長久:黒須さんと一緒に仕事をして、もう一つ印象に残っているのが、登場するキャラクターにちゃんと名前を付けるということ。あるコンテで「私の彼は…」と書いていたら、黒須さんに「みんなに知ってもらう必要はないけれど、彼氏に名前を付けたほういい」とアドバイスをいただいて。それで「勝浦くんは~」と変えた覚えがあります。例えあだ名であっても、具体的であればあるほど、その人物や彼らがいる世界のディテールやシズルが増してくる。それ以降、必ず名前を付けるようにしています。
黒須:それは、ロッテの「ヨーグルト100」というキャンディを担当したことがきっかけでした。CMキャラクターである葉月里緒菜さんがカメラ目線で男の子に話しかけるストーリー。カメラの位置には手をつないでいる男の子がいるという設定で「ねぇ」と話しかけるんだけど、相手を呼ぶのに「ねえ、君」より、リアルな名前がいい、監督が「ねえ、くろす」はどうかと。これには、めちゃくちゃドキドキしました。ま、結果ほかの名前になりましたが、そのグッとくるリアル感は忘れられない。それから、コンテを描くときに具体的に名前を考えるようになりましたね。
長久:絶対に「ねえ、あなた」より「ねえ、くろす」のほうがディテールの解像度が上がりますよね。例えその人が登場しなくても、存在が際立ちます。
もう一つ、黒須さんの現場に参加して気になったのが、CDの多くは撮影中にモニターを見ているのですが、黒須さんはいつもカメラの脇にいますよね?
黒須:「カメラの後ろに立て」というのは、かつて広告会社時代に教えられたことなんです。撮影を見ていて何か気づいた瞬間にすぐに言える距離にいないとだめだ、と。モニターを見ているだけでは言いづらいですからね。でも、カメラの後ろにいると、カメラマンにうるさく思われることもあり、そういうときは監督の後ろにいました。
長久:僕も以前はプランナーとしての撮影中に監督に「この台詞の語尾違いもください」と言っていたので(笑)、相当嫌がられていたと思います。
黒須:撮影時に、僕はいつもストップウォッチを持ってるんです。だから、中島哲也監督に「CDがストップウォッチ持つかよ」と、現場でよく言われてましたが、そのうち信頼されるようになり、同録のときに「絵を見なくていいから、音を聴いていて」と言われるようになりました。「今どう?」「いいと思います」と音のニュアンスのOKを僕が出して、絵はお任せしていました。
長久:僕もいまディレクターになって、現場で追加の語尾違いやリアクション違いなど、その人が言ったらよい言葉を探して粘りますね。語尾が「お」なのか、「ワオ」なのか、「へえ」なのか「ひゃ」なのかで、同じ文章でも全然違う聴こえ方になりますからね。
黒須:音に関して言えば、最近ナレーターががんばりすぎているのがどうも気になります。ブースに入った瞬間に、自分のカラーを出そうとがんばる。それは間違ってないんだけど、僕はできるだけ「フラットに読んでほしい」とお願いしています。今マイクの性能もいいから、そんなに声を張らなくてもいいし、普通に話してもらった上でニュアンスを変えていくようにしています。もちろん監督によっては「もっと強く!」みたいなこともあるけれど。
長久:広告は「伝える」ことを重視するから、どうしても「ドヤ感」が強いものになりがちだけど、それだけではない、もっと引いていた方が伝わることもあるんじゃないかと思いますね。
黒須:昔、糸井重里さんが「小さい声はみんなが聞き耳立てるから、よく聞いてくれるんだよ」とおっしゃっていましたね。
長久:いま、そういう思考を持っている人が広告界に少なくなった気がします。