社員のプロジェクト起案が絶えないシール印刷会社 秘訣は「プ譜」の活用にあり(後編)

シーベル産業は、群馬県に本社を置くシール・ラベルの印刷会社。2017年に世界ラベルコンテストで受賞を果たすなどデザイン力の高さや独自の技術開発で知られている。2009年に2代目社長に就任した黒沼健一郎氏は、社員の「個を活かす」経営を掲げ、リーマン・ショック直後の経営難を乗り切り、会社独自の強みを伸ばしてきた。そんな同社では、3年前より会社のプロジェクト管理のツールとして「プ譜」を導入。今では、社員立案の企画は全て「プ譜」フォーマットで統一され、社内の共通言語として定着しているという。そんな「プ譜」を使いこなす同社に、プ譜考案者の一人である前田考歩氏が取材した。(前編はこちら)

指示していないのに、社員がプ譜で自分のプロジェクトを書きはじめた

——プ譜を導入したときの社員の方々の反応はどうでしたか?

社員に対して「プ譜を使いなさい」と指示を出していたわけではないんです。Excelを使ってガントチャートをつくってもいいし、WBSにしてもいいですよと、プロジェクト管理の方法は強制していませんでした。当時、社員教育の一環で「1年3冊計画」という読書活動を行っており、そのなかで書籍『見通し不安なプロジェクトの切り拓き方』を紹介したんです。プ譜というものがあるから、これもいいよ、という程度の紹介だったのですが、ほとんど全員が書籍を読んでくれました。しかも、全員が集まってプ譜の書き方を確認し合わなくても、みんながプ譜で自分のプロジェクトを書き始め、すぐにプ譜が使いやすい、こっちの方がいい!というふうになりました。

——実際にプ譜をつかってどのようにプロジェクトを進めているのでしょうか?

弊社内での、目標管理にプ譜を使う具体的な運用手順は以下の通りです。

写真 運用手順写真 運用手順

導入後、プロジェクト実施までのスピード・成功率が共にアップ

——プ譜を導入して以降、どのような変化がありましたか?

まず、スピードです。プ譜が社内の標準になったことで、プロジェクトが起案され、実行に移るまでのスピードが上がりました。今まではプロジェクトを始めてみようとなっても、企画書のつくり方は標準化されておらず、それぞれ違いました。慣れていない人だと、企画書をつくる段階で止まってしまったり、時間がかかってしまうことがありました。プ譜導入後は、最初に何かをやろうと考えたとき、まずプ譜で書くようになりました。頭の中のものを早く外に出せるようになったのです。

また、プ譜で書けば目標と成功の定義が何で、どのようにそれを実現しようとしているのかという起案者の考えがわかります。プロジェクト申請時に上司や経営者がプ譜を見ることでフィードバックしやすくなりました。同じ絵を見ることで、コミュニケーションがしやすく、早くなったのです。具体化するときの第一歩として、設計図を早く書き、共有できるのがプ譜の価値だと思います。

次に、プロジェクトの成功率が上がりました。プロジェクト申請の対話がTeamsで公開され、同じく進捗状況がOneNoteで公開されていることで、周りのサポートを得られやすくなりました。今までは一人で抱えてしまって失敗していたプロジェクトが、同じ部署や他の部署の社員の知恵や手を借りることで、プロジェクトの成功率が上がってきました。

一例として、部門をまたぐ発注情報の共有プロジェクトでは、当初起案者がITを使ってスマートに実現しようと考え、ハードルを上げすぎて頓挫しかけていたところを、別の社員がアナログな方法で解決する案を出してプロジェクトを成功させるということがありました。
これはそのプロジェクトの目標とありたい状態とそれを実現する施策がプ譜になっていることで、当事者でなくてもすぐに内容が理解できることで起こった成果だと思います。

さらに、社内のコミュニケーションが増え、人間関係も良くなりました。社内で起きる人間関係のトラブルの原因の多くは、考えや認識のズレにあります。プ譜に表すことで、ズレの存在がどこにあるのかがわかるようになりました。そのズレをプロジェクトに関わる人間が認識してプロジェクトを成功させることで、人間関係のトラブルが減ったのです。

—— 具体的なエピソードを何か教えていただくことはできますか?

