黒須美彦×長久允「黒須さんのCMと現場は、まさに『映像の学校』でした」

長久:あと、とても印象的だったのが、資生堂のエクボ堂。「エクボの立場としましては~」というナレーションが好きで。広告の立ち振る舞いとして、すごく楽しそうでいいなと思いました。

黒須:それはオマケでつくった映像ですね。登場していた女の子の生意気そうな画をあれこれ撮っていたんだけど、編集してみたら、なんだかいじめているみたいな気がしてきちゃって。それで一転、いい顔だけ集めようと編集し直して、「エクボの立場としては~君はそのままかわいくいてね」的なナレーションにしたんです。

長久:あとは室井滋さんが木の下にいる…

黒須第一生命のCM。市川準さんの演出ですね。最初、僕が室井さんになんでもいいから喋ってくださいとお願いして、子どもの頃の話とか、好きだった男の子の話とかしてもらって。それを長回しで、ただ撮っているだけ。あのCMは、公園で居心地のよさそうな場所を市川さんがいくつか探してきて、室井さんに選んでもらったのね。あの木の根元に室井さんがお尻をはめ込みながら「ここがいい!」って。そのあたりから撮っているんですよ。

長久:通常のCMでは撮れない動きやしゃべり方で、その自然体の感じはつくろうと思ってもつくれないものになっています。それがテレビからポン!と流れる強さがある気がしました。

黒須:あのCMでもう一つ重要なのは、オフナレなんです。同録ではなくて、あとから別に撮った声を載せているんです。オフナレの強さが見事に出ていますよね。

長久:オフナレで言うと、関谷宗介監督の蒼井優さんが登場する「まいにちイオンカード」のCM。登場したときの、部屋の中で蒼井さんが一人でしゃべっているのが本当に好きで。顔のアップが続くのですが、最後に「まいにちイオンカード」と書かれたパネルを持って風に当てて声を出しているのに、その声を使っていない。声が聞こえないのですが、あのシーンがポンとくるんです。

黒須:あれは関谷監督の引き算の凄さですよね。あのシリーズはいろんなことを仕掛けていたのですが、何かネタをやった後の蒼井優さんの表情がとてもよいから、カメラはずーっと冷静に回っているわけです。そういうところは関谷さんらしい。

長久:いろいろやっているけれど、やりすぎに見えないのはそういうことなんですね。最後にポンと引いて仕上げる、監督の技ですね。

黒須:映画『アルフィー』を見て、カメラ目線になるのをやりたいと関谷さんに言ったら、振り向いている所作まで入れると15秒で終わらないから、カメラ目線のカットをインサートしようと。「買い物」篇では、そういう流れになっています。

長久:このシリーズでは「雨の高速」というセリフがすごくいいんですよ。それから黒須さんと言えば、やはりNTTドコモの広末涼子さんのデビュー。僕はあのCMは全部好きなのですが、特に最後に流れる「ワンダフルプライス」という、独特のイントネーションが好きで(笑)。

黒須:あれはナレーションを加藤治子さんにお願いしたんです。

長久:大きな企業になればなるほど、サービス立ち上がりのCMで正しくないイントネーションを好まない。あれを通すのは、CDとして大変だったんじゃないかと思いました。でも、あの独特のイントネーションが圧倒的に強かったから、広末さんのビジュアルと共にすごい印象に残りましたね。

黒須:ディレクターは中村佳代さんです。佳代さんは、普通のイントネーションを嫌うんですよ。いつも劇画のようなセリフを書いていましたね。

長久:黒須さんのCMで好きなセリフはいっぱいあるのですが、特に言葉で印象的だったのは、葉月里緒菜さんが出演したロッテ「ザッカル」。「葉っぱに月の砂漠の月で葉月」と自己紹介する。

