——いっぽう、その頃。
ぼくは全身にゴマ油をぶっかけられていた。
先般の「鬱のしっぽ」にすっかりやられてしまっていたぼくは、最寄りの心療内科に生まれてはじめて行ってみた。白衣の女性の医師が担当だった。
ぼくは、まずカウンセリングで自分の悩みを打ち明けた。
大企業から独立したが、仕事がうまくいかなくなってしまったこと。戻った方がいいかもしれないが戻れないので、新しい居場所や仕事のスタイルを作るのに苦労していること。人間関係も含めて疲弊してしまい、憂鬱な気分がずっと続いていたこと…。
女医は、ひととおりぼくの話を聞いた後、おもむろにこう告げた。
「わかりました。それならアーユルヴェーダをおすすめします」
ん?
アーユル…?
どこかで聞いたことあるようなないような響き。
「薬とかの処方じゃないんですか?」
「もちろん薬も処方します。ここは西洋医学と東洋医学を融合したタイプの心療内科ですので。はいこれアーユルヴェーダのパンフレット」
パンフレットを見ると、「五千年の歴史を持つインド・スリランカ発祥の伝統医療。ヨガと瞑想と医食同源」などと書いてあるが、どんな施術なのかは判然としなかった。
心療内科バージンでもあり、藁にもすがりたい気持ちであったぼくは、
「わかりました。やってみます」
と二つ返事で答えた。
「では、服を全部脱いでいただき、こちらに寝てください」
ウッディーなサウナ部屋のような個室に案内された。
風呂桶の中にベッドがある。言われた通りに仰向けになって待つと、ウィーンと音がして、病室のベッドのように斜めになった。ウッディーなベッドは、電動リクライニング式だった。
おもむろに、脳天から38℃くらいのあたたか〜いトロトロの液体が垂らされた。
「うわっ!これは何ですか」
「白ゴマ油です」
確かに、無色透明ではあったが、この香ばしい香りはゴマ油だ。
ちょうど打たせ湯やヘッドスパの要領で、頭頂部に暖かい液体をトローンと垂らすのは、まあ確かに気持ちよくはある。こんなに無駄遣いしてもいいのかと思うくらい、頭頂部からゴマ油を垂らされ続け、身体を伝い、風呂桶に満ちてくる。
YouTuberのはじめしゃちょーはスライム風呂で2700万再生回数を叩き出して有名になったが、ぼくは今、視聴者数ゼロで、薄鳴りのヒーリング音楽の流れる中、ひとりゴマ油にまみれている。
チームが必死で豊洲埠頭で頑張ってるのに、ぼくって一体……。
こんなことをしていていいのかと、また自責の念にかられそうになった。