カンヌライオンズ2024、ユーモア、ヒューマニティ、そして地域文化の理解と尊重へ(前編)

1 UNEXPECTED MEETING 「予期せぬ出会い」

Specsavers/Specsavers Hearing Tests「The Misheard Version」(Golin LONDON)
予想しないものとの出会い頭に生じる衝撃はとてつもない威力を持っている。「うわっ!」と思った瞬間の記憶は深く残り、またなぜかその瞬間のことを人に話したくなったりもする。それは常に先を予想しながら行動している人間の裏をかく状況であり、きっとアドレナリンも相当上がった状態で、まさに非日常体験だからなのだろう。そんな「出会い」の瞬間を最大限活用した聴覚検査の啓発キャンペーンが「The Misheard Version」だ。すなわち「聞き間違え版」ということ。

写真 グラフィック Specsavers/Specsavers Hearing Tests「The Misheard Version」(Golin LONDON)

私はズバリの年代なのだが、大学時代に大ヒットしたリック・アストリーの「Never Gonna Say Good Bye」をご存じだろうか。実はこの曲、リックの声質のせいなのか、滑舌の悪さからなのか、はたまた歌詞の並びが悪いのか、よくよく聞き間違えが多いことで有名なのだ。せっかくの恋の歌が聞き間違いによるわけのわからない一節が聞こえてしまうことでむちゃくちゃな内容にもなってしまうわけだが、もうやけのやんぱち、だったら思いっきり間違ってやろうじゃないのと歌詞を入れ替えたバージョンを新規にご本人がレコーディング。そして予告もなく、当たり前のようにラジオやWebでオンエアしていったのだ。聞き覚えあるお馴染みのダンサブルな曲が流れてくれば当然人々は耳をそばだてる。そしてそこに間違え倒したハチャメチャな歌詞が流れ込んでくる。「あれあれ?これって私の耳、おかしくなってない?」と、人々は自身の聴覚障害を真剣に疑い出すという仕掛けだ。

キャンペーンの主体はメガネの小売りチェーンで、視覚や聴覚の検査もしているSpecsavers。もちろんその後、聞き間違い版の説明がされ、聴覚検査の受診を勧められる。受診者数の獲得目標は前回からの5%アップだったが、結果として66%増加と大きく跳ね上がった。

実はこのキャンペーンが実施された英国では、難聴などの症状は老化と結びつけて会話されることが多く、耳が聞こえづらいということをみな話題にすることを避けていたという。しかし難聴は心臓病、認知障害、アルツハイマー病、糖尿病や高血圧などの慢性疾患とも関連している。定期的な聴力検査により、これらの病状の警告サインともなるのだ。こういった話題にしづらいテーマを独特のユーモアで顕在化させ、多くの人々に発話させるという装置設計がステキだ。

今年はプライド月間の盛り上がりにもイマイチ欠けると書いたが、その背景にあるのはBud Light、Target(小売店)などの炎上だ。昨年の各社の取り組みに対して深刻な不買運動につながったことから、それらのブランドはこれまでの上向きの状態から逆風に晒される立場となり、LGBTQ+コミュニティー支援からの撤退を表明したなどの報道もある。これまでの支援推進ブランド、あるいは今後の支援を検討していた企業もその取り組みを再考し、関連の活動や情報発信を極力控えているのは明らかだ。

そんな逆風下に、日常生活においてさえ常に身の危険を感じるトランスジェンダーをサポートし、その理解推進に成功したのが「In-transit」キャンペーンだ。PR部門でゴールドを受賞した本キャンペーンは、今年の3月31日の「トランスジェンダー可視化の日」に実施された非常に勇気を感じる施策だ。

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