2023年の「山川問題」に広報としてどう向き合ったのか
2023年10月、山川穂高選手の謝罪会見から。手前が会見に立ち会う筆者。
写真提供:西武ライオンズ
話をプロ野球の危機管理に移します。
昨年の山川穂高選手の問題も同様に、メディア向けに事実を整理して伝え、丁寧に説明することを大事にしました。
選手の過去の成績や球団の歴史などは広くWebサイトなどで示されていますが、例えば球団とプロ野球選手の契約形態はあまり知られていません。一般の雇用形態と異なり、同じ土俵で比べることができないことや、刑事事件の流れについてなど、「知ってそうで実はちゃんと知らない」ことをメディアに説明していきました。
一般紙の記者は、入社早々に地方支局で、事件や事故を扱う社会部系の事案も経験しますが、スポーツ系メディアの記者は、そのような経験が皆さんあるわけではありません。
例えば「被害者が被害届を提出し、警察が受理したら、捜査を行い、基本は検察へ送検する。そして検察は捜査資料を精査し、必要に応じて被疑者や被害者の事情聴取を行った後に、検察が起訴・不起訴を決定する」など刑事事件の一般的な流れについてもお話しをしました。
また「書類送検」は事務的な手続きで、犯罪の嫌疑が低い場合でも被害届を受理した場合は基本的には送致されることなど、記者一人ひとり説明の時間を作ってもらい、対応していきました。当然時間がかかることですが、誤った情報が世に出ないようにすることも広報の大事な仕事です。
危機対応時は、面識のない記者から電話取材を受けることがありますが、短い時間のやり取りでも、全身全霊で1件ずつ対応に臨みました。当時は捜査中でもあり、さまざま制限はありましたが「記者と広報でどこまで知っているか」など腹の探り合いをせず、背伸びせず誠実に、そして丁寧に説明していきました。
2023年5月23日に山川選手が書類送検されました。翌24日は西武ライオンズの奥村剛社長と共に埼玉県庁に赴きました。
県庁でメディアに囲まれることが安易に想像できたので、社長自らではなく別の役員に代わりに行ってもらうこともできましたが、奥村社長はゆるぎない方針を社内に強く示したうえで、しっかりと記者対応も行いました。組織のトップが最前線に立ち、現状をメディアに伝えてくれることで、我々広報部員も士気が一層高まりました。
若手育成の場であるフェニックスリーグでの、山川選手の実戦復帰が議論されているころ、復帰までの道筋を球団内でどのように作るのか話し合っていました。
「広報対応の採点者は社会。会社の常識は世間では非常識なこともある。広報は会社が出す情報をよく理解し、咀嚼し、専門用語はなるべく使わず、世の中に正しく理解してもらえるように発信する。我々は、お茶の間感覚を社内の中で一番もっていなくてはいけない部署だ」。
西山さんがよく言っていた言葉です。それを踏まえ、その後、山川選手本人も交えて、会見の目的、会見手法、それに相応しい身だしなみなどを議論し、2023年10月に謝罪会見の場を設定しました。当然、公平性の原則も踏まえ、番記者のみだけではなく、フリーの記者も出席できるタイミングでの情報公開にも配慮しました。
最期に、企業が発信した情報がマスコミを通じてどのように世の中に理解されたか、それをきちんと経営陣に伝えることも重要です。経営にとっては、耳が痛い話もあるかもしれませんが、広報は強い意志をもって事実を伝えなくてはなりません。
だからこそ、平時から信頼してもらえる質の高い仕事をやり続ける必要があります。平時に質の高い仕事、有事にも絶対間違えられない仕事が求められます。
そのうえ、自分の手柄を吹聴する広報担当に記者は信頼を寄せてくれません。それだけに広報部員の仲間意識が大切です。一人だと弱音を吐きたくなる時も、仲間とだったら乗り越えられるのです。
次回は、「選手ブランディングはこんなに面白い!坊主頭とロン毛」についてお話しします。