黒須:あれは古川裕也さんがつくったNECのCMで、齊藤由貴さんが「理由の由に貴金属の貴」と言うのに感化されて作ったの。「貴金属」という単語がすごいなと。

長久:あのCMは葉月さんが自己紹介している上に、「葉っぱに月の砂漠~」というセリフはザッカルという商品から遠い言葉を使っています。クライアントからすれば、一見無駄な時間にとらえられそうですが、それがCMとしての強度になっているし、何よりもしっかり商品名が残っていますよね。これは、意味があることとしてクライアントを説得なさったんでしょうか。

黒須:まあ当時、クライアントさんには若干言われたりしましたが…

長久:いまは、そういう戦いができない時代になりましたね。

それから黒須さんと言えば、女の子CM。イオンの「お客さま感謝デー」は、いまでも続いているカレンダーというフレームをつくったことは革命的でした。そして出てくる女の子、中でも特に乙黒えりさんの立ち振る舞いや演技の匙加減がとてもよかった。

黒須:実は当初、別のモデルさんに決まっていたのですが、その人は女子的な共感系の「かわいい」タイプだったんです。でも、CMは老若男女が見るのだから、絶対値のかわいい人がいいと思って、と、まあ勝手な独善的な言い方ですが、僕が乙黒さんを推薦して、クライアントを説得しました。

長久:セリフをちょっと棒読みするところが、毎月見てもいやじゃなくて、「お得でーす」と言われても押し売りされていない感が絶妙でした。こういう情報伝達系のCMって広告賞などではなかなか評価されないけれど、カレンダーで見せる、数字だけで見せるという企画はもっと評価されていいと個人的には思っています。

黒須:ああいうフレーム物は他でもプレゼンしたけど決まらなかったですね。

長久:結果として、カレンダーCMは今でも続いているし。あの発明はすごいことです。

黒須:カレンダーCMで「今日!」「明日!」というセリフは、「週刊新潮は明日発売です」というCMのナレーションからヒントを得ました。

長久:それから、中島哲也監督の三菱重工の「パーマをかけたのりこ」。「のりこさんは今日パーマをかけました」というナレーションから始まるCMで、フォークリフトのCMなんですよ。地味な会社員だったのりこさんが、フォークリフトで仕事が効率化して、恋をして、おしゃれになって、ついにパーマをかけたという…。

黒須:クライアントからのオリエンは、消費財として売るものではなくて、キャタピラーやフォークリフト、駐車場システムなどの500~1000万くらいの中量産品を押し出したいという。めったにCMの題材にならないような製品ばかりで、楽しんであれこれ企画しての1本目が「パ―マをかけたのりこ」です。このシリーズは、中島監督が15秒4階建ての段積み的なシークエンスの作り方にして60秒で見せました。さすがだなと思いましたね。

長久ロッテのヨーグルト100のCM「売店のさちこ」も近い質感ですよね。

黒須:駅の売店を舞台に「私は売店のさちこ」とモノローグが始まるCMですね。売店の売り子さんにとって売れる商品は面倒くさいんだろうなと思って、「私は暇なほうがいい」と。

長久:黒須さんはご自分で「けたぐり」と言うけれど、どれもロジックで成り立っているし、全然けたぐってないと思います。僕にとって、黒須さんのCMや一緒に仕事をした経験は、まさに「映像の学校」なんです。

そしてCMはいま旧文脈と言われているけれど、黒須さんのCMを見ていると、いまでもまだまだ試せることはたくさんあるし、まだまだ効くのにと思うんです。最近は直接話法のCMが増えてしまったせいか、視聴者の五感にひっかかりにくくなっていますよね。

黒須:僕も家でテレビが付いていて、そこに流れてきたものに自然に触れるという視聴態度ってやはりいいと思うんです。ネットは自分から入っていかないといけないから、突然出くわすとか、浴びるような感覚を得るのが難しい。それにWebムービーはターゲティングもされているから、自分がつくったCMが観れないことも多いよね。CMは、やっぱり、ふと出くわすのがいいなと。そこで五感が刺激されて、気にする、のめり込む、というのが理想かな。

※この中のいくつかの広告については、黒須さんの著書『映像と企画のひきだし』で紹介をしています。

 

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