週刊誌を買収、オウンドメディアとして活用した自動車王―ヘンリー・フォード

「T型フォード車」発売で新聞広告を活用

ヘンリー・フォード(Henry Ford、1863-1947)

 

ヘンリー・フォードは、自身が自動車を発明したわけではありませんが、ベルトコンベア方式の組み立て生産システムの導入と実用化に成功し、自動車の大量生産とその低価格化を実現しました。1908年に発売された「T型フォード」は、1927年の生産中止まで、20年間で1500万台以上生産されました。

1908年10月1日号の『ライフ』誌に掲載されたT型車最初のモデルの広告。「低価格車で高級車の品質」と謳っている。

また、彼はフランチャイズ方式の販売網をつくり、国内どこでも買える体制を確立しました。20世紀初めのアメリカは、電気・ガス・通信・鉄道・道路といった生活基盤(ネットワーク)が整備され、世界に先駆けて大衆消費社会を実現しましたが、自動車はその象徴のひとつでした。

フォードはT型フォード車の発売に合わせて、デトロイト周辺のすべての新聞に販売広告を出したといわれています。20世紀初めのアメリカは、新聞が国内各地で創刊され、発行部数が急速に伸びていた時でした。フォードが新聞というマスメディアに注目し、その効果に期待したのもうなずけます。

『Saturday Evening Post』紙(1909年8月14日号)に掲載された広告。T型フォード車が、ニューヨーク~シアトル間横断レースで優勝したことを紹介している。

メディアを買収し広報誌に作り替え、販売店に設置

その後、フォードの私設秘書が1919年に地元の週刊誌『ディアボーン・インディペンデント』誌を買収し、フォードが発行人に就任しました。彼は、フォードの全ディーラーに同誌の定期購読を義務づけ、顧客に配布するよう指示します。

同誌は、後に『フォード・インターナショナル・ウィークリー』という名称も併記し、フォード自身の記名コラムも掲載され、フォード社とフォード自身の広報誌としての立場を明確にします。1925年には90万部を発行するまで成長し、ニューヨーク・デイリー・ニュース紙に次ぐ、全米2番目の発行部数となりました。

ヘンリー・フォードが発行人を務めた『ディアボーン・インディペンデント』誌。フォード自身が「MR FORD’S PAGE」というコラムページも持っており、自身のコラムをまとめて別冊として販売したことも。

フォードは第一次世界大戦以降、反ユダヤ主義者としての立場を明確にするようになります。彼は、自身の主張を『ディアボーン・インディペンデント』誌に掲載し、反ユダヤ関連の記事をまとめた書籍『国際ユダヤ人』4巻を著しましたが、これはドイツをはじめ16カ国で翻訳されました。

同書の愛読者の一人であったアドルフ・ヒトラーはフォードを尊敬し、ドイツの大衆車であるフォルクスワーゲン・ビートルはT型フォードの生産システムを学んで開発・生産されたといわれています。

フォードの反ユダヤ主義は、ユダヤ系アメリカ国民から反発され、フォード車不買運動に発展し、ディーラー各社も影響を恐れて購読中止するほどの騒ぎとなりました。結局、不買運動の影響は大きく、フォードは1927年に同誌を廃刊しました。

フォード社には『フォード・ニュース』という従業員向けの月刊新聞もあり、フォード自身が頻繁に登場しています。販売店に広報誌を置き、顧客に配布するという現在でも行われている手法を実用化したフォードは、社内外のステークホルダー向けにオウンドメディアも活用して広報PR活動を展開した実務家の先駆けでした。

経営者として大成功を収めたヘンリー・フォードは、自動車産業のパイオニアであり、多くの点で革新的なアプローチを取り入れました。

彼の最も大きな成功は、大量生産方式の導入による自動車の製造コストの削減です。フォードは流れ作業による生産ラインを導入し、労働力の効率化と部品の供給を改善しました。これにより、自動車の生産コストが大幅に低下し、一般市民に手の届く価格で自動車を提供することができました。

また、フォードは「週5日の労働」や「高い賃金」、「労働条件の改善」といった働き方への配慮も行いました。これにより、従業員のモラールを高め、労働者の生活水準を向上させました。

広告やオウンドメディアを活用したフォードの経営手法は、当時の産業界に大きな影響を与えました。彼の成功は自動車産業だけでなく、製造業や経営学の分野においても高く評価されています。


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「オウンドメディア」

「オウンドメディア」(Owned Media)とは、企業や個人が自ら所有・運営するメディアのことで、Webサイト、ブログ、SNSアカウント、メールやニュースレターなど、自社が自身で制作・管理するコンテンツを指す。オウンドメディアは、「ペイドメディア」 (Paid Media) 、「アーンドメディア」 (Earned Media) 、「シェアドメディア」(Shared Media)と並ぶ、企業マーケティングの核となる4つのメディアのひとつとして認知活用されている。

オウンドメディアは、企業や個人が直接顧客やファンとコミュニケーションを取る手段として活用される。従来の広告やメディア出稿に比べて、より直接的でリアルタイムな情報発信が可能であり、ブランドの情報発信力やコンテンツの制御が強化できるところが特徴といえる。

オウンドメディアの利点には、以下が挙げられる。

  • コントロール性: 企業や個人が自ら制作・管理するため、コンテンツや情報の制御が可能。
  • リアルタイム性: 自社のメディアチャンネルを介して、リアルタイムで情報を発信し、受け手との対話を行うことができる。
  • 信頼性とブランド構築: 自社メディアで提供するコンテンツは、読者や視聴者に対して信頼性が高く、ブランドの認知や信頼度を高めるのに貢献する。
  • 費用対効果の高さ: 広告出稿などと比べて、運営コストが低く、また自身でリーチや効果測定ができる。

オウンドメディアは、マーケティングやコミュニケーション戦略の中で重要な役割を果たしており、今後企業や個人のブランディングや情報発信の中核を担っていくことが予想される。

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河西 仁(ミアキス・アソシエイツ 代表)
河西 仁(ミアキス・アソシエイツ 代表)

かさい・ひとし/ミアキス・アソシエイツ 代表、英パブリテック日本代表。10年にわたる外資系メーカーでの国内広報宣伝部門責任者を経て、1998年8月より広報コンサルタントとして独立。以来、延べ120社以上の外資系IT企業をはじめ、ITベンチャー各社の広報業務の企画実践に関するコンサルティング業務に携わる。メーカーでの広報担当時代(1989年~)から現在まで、自身で作成・校正を手がけたプレスリリースは、2400本を超えた(2023年10月31日現在: 2421本)。東京経済大学大学院コミュニケーション学研究科修士課程修了(コミュニケーション学)。日本広報学会会員。米IABC(International Association of Business Communications)会員。著書に『アイビー・リー 世界初の広報・PR業務』(同友館)。

河西 仁(ミアキス・アソシエイツ 代表)

かさい・ひとし/ミアキス・アソシエイツ 代表、英パブリテック日本代表。10年にわたる外資系メーカーでの国内広報宣伝部門責任者を経て、1998年8月より広報コンサルタントとして独立。以来、延べ120社以上の外資系IT企業をはじめ、ITベンチャー各社の広報業務の企画実践に関するコンサルティング業務に携わる。メーカーでの広報担当時代(1989年~)から現在まで、自身で作成・校正を手がけたプレスリリースは、2400本を超えた(2023年10月31日現在: 2421本)。東京経済大学大学院コミュニケーション学研究科修士課程修了(コミュニケーション学)。日本広報学会会員。米IABC(International Association of Business Communications)会員。著書に『アイビー・リー 世界初の広報・PR業務』(同友館)。

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