カンヌライオンズ2024、ユーモア、ヒューマニティ、そして地域文化の理解と尊重へ(後編)

文:井口理(電通PRコンサルティング 執行役員&チーフPRプランナー)

2024年6月17~21日に、フランス・カンヌで開催されたカンヌライオンズ国際クリエイティビティフェスティバル。毎年、100 か国以上から 1万3000人を超える人々が集まるこのイベント、本年度は30部門で審査が行われた。そして今回、『世界を変えたクリエイティブ 51のアイデアと戦略』の著者の一人である井口理氏に、今年のカンヌライオンズのエントリー作品を本書で掲げた9つの真理に沿って分析してもらった。

(前編から続く)
地域固有の問題というのは、どこにでも根強く残っている。表面的には解決していそうでも、実は根深く禍根を残したまま放置されているものも多い。そんな不合理を受けている人々に寄り添い、問題解決へのアイデアを提示する企業もあり、またそれを通じて人やコミュニティーとのよき関係性を築いている。それが「Grad In Black」キャンペーンだ。

5 ESTEEM 「尊重」

Vult「Grad In Black」(GUT São Paulo)

多数派にのみ迎合し、少数派をないがしろにする慣例において、それを正していこう、平等化していこうと声を上げる企業が現れ始めた。日々の口の端に乗らずとも、一定の周期を経て首をもたげてくる不満。しかし時が過ぎればまたないがしろのままとなりがちな問題にしっかり向き合うスタンス、個々人レベルの課題意識に寄り添い、そこに積極関与していく姿勢は企業に対しこれからも強く望まれていくだろう。

イメージ グラフィック Vult「Grad In Black」(GUT São Paulo)

ブラジルは、人口の 56% 以上が黒人であるにもかかわらず、矛盾と排他性が未だ目立つ。南北アメリカ大陸で奴隷制度を廃止した最後の国であるブラジルでは、人種間の平等と様々な機会へのアクセスは依然として実現されていない。しかし、教育環境においては状況は上向きにある。現在ブラジルの歴史上、初めて黒人学生が大学の過半数を占め、教育における人種格差の縮小における重要な節目となっているのだ。

とはいえ、まだまだその格差を示す事象は残っているという。その象徴的なものが卒業式で空に向かい投げるあの卒業帽だ。学業成績を象徴する伝統的な卒業帽は、もともとはヨーロッパ系のストレートヘアーの人向けにデザインされたもので、黒人のカールしたボリュームある髪型には適さない。せっかくの感動的な式であるはずの卒業式では、黒人が他の人と同じように帽子をかぶることができず、黒人が直面している制度的障壁を思い起こさせることも多いという。

そこで課題解決と社会変革に取り組むブラジルの美容ブランドVultが、黒人ファッションレーベル Dendezeiro と連携して取り組んだのが、「Grad In Black」キャンペーンだ。両社は協力して卒業式の帽子を再設計し、アフリカ系学生の髪に合うように特別に仕立てた4つの形の帽子を提供、卒業式で繰り返される沈黙の暴力に対する意識を高め、この象徴的な瞬間に対する解決策を示したのだ。この取り組みはブラジルの主要大学でも採用され、またオープンソースのデザインは21カ国でダウンロードされた。

個々の人々に寄り添い、本質的な課題解決を目指す事例を見てきたが、それとは違うヒューマニティ、言わば「人間味」をフィーチャーした表現でグッとくるものがあったので是非紹介してみたい。大々的な広告キャンペーンの100回目の記念でありながら、102歳のまったくの一般人を起用した新聞広告に心を打たれた。それがドイツの新聞「Frankfurter Allgemeine」の「The 100th Edition」だ。

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