そもそもコピーライターの修業とはとても曖昧なものです。僕を含む多くの人は10年という意識など持つこともなく、今年こそ今年こそ、と同じことをやみくもに繰り返すだけになっていないでしょうか。しかしこの本には写経や公募賞から始まりキャッチやステートメントにいたるまで10年でこなすべきことがくっきりと書いてある。僕はそんなことやってない、占い通り10年たって運気が上がっただけだった、そう思わずにはいられませんでした。
けれど、読み進めるにしたがって心当たりもあったのです。
各論の端々に散りばめられ、念を押すように繰り返し出てくるコピーを書く姿勢に触れる言葉たち。それらは僕が先輩の姿を見て感じていたことでした。
姿勢というと心構え程度に思われがちですが、それは違う。自分に課すべき最低限のハードル、または躾と言ってもいいかもしれません。自分で自分にダメを出し、自分で自分にOKを出すための躾。打ち合わせ中の雑談や飲みの席で、あるいは移動中の電車の中で、先輩が脈絡もなく断片的に語る言葉からコピーライターという職業へのプライドを感じたこと。その蓄積が知らず知らず姿勢を作り、その姿勢と個々人の個性が掛け合わされることで世の中になかったコピーが生まれる。『言葉からの自由』とはそう読めました。
ちなみに僕を占いスナックに連れていってくれた先輩は、亡くなられた小霜和也さんでした。飲み屋でポソッポソッと語る独特の佇まい。
先輩は不意に、順を追わずにつぶやくものだから、それを掻き集め並べ変えるのに僕は10年かかったというところでしょうか。
この本も最初から順に読まなくてもいいかもしれない。偶然めくったページからでも伝わってくる。先輩の背中のような本です。
『言葉からの自由 コピーライターの思考と視点』
三島邦彦著
定価:2200円(税込み)
この本に書かれているのは、「コピーライター」という名刺を持った日から現在に至るまで、「コピーライティング」について三島氏が考え、実践してきた数々の「思考のかけら」。「言葉を考える」「言葉を読む」「言葉を書く」「そして、言葉を考える」という4つの章から構成されています。これらについて、三島氏は日頃考えていることを惜しみなく書き綴りました。しかし、そこに書かれているのは、コピーライティングの作法でも手法でもありません。さらに言うならば、書き方の技術でもありません。コピーライターとして16年のキャリアを積んだ現在の三島氏ならではのフォーム、そして言葉に向かうときの心構えです