例えば、シール印刷は、印刷機1台に1人がつく形で行われており、そこで作業が完結します。製造における分業が存在しないのです。そのため、自分の隣で作業しているのが誰で、何に困っているかを気にしないでも仕事を終えることができます。極端に言えば1日誰と話さないということもあります。こうした作業体制が根っこにあり、印刷機自体にもいくつも種類があるために、新しい仕事が来たときも、その仕事内容とそれに必要な印刷機に習熟している人がやればいいという属人化が起きていました。

写真 シーベル産業の印刷工場の様子。

シーベル産業の印刷工場の様子。何種類ものシール印刷機が置かれている。

しかし、初めての仕事はどうしてもミスが出やすく、一人で試行錯誤して軌道に乗せるまでが大変です。そこで、同じ構造を持つ印刷機を使用している社員同士で教え合い、フォローし合う体制をつくるプロジェクトが起案されました。

イメージ 図 完成したプロジェクト(プ譜)

完成したプロジェクト(プ譜)。

(これらの成果が積み重なって)社員が自主的に動き始めるようになりました。プ譜を導入して3年目になりますが、今では一般職からも「こんなプロジェクトをやりたい」とプ譜がTeamsに上がってきます。社員に「やってみよう」という雰囲気が広がってきています

この背景には、管理職がコーチングの研修を受け、1on1を導入したことも影響しています。管理職が「これをやりなさい」と目標や目標の実現方法を指示するのではなく、社員のやる気を「引き出していく」ものにつながっていく流れができつつありました。
対話の道具としてプ譜があり、対話の方法としてコーチングがあり、対話の場として1on1がある。これらがうまくマッチしたのではないかと思います。それによって社員がプロジェクトを「やらされる」のではなく、自分で「やりたい」と思い、気持ちがのるプロジェクトになり、ひいてはそれが成功率を高めるということにつながっていると思います。

——プロジェクトの実行数や達成度など、数字的にはどんな変化が現れていますか。

今期は90件のプロジェクトの実行を目標に掲げていますが、6月までで75件立案、実行されています。プ譜の導入当初は65件でしたが、確実にその総数が増えています。プ譜導入後の3年間はプロジェクトの導入期と捉えて、質よりも量、起案件数を重視してきました。自己評価での達成度を取っているのですが、初年度は60%台が多かったのが、今では90%前後に上がってきています。

プロジェクトは5S(整理、整頓、清掃、清潔、躾の略で、工場管理・改善の基礎となるもの)活動に関するものから新規事業に関するものまで幅広く実行されています。よく売れた「全面糊殺しシール」(シールの粘着面の効力をなくす加工技術)やまぶたに貼る「二重(ふたえ)テープ」などの開発も、こうした社員に任せるスタイルによって生まれたものです。
既存事業だけでも回る事業体になっていますが、今後を考えれば、新規事業でプラスアルファをつくっていく必要があります。経営者としてプラスアルファの種を出し続ける環境を整えてきた結果、社員が新規事業案を出してくれるようになってきました。

プ譜が社員の「やりたいこと」と会社の「やるべきこと」をつなぐ

——仕組みを全社で運用する上で、工夫をしたり気をつけていたことはありますか?

プロジェクトのリーダー数と関与数を人事評価の指標にしました。リーダー数はプロジェクトの起案数のことで、関与数はそのプロジェクトに何らかの形で関わった件数のことです。

イメージ 図 プロジェクトの階層やジャンル、リーダーや関与者情報

プロジェクトの階層やジャンル、リーダーや関与者情報をNotionで一覧にして把握。

誰がプロジェクトに関与したかはリーダーの裁量で決めており、その情報はプ譜の廟算八要素の「人」欄に記録されています。今はまだできていませんが、今後はプロジェクトの階層や重さ、会社にとっての重要度を加味して評価していきたいと考えています。

