赤松隆一郎さんに聞く音楽とAI  AIを活用すればするほど、クリエイターとしての本質が見えてくる

AIの登場で、クリエイターはより本質的なところへと向かう

石川:最近、こんなAIがあるのは、ご存じですか。ある人の声をAIに入力するだけで、その人の声で既存の楽曲を歌ってくれるという「Diff-SVC」。

(宇多田ヒカルの声でAdoを歌うなど、この生成AIを使った音声を数曲聴く)

赤松:わー……すごい精度。ちょっと感動の領域です。桑田佳祐やトム・ウェイツみたいに声に特徴のある人にいろいろ歌わせてみたい。

石川:以前からボイスチェンジャーのようなAIは出ていて、その延長戦上にあるものだとは思いますが、例えば病気などで声が出なくなってしまったときや歌うことが苦手な人にとっては、自分の声で正確に歌うことができるようになる。2019年に美空ひばりさんの声をAIで再生し、新曲を発売した例がありますが、音声があれば、すでに亡くなってしまった人の声でも再生できると思います。

赤松:確かに、いい曲を書く人やいい声を持っている人で、歌うことが苦手という人もいますから、自分の曲と声をこのAIに入力すれば、それも解消できますよね。

石川:5年くらい前でしたか。赤松さんと一緒にAIで曲をつくり、アーティストさんに歌ってもらうという試みに取り組みましたが、あの頃はまだこんなに精度は高くなかったですね。

赤松:あの時は何度もやって、やっとこの人らしいフレーズが出てきたかな…という程度でしたね。その時に比べると、かなり進歩したわけですね。

石川:ちなみに、赤松さんの周りにいらっしゃるミュージシャンは、AIに対してどんな感想を持たれてますか。

赤松:僕が親しくさせてもらっているミュージシャンの高野寛さんは、AIをうまく楽曲制作に取り入れたり、これからのAIと音楽との関係性を探求されているように思います。僕の周りにはAIによって「何かが奪われる」「何かが失われる」と、敵視している人はあまりいないと思います。実際にそういうことを思い始めると、逆にいろんなものが止まってしまうから、僕自身も、そんなことは考えずに使えるところはどんどん使っていったほうがいいなと思っています。

日本の人口が減り、人手が減ってきているいま、これから何をするにしても生身の人間の力を借りることが難しくなってくる。そうなったときに、AIやロボットにサポートしてもらわなければ、もうこの国は立ち行かなくなってしまうかもしれない。そんな未来があるかもしれないのだからAIを敵視するんじゃなく、今から役立つところでどんどんうまく使っていくことが大事かなと思いますね。AIと当たり前に一緒にいる、あと何年かするとそういう状態が普通になりますよね、きっと。

それから、さっきの「Diff-SVC」の例で言えば、ある楽曲を、AIで誰か別の人の声で歌わせることで、例えば過去の名曲がまた違うかたちで若い人たちに受け入れられていったりもするでしょうし。過去に積み重ねられてきた名作を掘り起こし、最新の技術で新たな光を当てて世に問うていく際の助けになるわけだから、特にエンタメコンテンツでは面白い展開が期待できそうです。「Diff-SVC」の場合であれば「誰に何を歌わせるか」という部分に、クリエイティブセンスを発揮できるということもあるだろうから、それがつくる人の喜びにつながるとも言えるのかな。

石川:確かに技術って退化しないというか、常に進化し続けるものだから、基本的にはよりよくなる未来があるということですね。

赤松:そんな中で、自分はいま人前で歌うこと、ライブをもっと大事にしたいなという想いが強くなってきたんです。

石川:それはどうしてですか。

赤松:さきほどの亡くなった人の声の話ではないけれど…。この数年で、いろいろなミュージシャンが亡くなっていますよね?

例えば僕が好きなデヴィッド・ボウイは2016年に亡くなりましたが、彼の声を再現して聴けたとして、ああ、この声だなと思う一方で、その人がこの世にもう存在しないということも際立ってくる。いま生きている人だったら、そんなことは思わないけれど、すでにいない人であればあるほど、その近くまでいくことはできるけど、この世界に存在していないことをより実感してしまうんです。

デヴィッド・ボウイで言えば、僕の場合はかつて大阪城ホールでのライブを見たときの、目の前に彼がいた記憶がよみがえってくる。自分で曲をつくって歌っていることも関係しているかもしれませんが、その人が生きて、同じ空間にいて、そこで歌っているという事実がすごいことに感じられるんです。どんなことがあっても「その人が生きてその場にいる」ということは絶対値ですから。

これから先、僕が好きなミュージシャンや、若い頃からかっこいいと思っていた人たちはどんどんいなくなっていくだろうから、そういう人たちの歌をできるだけライブで聴いておきたいという気持ちと同時に、自分もライブで長く歌い続けていきたいと思います。音楽、アート、文章など、何かしらの表現をする人たちは、AIで作業が効率化されてくることで、そういう本質的なことを考える時間も増えるんじゃないかな。

石川:効率化される一方、SNSなどの情報が多すぎるので、考える時間がなかったり、周りの意見に流されてしまう若い人って多いと思います。時代が変わっていこうとも、やはり本質の部分がますます重要になってくるような気がします。

赤松:なんで僕たちはプランナーとして企画しているんだっけ?ということも、改めて考えてみるといいかもしれないですね。今日みたいにこうして2人でいろんな動画を見ながら笑いながら話したときの感覚って、絶対にリモートでは得られない。さらに言えば、今日ここで楽しかったことも、これが記事になって、掲載されたときには全く違う手触りのものになっていますから。かといって、その場に居合わせることでしか共有できない感覚を無理に広く拡散させる必要もない。そんなことを考えていくと、音楽に関して言えば、小さな会場でもいいから、ライブで直接皆さんに会って歌を聴いてもらうということが自分にとっては大切で、そこは捨ててはいけないなという気持ちになってきています。


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石川隆一
石川隆一

2018年電通デジタルに中途入社。音楽大学卒業後、レコード会社勤務を経て、AIエンジニア/プランナーとして入社。データ分析、画像処理、自然言語処理などにおけるAIのクリエイティブ応用を研究している。日本に200人しかいないkaggle Masterの一人。

石川隆一

2018年電通デジタルに中途入社。音楽大学卒業後、レコード会社勤務を経て、AIエンジニア/プランナーとして入社。データ分析、画像処理、自然言語処理などにおけるAIのクリエイティブ応用を研究している。日本に200人しかいないkaggle Masterの一人。

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