特にSNSが浸透した環境ではトラブルが発生した際、実写化にかかわるメディア企業の制作者や編集者が誹謗中傷を受けるケースも少なくない。原作者の権利を守り、トラブルを避けるためにメディア企業に所属する編集者や制作者は、どんなことに配慮すればよいのでしょうか。
法律という視点から、実写化・ライツビジネスを巡る課題や今後の展開について考えることで、課題解決への糸口、あるいは作品の魅力の最大化を的確に行うことができるのではないか。そんな観点から、著作権法に詳しい骨董通り法律事務所の弁護士である、岡本健太郎氏に話を聞きました。
※本記事前篇は、こちらから
※本記事は情報、メディア、コミュニケーション、ジャーナリズムについて学びたい人たちのために、おもに学部レベルの教育を2年間にわたって行う教育組織である、東京大学大学院情報学環教育部の有志と『宣伝会議』編集部が連携して実施する「宣伝会議学生記者」企画によって制作されたものです。企画・取材・執筆をすべて教育部の学生が自ら行っています。
※本記事の企画・取材・執筆は教育部所属・永留琴子が担当しました。
――権利侵害や表現に関する問題はそれぞれのケースによって異なる曖昧さがあると推測するのですが、岡本先生はどのように向き合っているのでしょうか。また、私たちが気を付けるべきポイントがあれば教えてください。
過去の事例などに照らし、権利侵害になる場合とそうでない場合を判断できることも少なくありません。しかし、特に関係者間のトラブルについては、作品自体を検討するだけでなく、制作に携わる方々のコミュニケーションなど、関係者のやり取りも重視しています。制作意図をお聞きすることによって、作品の違った側面が見えてくることもあります。結局は、人それぞれの思いや考え方に向き合うことが大切だと思います。
また、「もしかしたら自分が間違っているかもしれない」といった疑いの意識も重要に思います。関係者がそうした意識を持つことのほか、予防の枠組み作りも重要だと思います。具体的には、契約書が、この枠組みのひとつです。契約書を作成しておくと、双方の立場が明確になり得るほか、トラブルが生じた際にも、契約といった根拠に基づく主張がしやすくなります。
――枠組みづくりが大切なのですね。中でも作品の実写化において、トラブルを回避する上で心がけるべきことはありますか。
例えば、漫画を映像化する場合を想定すると、出版社が原作者から作品を預かり、原作者に代わって、テレビ局側とやり取りをすることが多いように思います。改変や演出に関するトラブルの回避を想定すると、こうしたやり取りに際しては、出版社側としては、原作者が変更したくない部分、避けてほしいことなどがあれば、原作者の意向を把握し、制作者側に伝えておくことが大切です。
しかし、制作者側に、その意向が上手く伝わらず、映像作品に反映されないこともあるように思います。契約書も立場や考え方を明確化する手段ですが、そのほか、出版社側の視点では、必要に応じて、原作者本人との面談や原作者のメモを渡すなど、原作者が制作者側と直接コミュニケーションを取ることも有益かもしれません。
折しも、先日、日本テレビと小学館から、それぞれ報告書が公表されていましたね。それぞれの主張にすれ違いがありましたが、制作者と出版社の立場が示されているように思いました。契約書が締結され、また、文書での連絡や直接のコミュニケーションがより多ければ、現場の対応も変わっていたのかもしれません。また、部外者の「たられば」で恐縮ですが、契約書が締結されていれば、その条項次第では、関係者によるSNSの利用も制限できた可能性も感じています。
――出版社で作者に向き合う編集者は、こうした問題にはどのように対応していくとよいでしょうか。
原作者によって、映像化に伴う作品の改変に対する考え方は異なりますし、契約上は問題のない改変であっても、原作者が悲しい想いをする場合もあるように思います。編集者に期待されることは、法律や契約書だけでなく、作品や関わる人に向き合うことのように思います。
また、出版社全体としては十分な取り組みをしていても、個別の制作過程では担当編集者をはじめとした個人の判断に委ねられる部分が大きいようにも思います。一人一人がリテラシーを身に付けることや、疑問に思った際には、誰かに相談できるような体制づくりも大切に思います。
――実写化を巡る課題に対し、業界全体が取り組むべき課題についてどのようにお考えでしょうか。
今回は、法律自体の問題というより、法律や実務の運用の問題だと思っています。法の世界には、ハードローとソフトローと呼ばれるものがあります。ハードローは、民法や著作権法といった法律です。ソフトローは、ガイドラインなどの規範や指針をいいます。広くは個別の契約や合意も含むかもしれません。こうしたソフトローをうまく活用していくといいかなと思います。今回の件ではそこまでの必要性は感じませんでしたが、一般論としては、業界団体がガイドラインを定めることも選択肢のひとつです。
――漫画や小説の実写化に際し、SNS上での作品に対するファンの批判が目立ちます。批評と誹謗中傷の分岐点について教えてください。
このテーマに限らず、批評と誹謗中傷の判断は複雑な場合があります。大雑把にいうと、指摘や評価の対象が、分かれ目の1つです。批評は、指摘や評価の対象が作品である一方で、誹謗中傷は、指摘や評価の対象が人であって、人格的な攻撃をしている場合もあります。SNSでの発信を含め、記載内容が事実に基づくか否かにも注意が必要です。
言葉の裏にある思いの表現方法、すなわち、思いが伝わるように建設的な発言を心がけることも必要に思います。作品に対する意見を発信する場合、人ではなく事物を批評の対象にするとよいと思います。
――今後、著作・創作物に関して、より多様なメディア展開や利用が想定されますが、考えられる新たなリスクはありますか。
TikTokやInstagramをはじめ、SNSの主流が文字から映像へと変化しています。これに伴い、映像や音声による権利侵害などが生じますし、文字に比べてインパクトが大きく、人々の耳目を集めやすい傾向があるように思います。また、生成AIによって作品が簡単に利用されてしまうこと、ディープフェイク、メタバース空間における権利侵害など、デジタル技術がもたらす問題が考えられます。
一方で、近年では個人の権利意識が高まり、契約書を締結する抵抗感も少なくなっているといった変化もみられます。一人ひとりが、権利侵害になるかもしれない、自分の考えが間違っているかもしれない、コミュニケーションが不足しているかもしれないといった『疑いの目』を持ち続けることが大切に思います。
【取材を終えて】
今回の取材は、漫画の実写化における悲しいニュースに、一ファンとして心を痛めた一方で、編集者を志す一人として、少しでも実写化を巡る問題に向き合いたいと考えたことがきっかけでした。
お話を伺う中で印象的だったのは、クリエイションの現場ではもちろんのこと、あらゆるコミュニケーションの場面に活かすことのできるであろう『枠組みづくり』。法律というと、どこか堅いイメージを抱いていましたが、一人ひとりに対する配慮から言葉の裏にある思いまでを汲み取ることのできる枠組みを知り、胸が熱くなりました。
また、SNSのもたらす影響は大きく、個人のリテラシーが適切かつ慎重に活用される必要性を実感しました。そんな時代だからこそ、人と人とのコミュニケーションがより大切になってくるのではないでしょうか。他者との、自己との対話に、『いい意味での疑いの目』を持つことを心がけていきたいです。
取材を担当した永留さん。