さて、何が書いてあるのかな?と思ったら、全部書いてありました。これは、黒須美彦というCMに心臓を捧げた人の冒険書です。そこには、地図があり、チュートリアルがあり、出会いがあり、別れがあり、興奮があり。黒須さんという人を、針でプスッと刺したら、そこから広告への想いがドバッと溢れ出して、そのままAIに流し込んだら、きっと黒須さんのAIができたところ、技術が間に合わず、まずは本のカタチにすることにした。みたいな本でした。そしてそれは、この50年で築かれたmade in japanの広告クリエイティブの教科書でもありました。
今回、このコメントを書く上で最初に思い出したのは、1997年に出版された『岡康道の仕事と周辺』(六耀社)という本に、当時の黒須さんが寄せたエッセイでした。「併走する友へ」というタイトルで、それはそれは、非常に黒須さんらしい言葉で岡さんへの想いを綴っていて、好きな文章のひとつなのですが。今回、この本を読んでいると、このエッセイの成り立ちにも触れていて、「この本、全部書いてあるじゃん」という感想を持ったのです。
もちろん、企画術へのHow toも惜しげなく書かれていて、世の中をとらえるコンセプトのレイヤーから、表現のディテールにいたるレイヤーまで、まさに、クリエイティブディレクターとCMプランナーの視点からしか語りえない内容になっていて、大変勉強になりました。貴重な企画書も丸出し。図解もたくさん。特に企画書につける前段のお手紙とか、キャラクターの作り方とか、みんな好きかもですね。と思ったら、上海蟹の美味しい食べ方のエピソードがサラッと出てくるなど、油断ならない本。そういうところが、黒須さん。
「映像」の話でいうと。CMに携わる人は、CMもドラマも映画もゲームも、世の中にある様々な映像コンテンツについて、平均よりはちょっと詳しめな職業ですが、その中でも黒須さんはトップ。あらゆる映像を50年近く、貪欲に研究して、今なお現在進行形でアウトプットし続けている、そんな方、他にいますでしょうか?本書のなかでも、黒須さんがサラッと触れた監督やコンテンツの例が、まぁ、幅広いこと。クリストファー・ノーラン、エレファント、Ghost of Tsushima、映像の世紀、エミリーパリへ行くetc…そんな本書で触れられている、黒須さんを刺激したコンテンツを旅するのも、ひとつの楽しみ方かもしれません。
さて、冗談ではなくCM制作2000本以上、50年近く続く、その大いなる冒険の果てに、黒須さんは何を想うのか?それは、この本の最後の1行に書いてあります。ぜひ、その1行を体験してみてもらえればと思います。