また、社員がよく集まる場にプロジェクト一覧表を貼り出し、どんなプロジェクトが社内で動いているのかが目に入るようにしています。

写真 各部門のプロジェクトをそれぞれ5階層に分けて貼り出している

各部門のプロジェクトをそれぞれ5階層に分けて貼り出している。

個人のWill(やりたいこと)と会社のMust(目標・目的)をつなぐときにも、プ譜の構造が役立っています。当社にはシール印刷をやりたいと思って入社してくる人は多くありません。最初はWill(注:キャリアデザインを考えるためのフレームワーク「Will/Can/Must」のWill)がないのです。プロジェクトを起案することそのものがWillになりますが、個人のやりたいことをすればいいわけではありません。個人のWillは会社のMustとひもづく必要があります。例えば「会社でYouTubeチャンネルを運営したい」と言う個人のWillが出てきたとき、それが会社のMustとどうつながるのかを考えなければなりません。
そこで、プ譜の獲得目標には個人のWillを書き、勝利条件(そのプロジェクトの成功の定義)を会社のMustとつながる表現にしています。

イメージ 図 プ譜上で、書き手が「個人のWill」と「会社のMust」をひもづけて考えられるようにしている

プ譜上で、書き手が「個人のWill」と「会社のMust」をひもづけて考えられるようにした。

この勝利条件の表現を、チームや部の上長、私(経営者)と考えるプロセスが大事で、管理職から押しつけないように気を付けています。押しつけてしまうと起案者の気持ちがのらず、プロジェクトを成功させようというモチベーションが湧いてこないからです。

——多数上がってくるプロジェクトの管理では、どんなことに気をつけていますか。

目標管理がうまくいかない原因のひとつとして、社員が低すぎる目標を設定している場合がありますが、ここも気をつけている部分です。プロジェクトには階層や重さ(会社にとっての重要度)があります。シーベル産業では目標のレベルを5階層に分けていますが、起案したプロジェクトの規模感や小さすぎず難易度が低すぎないよう、上長や私との対話のなかで、適切な階層に位置づけるようにしています。
例えば、ある製品の検査を特定の人だけができる体制から、関係する他の社員もできるようにするプロジェクトでは、当初一つの製品しか対象になっていなかったのを、他の製品も対象に入れるようにして、多くの人間が活用できるようにしました。

承認のプロセスを少なくすることも大事です。プロジェクトの承認は基本的に2段階に収めています。起案者から課や部の管理職に対面でのフィードバックを受けたら、次はTeamsで私からのフィードバックを受けて、そこで問題なければ承認されます。課長と私の間に部長を入れるなどしていると、プロジェクトの実行件数もスピードも増えないからです。今後は階層別に承認権限は部長職に委譲していくつもりです。

承認まで2階層で済ますことができているのは、社長が課長職以上の管理職と毎月1on1をして、会社の方針やプロジェクトの重さや階層の基準、使っている言葉の意味の擦り合わせを行なっているからです。

社員のアイデアに経営者が投資判断するためのツールになっている

——プ譜を目標管理に取り入れようと考える、経営者や管理職へのアドバイスがあればお願いします。

トップダウンで社員に指示をして仕事をさせるスタイルでうまくいっている会社にはこの方法は不要です。しかしその方法でうまくいっておらず、プ譜を用いた目標管理を行うなら、経営者と社員でお互いにありたい姿を見せあって、それを擦り合わせるスタンスが求められます。
擦り合わせの際に個人のWillと会社のMustをひもづけていくわけですが、これには1on1などで従業員の特性、向かっている方向や関心ごと、良くも悪くも自然とやってしまうことを知っておく必要があるので、他者理解のための活動もセットで行ったほうが良いです。

——このような進め方は迂遠じゃないか、と思う方も少なくないかもしれませんね。

その批判は甘んじて受け入れます。しかし、プ譜を書かせることはできても、本人のベクトルに合わず、気持ちがのっていなければプロジェクトの成功率は上がりません。社員が自然と「やっちゃう」ことや、本人の本気には勝てないのです。
このような話をすると、会社がボトムアップで話を聞いてくれてなんて優しいんだろう、あるいはぬるいんだろうと思われるかも知れませんが、そんなことはありません。その個が持つ特徴・ベクトル・本気度・変化を常に、徹底的に見て、それが会社の大きな方針と結びかない限り、プロジェクトを承認して社員の時間や会社の資源を投資するわけにはいきません。任せる側はマイクロマネジメントはしないけれども、任せるための作業や準備は厳しく、しっかりとやっています。その投資の可否を判断する道具としてもプ譜は非常に役立っています。

