第6回 「運は自分でつくるもの」、オーストラリアで「VFX業界の登竜門」的存在を目指す高田健

アカデミー賞受賞作品の制作にも参加

―Cutting Edgeに転職して、その5年後には起業されましたね。

ブリスベンのCutting Edgeで、現在のビジネスパートナーであるコリンと出会いました。コリンはVFXスーパーバイザーとして、僕はプロデューサーとして、二人でタッグを組んで仕事をしていました。オーストラリア国内の仕事もそうですが、日本からの仕事も二人でことごとくピッチに勝ち続けました。すごいやりがいはあったのですが、いつしか組織の中にいることに限界を感じ、さらに上を目指したいという志もありました。

そして2011年、ある仕事の納期が迫っていたんですが、ブリスベンが大洪水に見舞われ、都市機能が麻痺してしまうぐらいの大停電になりました。僕らは発電機とサーバーを会社の4階にあげ、大ピンチの中、黙々と作業を続けていたのですが、そのときに「このメンバーで会社をつくったらイケるんじゃないか」という会話から始まり…半年後にはそのメンバーで「Alt.vfx」を立ち上げました。

―Alt.vfxとしてのデビュー作は、広告賞を総なめにした Tooheys Extra Dry「Nocturnal Migration」のテレビCM。これは、衝撃的なデビューでした。この仕事に携わることになったきっかけは?

Tooheys Extra Dry のテレビCM「Nocturnal Migration」

 

これまでの信頼関係からいただいた仕事です。Cutting Edge在籍時に、Garth Davis(ガース・デービス)監督の作品をコリンとつくらせてもらいました。その後、監督が同じクライアントと新テレビCMをつくるってことになったとき、僕らはAlt.vfxを立ち上げたばかりでしたが、ピッチに参加させてもらったんです。最終的にイギリスの大手CG会社 The Millとの一騎打ちでしたが、監督、そしてエージェンシーもクライアントも、僕らにチャンスをくれました。

お話をもらった当初、僕らのオフィスは物件は確定していたものの、まだ契約作業中で、あるのはパソコンとスマホだけでした(笑)。「納品は4ヶ月後だけど、その頃にはオフィスある?」と、エージェンシーの方に確認されたのを覚えています。今でもそのエージェンシーとは連絡を取り合う仲ですし、監督とは去年『もっと遠くへ行こう。(原題:FOE)』というSF映画も制作しました。

Garth Davis監督の映画『もっと遠くへ行こう。(原題:FOE)』予告編

 

―映画でいうと、2022年にアカデミー賞の監督賞を獲られた、ジェーン・カンピオン監督の『パワー・オブ・ザ・ドッグ (The Power of the Dog)』にもAlt.vfxが携わってましたよね。

まさか自分の会社が、アカデミー賞受賞作品のメイン・ベンダーとして歴史的に残る作品に携われるとは夢にも思いませんでした。社員全員が誇らしげになっているのを見ることができて最高でした。

ジェーン・カンピオン監督の映画『The Power of the Dog』 予告編

 

―今年で13年目を迎えたAlt.vfxですが、ここまで会社を成長させることができた要因は?

会社経営でいうと、気持ちが良い「循環」を生み出すことが大切です。まず良い作品をつくること。良い仕事をすると、優秀な人材が集まってくれます。優秀な人材が集まると、それなりのツールが求められます。けれど、良い仕事をしたことによって次はそれなりの予算のお仕事をいただけるので、良いツールも揃えることができます。よって良い仕事をし続けることができる……このサイクルをつくり出すことができると、成長につながるかと思います。

僕自身でいうと、一番大切にしているのは、いただいたお仕事に対してどれだけ責任を持ち、どれだけ自分の気持ちを入れて、仕事に打ち込めるかということ。もちろん経営者として迷ったりすることもありますが、そういう時は会社のパーパスだったり、企業理念 “CREATE, CULTIVATE, COLLABORATE AND PROVOKE(創造、育成、協力、刺激)”に立ち返るようにしています。好きな言葉は “You make your own luck”「運は自分でつくるもの」です。

―最近はAR/VRやバーチャルプロダクションなどにも力を入れていますが、創業当初と比べてAlt.vfxはどんな風に変わられましたか?

正直あまり変わってないと思います。というのも、実をいうと僕自身はAlt.vfxをポスプロとCGの会社ではなく、クリエイティブ・テクノロジーの会社だと思っています。あまり周りがやっていなかったモーションキャプチャーであったり、今では当たり前になったリモート作業であったり、創業当初からその時代における最先端のものを導入するように心がけています。今はAI/AR/VR、バーチャルプロダクションに力を注いでいますが、常にイノベーションを大切にして、クリエイティブには貪欲でいようという姿勢は変わらずです。

―経営者として、実際どうやってイノベーションを実現しているのでしょうか?

Alt.vfxの財産は間違いなく「人」です。人材にはすごくこだわっていて、クリエイティブ・テックカンパニーとして会社を発展させるためには、新しい血を取り入れることが最も大切です。そのため、新しい情報や視点、違うノウハウや経験を持った人たちを積極的に迎え入れるようにしています。

ただ入れ替わりが激しい業界ですので、もちろん新しく入社してくれる人がいる一方で、惜しまれながらも会社から卒業していく人もいます。特に若手の人たちは新卒で入ってくれることが多く、3年ぐらいウチで働いてから、もっと大きなスタジオや競合、海外に巣立っていくパターンが多いです。離れていく瞬間は寂しいなと思うことはありますが、一緒に働いてくれた仲間が新境地で成功していることを聞くと、とても誇らしく、それ以上に嬉しいことはないです。ある意味、Alt.vfxは「VFX業界の登竜門」的存在になっている側面もあり、転職してもこの業界を盛り上げていく同志として全力で応援したいです。

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東野 ユリ(Spinnaker Filmsプロデューサー)
東野 ユリ(Spinnaker Filmsプロデューサー)

東京育ち。国際基督教⼤学⼊学、中退。19歳で渡豪。クイーンズランド⼯科⼤学美術学部(映像学科)卒業。2015年スピネカーフィルムズ⼊社。シドニー在住。
Spinnaker Films: spinnakerfilms.com

東野 ユリ(Spinnaker Filmsプロデューサー)

東京育ち。国際基督教⼤学⼊学、中退。19歳で渡豪。クイーンズランド⼯科⼤学美術学部(映像学科)卒業。2015年スピネカーフィルムズ⼊社。シドニー在住。
Spinnaker Films: spinnakerfilms.com

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