黒須美彦×長久允「黒須さんのCMと現場は、まさに『映像の学校』でした」

長久:黒須さんとのお仕事は、それまで僕がやってきたこととだいぶ違って…。「こんな商品が出ました!どうだ!」ではなく、その商品の周りにあるものをとても大事にしている感じがしたんです。語尾とか、しぐさとか、商品だけではない人のシズルのようなものやユーモア。そして、黒須さんご自身は商品についてとても機能的に思考された上で、そういう雰囲気や世界観をアウトプットしている。そういう気配を察知するような感覚は、他のCDでは見たことがありませんでした。当時から、僕は意味のないセリフを書くのが好きだったので、ようやく自分のことをわかってもらえる人に会えた!という。自分の価値観と合う方を初めて見つけたような気持ちでした。ご本人のそういう価値観と広告が表裏一体でできているのが、黒須さんならではですね。

黒須:かつて電通にも安西俊夫さんのように、セリフにこだわっている人たちがいたけれど、長久さんが入社したときは、もういなかったんだね。

長久:黒須さんと仕事をさせていただいたことで、いまの自分の筋肉になった部分がたくさんあるんです。特に印象深かったのが、映像実験の検証。CMを撮るとなると、本当にいろいろな映像を見て研究しますよね。

黒須:そうでうすね、CMだけじゃなくて映画とか、ミュージックビデオとか。

長久:黒須さんの代表作とも言えるロッテ・ザッカルの葉月里緒菜さんのCMはまさにそうですが、「カメラ目線で突然しゃべる」というテーマがあれば「ウッディ・アレンのあの時突然喋り出すシーン」というようにとにかくありとあらゆるものを見直す。それらをすべて網羅した上で、「いまはこれなんじゃないか」と企画していきます。だから、一緒にお仕事をさせていただいた時期に、自分の中に映像がものすごくストックされたんです。

黒須:もちろんそれは協力してくれる制作会社の方たちの力も大きいんですけどね。僕はYouTubeを見ていて気になる映像があると、すぐに動画に撮って、その時に一緒に仕事をしているスタッフに送るんです。新しい映像に対する反応は、昔もいまもずっと変わっていないかもしれないです。

長久:映像って、これまでのリファレンスがあった上で自分はどうしていくか、と考える作業だから、自分の中に常に新しいものをストックしておくことが大事。ある意味、そこからサンプリングして、自分たちの表現をつくりあげていくようなところはありますよね。

黒須:本にも書きましたがが、マイケル・ケイン主演の『アルフィー』(1966年)はカメラ目線に特徴がある映像で、のちにジュード・ロウでリメイクされています。リメイク版では同じ脚本を使いながら、スタッフは1作目を見ないようにして、どういうふうにカメラ目線をつくるかを新たに考えていったそうです。そういう本質をつく考え方、大事ですよね。

とはいえ、企画によって、入口から考えるものもあれば、出口から考えるものもあって、映像のストックの仕方もいろいろでした。例えば「最近、油絵のCGってないよね」と思って、そういうのを集めたり。「これは分割だな」と思えば、分割をしている映像をひたすら見たり。

長久:映像って無限にあるじゃないですか。その上、新しいものがどんどん出てくるし。だから、そこには常に貪欲であるべきだなと思います。ただ周りになかなかそういうマニアがいなくて。趣味で映像が好き、音楽が好きという人はたくさんいますが、仕事においては、ここまでマニアックな視点で作業されている方は黒須さん以外で出会ってません。

黒須:僕は理系の出身なので、学生のときは映像に携われるなんて思ってもいなかった。でも映画はすごく好きだったし、せっかくそこに関われるんだったら、もっと覚えてやろう、誰よりも知ってやろうという気持ちがありましたね。

長久:新人の頃、カンヌライオンズで入賞したCMのカット割りを自主的に描き写してみたことがあるんです。3日くらいひたすらやっていたら、先輩に「そんなことやっても意味がない」と怒られたことがあって…。このカットはこうなっているんだ!という発見がいろいろあったので、いま振り返ると、あれは絶対に意味があったなと思うんですが。

黒須:僕も博報堂時代に、新人研修で自分の好きなCMの絵コンテを描いてもらうのをやっていましたよ。結構、みんないい加減に描くんですよ(笑)。

長久:カット割りには全部意味があるから、映像を勉強するうえでは絶対に役に立つと思います。

黒須:長久くんは青山学院大学を出たあと、専門学校で映像を学んだんですよね?卒業制作でつくった『ゼロ年代全景「FROG」』のDVDを持っています。90日間雨が降らず、ペットボトルが500円になった世界が舞台という、あれは不思議な映画でした。

長久:あの映画は、自分の作風とは違う映画っぽいことをやろうとして失敗しました。その後、映画という夢は一度あきらめて、CMプランナーとして仕事を始めたんです。それで黒須さんと出会った後、あらためて『そうして私たちはプールに金魚を、』という映画を撮ったのですが、このときはCMの仕事でのトレーニングで身に付けたものを使うことができました。

黒須:僕がトレーニングしたわけではなくて、長久さんが仕事の中でいっぱい拾って吸収してくれたものが、あそこでポン!と花開いたんだと思います。

長久:『そうして私たちは~』ではカメラ目線で話す、ここでタイトルを入れるとどうなる?という実験をしながら、黒須さんがCMでオフナレーションを活用していたのを思い出して、それを使ってみたり。映画的に言えば、当時オフナレとスーパーインポーズはまだ邪道でしたから。

黒須:15秒で収めるのに、映像で説明していたら終わっちゃうけど、オフナレ使うと、なんでも簡単に説明できちゃうものね。

長久:最近は連続ものの配信ドラマも増えたので、そういうのがうまく活用されていますね。

黒須:僕は昔からCMの中にカレンダーや数字を記号として出したり、CMだけど文字を使ったグラフィカルな表現にトライしてきました。近年のウェス・アンダーソンや『キングスマン』を演出したマシュー・ヴォーンといった監督は、タイトルなどに文字を上手に使っているなと思います。


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