AIを活用することで表現のアウトプットには遊びがあり、作り手の個性も出すことができます。
— マクドナルド (@McDonaldsJapan) April 3, 2024
田中:どんな材料になっても、おいしく見せる絵はづくりは難しかったのでは?
石川:リアルすぎてもだめだし、イラストであってもリアルさがないとだめだし、かなり試行錯誤しました。正直なところ、ユーザーがどんな言葉を入れるかわからないので、その部分は十分に配慮して設計しました。
田中:おそらくいまAIを活用したいというクライアントは増えていますよね。
石川:コカ・コーラ社のグローバルがOpenAIと業務提携をしているベイン・アンド・カンパニーの支援を受けるなど、大手のクライアントがチャレンジし始めています。
一方、著作権の話に戻ると、やはりAIには制御しきれないところがある。僕がかつて担当した仕事でも、ストックフォトのウォーターマークが出てきてしまったことがありました。それは商用可能なAIだったのですが、そういうサンプルイメージも全部学習してしまっていたんですね。それは訴訟問題にまで発展してしまったので、自分が使う時は気を付けています。将来的には、著作権があるものをアウトプットに出さないよう改善していかないと、人気のキャラクターがどんどん描かれてしまう。
田中:確かにその部分は重要ですね。一方で、クリエイティブの歴史を振り返ってみると、実は同じことを繰り返しているのがわかります。例えば和歌や連歌の「本歌取り」。これは古歌を素材にして新たに歌をつくることで、当時はそれが遊びとして認められていた。つまりただ「パクる」「真似する」のではなく、元の歌やコンセプトをリスペクトし、理解した上で、例えば下の句を変えてみる。それはまさにクリエイティブの遊び。音楽のサンプリングもそうだし、広告の世界でも元ネタがあって遊ぶこともあるし、企画やコピーも組み合わせで面白いものをつくってきたし。そうやって人類は新しい表現をつくりだしてきたわけだし、トラブルとかを乗り越えて、AIについてもこれから新しいルールができていくんじゃないでしょうか。
石川:ちなみに電通デジタルが東京大学次世代知能科学研究センター(東京大学AIセンター)と研究を進めていて、そのひとつがAIにクリエイティブを評価してもらうという研究。最終的に著名なコピーライターのようにクリエイティブのジャッジができるAIができたら、若手は面白がって使ってくれるし、勉強にもなるのかなと思っています。
田中:文化や産業をより発展させるためのデータなどは提供してもいいと思うのですが、いまはそれによってそのデータをつくってきた人たちの仕事が無くなるような構図が生まれてしまっている。人間が時間をかけてつくってきたプロセスが無くなっていくのは、創作文化の退化につながりそうにも感じるけれど、かつて写真が誕生しても、肖像画など絵画が無くならかった。おそらくそういうプロセスやそれを楽しむ人間の豊かさやぜいたくさは無くなることはなくて、いまは本当に次の新しい創作方法へのステップにあると言えるんでしょうね。結局のところ、作る方法がいくら進化しても、受け手の人間は変わらないですしね。
コピーライターは将来プロンプトデザイナーになる可能性も?
田中:これからあらゆる分野において、人間が何かに実際に手をかける時間は減っていくと思うのですが、人間は手を動かすことからは逃れられない。そういうことは続くんだと思います。でも産業としてはAIがなんでもやってくれるようになるから、むしろ空いた時間で逆に手で描くみたいな現象も起きるかもしれない。そのうちデザイン業界にもプロンプトデザイナーみたいな人が登場して、「実は私はフォトショップ使えます」みたいなことが貴重になっていくかもしれない。
人間はやはり時間という概念が好きで、劣化するものに価値を感じる。昔の絵画や建造物がずっと残っているのは、そういうこと。でも、デジタルで作られたものは劣化しないし、プロンプトは簡単にコピーできてしまうから、有能なプロンプトデザイナーは新しいものを開発しても真似される可能性はありますよね。職種も含めて、いろいろと変わっていきそう。
石川:肩書は定かではないですが、社内でもプロンプトの専門家は出始めています。
田中:僕の興味は、2〜3年後のグラフィックや映像の主流がどうなっているのかってことですね。あと、AIの環境負荷も無視できないので、環境性能を上げていく必要もありますね。
