黒須美彦×長久允「黒須さんのCMと現場は、まさに『映像の学校』でした」

黒須CMに見る「発明」の数々

長久:僕は黒須さんが思っている以上に「黒須マニア」なんですよ。ここで僕が好きな黒須さんのCMを発表したいと思います。

まずはサントリー「グレフル」の「かぜつよ」。言葉を情報過多にしていきながら、構造的でもあり。この商品名は先にあったんですか。

黒須:商品名もプレゼンしたんです。元々はクライアントの資料に「レモン、みかん、グレフル」って書いてあって。「グレフルって何ですか?」と尋ねたら、業界ではグレープフルーツを「グレフル」と呼んでいると。つまり四文字短縮言葉なんだけど、これは商品名になりますか?と尋ねたら、一般名詞になっているので商標は取れないけどできますよ、と言われて実現したんです。

長久:プランナーとしてはネーミングからCMまで一貫してつくられたからか、その整合性が取れているというか、きちんと映像のディテールに落ちていますね。

黒須:調子に乗って、シリーズの最後のほうで歌にしたら、唄は語尾を伸ばすから、4文字のキレの良さが無くなってしまった(笑)。

長久:二つ目は、カゴメの野菜生活の定点観測シリーズですね。庭に抜けていく部屋にカメラを固定して、その中で篠原涼子さんなど登場人物たちによる小さなドラマを見せる。あの切り取り方がシズルになっていて、静かだけど強さがあります。

黒須:この頃はいろんなやり口を考えていたので、定点観測もその一つ。

長久:あの映像を見ていると、野菜生活をすごく飲みたくなるんです。マーケティングとは違うかたちで、映像じゃないとできないシズルが購買意欲をそそるんですね。

ちなみに、僕は黒須さんがつくられたプレステはどれも好きなのですが。特に好きなのが、プレイステーション2の発売までのカウントダウン広告。プレステの発売を待ち望むいろいろな人たちの気持ちを描いているのですが、中でも僕が好きなのは起動音がして、男の子がフロントローディングを唇で押し戻すというCM。

黒須:唇で押し戻すのは、蜷川耕士くんのアイデアでした。そういう些細な表現をCMでやりたかったんです。そういう表現を嫌うクライアントも多いのですが、ソニーコンピュータは僕らの自由なアイデアを受け止めてくれてました。このカウントダウンシリーズは他にも実験的なことをやっていて、チャット画面だけしか映っていないCMとか、12タイプのCMの質感を全部変えているんです。

長久:みんなの気持ちをそれぞれに合うようにかたちにしていったんですね。それぞれの購買意欲にシズルを感じます。

黒須:表現の形式をいろいろなかたちで散らしていく、そのやり方を当時は「チラシ」と呼んでいました。中島哲也監督と開発したのですが。マツダの「アンフィニ」もそうでした。あのCMでは最初にコピーを6つ決めて、それに合う映像をつくっていったんです。同じシリーズとは思えない、全然違う質感の映像を用意して、そのチラシ方がいいぜとつくってみたのですが、ほとんどがオンエアされず…。そのチラシ方の効果は検証できず、でした。


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