取材を終えて

今回の取材で最も刮目したのは、経営者や管理職が具体的なプロジェクトのリストを提示して、それを社員に選ばせるのではなく、会社として求めているプロジェクトの方向性だけを示して、その具体的な中身のほとんどは社員に任せるという、黒沼さんの方針とその実現方法です。
指示が具体的で細かくなるほど、期待した成果物は出やすくなりますが、社員の創造性は犠牲になります。抽象的になるほど期待した成果物から良くも悪くもズレてきますが、社員の創造性は活かされます。
このバランスに悩む経営者や管理職は多いと思いますが、そのズレを発見して擦り合わせていく方法として、プ譜と各種のITツール、オン、オフラインの対話を巧みに組み合わせて使いこなしていることに驚きました。プ譜というプロジェクトのOSが、それを載せるツールによって様々な使われ方と可能性が切り拓かれていることを、ユーザーの実践を目の当たりにして感じました。ひょんなことからX(旧Twitter)を通じて取材を受けて頂いた黒沼さんには改めて感謝申し上げます。

写真 商品 『予定通り進まないプロジェクトの進め方』

『予定通り進まないプロジェクトの進め方』 (前田考歩・後藤洋平著)

ルーティンではない仕事はすべて「プロジェクト」である――独自のフレームワーク「プ譜」を使って、プロジェクトの状況や諸要素の関係性を構造化し、成功に導くための方法を解説。プロジェクトの全体像を俯瞰し、進行の技術を身につけるための実践書。

写真 商品 『見通し不安なプロジェクトの切り拓き方』

『見通し不安なプロジェクトの切り拓き方』 (前田考歩・後藤洋平著)

『予定通り進まないプロジェクトの進め方』の実践編。特別な訓練を積んでいなくても、特別な才能がなかったとしても、共通のフォーマット、プロトコルに基づく「仕組み」や「方法」によって、チームをうまく回す方法を説く。

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前田考歩(プロジェクトエディター)
前田考歩(プロジェクトエディター)

1978年三重県生まれ。平日8:00〜10:00のみ開業の、問いかけと構造化でプロジェクト進行を支援する『プロジェクト・クリニック』を運営。
自動車メーカーの販売店支援・CSR事業、映画会社のeチケッティング事業、自治体の防災アプリ、保育園検索システム、夫婦の育児情報共有アプリ事業、魚の離乳食的通販事業、テレビCM制作会社の動画制作アプリ事業など、様々な業界と製品のプロジェクトマネジメントに携わる。
プロジェクトに「編集」的方法を活かした、プロジェクト・エディティングを提唱、実践中。
著書に『紙1枚に書くだけでうまくいく プロジェクト進行の技術が身につく本』(翔泳社)、『予定通り進まないプロジェクトの進め方』『見通し不安なプロジェクトの切り拓き方』(宣伝会議)、『ゼロから身につくプロジェクトを成功させる本〜はじめてのプロジェクトマネジメント〜』(ソーテック社)など。

前田考歩(プロジェクトエディター)

1978年三重県生まれ。平日8:00〜10:00のみ開業の、問いかけと構造化でプロジェクト進行を支援する『プロジェクト・クリニック』を運営。
自動車メーカーの販売店支援・CSR事業、映画会社のeチケッティング事業、自治体の防災アプリ、保育園検索システム、夫婦の育児情報共有アプリ事業、魚の離乳食的通販事業、テレビCM制作会社の動画制作アプリ事業など、様々な業界と製品のプロジェクトマネジメントに携わる。
プロジェクトに「編集」的方法を活かした、プロジェクト・エディティングを提唱、実践中。
著書に『紙1枚に書くだけでうまくいく プロジェクト進行の技術が身につく本』(翔泳社)、『予定通り進まないプロジェクトの進め方』『見通し不安なプロジェクトの切り拓き方』(宣伝会議)、『ゼロから身につくプロジェクトを成功させる本〜はじめてのプロジェクトマネジメント〜』(ソーテック社)など。

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