石川:僕はいまプランナーという肩書ですが、もともとはエンジニアなのでコードを書けるのですが、ChatGPTに描かせると僕よりきれいなコードを出してくれるんです。「こういうWeb作りたいから、これが表現できるコードを出して」というだけで描いてくれるので。エンジニア界ではすでに問題になっています。GitHubという、みんなが描いたコードをオープンソース化する場があるのですが、そこに上がったコードを学習していたらしく、プロが描くコードをばんばん描いてくれる。将来的にはエンジニアもコードが描ける人より、正確なコードを描くためのプロンプトを書ける人が必要になりそうです。
田中:どんな職業が増えて、どんな職業が減っていくのだろうか。コーダーとかも。
石川:絵は人が描くことによる味があるけれど、プログラミングはアウトプットが同じになるので、そこはきついだろうなと思います。
田中:プロンプトライターやプロンプトデザイナーが必要になると、コピーライターもそこは活躍できる場になりそうです。おそらくいいコピーや言葉を知っている人じゃないと、いいプロンプトは書けないと思うから、将来的にはコピーライターで職を変える人も出てくるかもしれませんね。プロンプトの書き方はコピーを書くときの思考回路に近いから、実は同じことをやっている。ただ、ある程度経験を積んだ人でないとできないことだから、ゼロベースで始める人はいいコピーとは何であるのかということや、How to say、What to sayをきちんと学ぶ必要があるかもしれない。
石川:もしAICOが宣伝会議賞などコピーの賞で受賞したら、1年目のコピーライターはちょっとモチベーションが落ちてしまうかもしれませんね。
田中:僕らはどういうプロセスを経て、そのコピーが生まれたのか、背景を知ることはできるけれど、メディアでは「AIが書いた」という部分だけがクローズアップされてしまうから、気持ちが離れてしまう人が出てくる可能性はありますよね。
石川:ヨーロッパのあるデザインコンテストでは、AIが生成したことを隠して応募した作品がグランプリを獲ってしまった。プロが見ても、出目だけだと判断が難しくなっているのを感じます。何をもって人間がつくったものとするか、そういうことが今後テーマになってくるのかもしれないですね。
田中:アウトプットだけだと、下手すると人間がつくったものより新しい表現や、イレギュラーな表現が出てくるからね。でも、人間はやはり人間が好きだから、「AIが描きました」という絵より、「80歳で絵画を始めた人がすごい絵を描いた」というストーリーに惹かれるのが人間ですよね。人間は裏にあるそういう物語が好きだし、そこが人間の本能の面白さなんだと僕は思います。
メディアが「人間対AI」という構造をつくり過ぎてしまったところも、いまの風潮に大きく影響しているのかなと思います。AIが作るものには人間が全く関わっていないということはないから、対立構造で分けてしまってはいけない。一緒に考える必要がある。その一方で、自動生成の速さなどは人間の手では絶対に勝てないものがあるから、そこがちょっとややこしいのですが。だから、AIにまつわる話を伝えるときは、部分的ではなく、総合的に伝えることが大事だなと思うんです。
それに「AIっていやだな」「AIってこわい」と思っている人であっても、すでに生活の中でAIにお世話になっていることも多々あるはず。ここ数年で一般の人にとってわからないものになってきているので、自分自身も理解を深めると同時に、きちんと伝えていくことが大事。そして、いいことだけではなく、悪い部分にはしっかりと意見を言うべき。不安に思われるほど、ネガティブ度が強くなってしまいますから。大変だけど、遠ざけてもだめし、鵜呑みにしてもだめだし、耳をふさいでもだめ。関わる僕たちがきちんと説明していくことが、よりリテラシーをあげていくことにつながるのだと思います。
Dentsu Lab Tokyo / Dentsu Zero
エグゼクティブ・クリエイティブ・ディレクター / コピーライター
田中直基
クリエイティブディレクター、コピーライターとして、言葉、映像、デザイン、テクノロジーなど、課題に適した手段でニュートラルに企画し、世の中や企業のさまざまな課題を解決している。主な仕事に、TOKYO2020パラリンピック開会式”PARAde of ATHLETES”、AI監視社会から逃れるカモフラージュ「UNLABELED」、「マツコロイド」、Eテレ「デザインあ」、サントリー「サントリー生ビール」、「話そう。」、「人生には、飲食店がいる。」、パートナーエージェント「ドロンジョとブラックジャック」、YouTube「好きなことで、生きていく。」など。主な受賞歴に、TCC賞グランプリ、ADFESTグランプリ、朝日広告賞グランプリ、広告電通賞グランプリ、ギャラクシー賞、ADC賞、ACC賞、Cannes Lions、D&AD、LIA、NY ADC、グッドデザイン賞、クリエイターオブザイヤー2021メダリストなど。