「上書き広報」から脱却、「社内の論理」に陥らず広報は何をすべきかを問い続ける

経済広報センターの常務理事を務め、6月で退任した佐桑徹氏。長年にわたり、経済界と社会とのコミュニケーションを促進する役割を担い企業広報を支援してきた。広報歴30年間、記者歴8年間の経験を通じて考えた、これからの広報活動に求められるものとは。

「広報が何なのか、全く分かっとらんぞ」。そう言われたのは40年前のことです。新卒で経団連事務局に入局後、立ち上がったばかりの経済広報センターに出向し仕事をしました。若手懇親会で、当時の事務局長から「広報って何だと思う」と問われ「マスコミ対応と社内報をつくること」と答えたら「社内報をつくることだけが、社内コミュニケーションではない」「広報と宣伝は違う」と基礎から鍛えられました。振り返ってみると「広報とは何か」と問われ続けたこの経験が私の原点だったのだと思います。

「上書き広報」になっていないか

広報担当者の中には「上書き広報」にとどまっている人がいます。前年度はプレスリリースで4月に入社式について発表したから、日付と社長のコメントを入れ替え今年度も出す。それがOJTだと思っているのです。

広報の役割は「片足は社内、片足は社外」に乗せステークホルダーと関係構築をすることだと言われます。しかし、これは行うは難しです。上書きばかりで、広報とは何ぞやと考える機会がないと、その結果「社内の論理」に偏り、不祥事後の記者会見で社会から白い目で見られることになります。

昨今はSNSなど広報に活用できるツールが増え、多くのステークホルダーとつながりやすい環境にあります。なおさら、広報とは何か、何をすべきかを問いかけながら、社会に支持される創造性のある活動を目指してほしいと思います。

広報センスのある人

一方で広報管理職の転職が進んでいます。メディア人脈やコンテンツづくりのノウハウを持ち、広報センスのある人の活躍の場は広がっています。広報が経営機能の一部を担うことから、経営者になる人もいます。

ここで、広報センスについて考えさせられた、報道対応の例を紹介したいと思います。2001年、新大久保駅で韓国人留学生が、ホームから転落した人を救おうとして共に亡くなった痛ましい事故がありました。留学生の両親が来日し、亡くなった息子さんと対面するため警察署に着く頃、日韓の多くの報道陣が待ち構えていました。留学生が通っていた日本語学校の理事長は、報道陣の前でこう発言しました。「皆さんの前をご両親が通られます。写真や映像はお撮りください。ただし、これから息子さんとご対面しますのでインタビューは、ご両親が落ち着かれた後に実施します」。この一言で、来日したばかりの両親に報道陣がインタビューすることはありませんでした。報道陣は夕方のニュースに間に合わせるため撮影をしたい、でもお子さんとの対面前に取材を受けるわけにはいかない。当時、理事長はそう考えました。報道対応の経験がない方でしたが、とっさの判断力は素晴らしいものでした。これは一例ですが、こうしたバランス感覚のある人が広報には求められています。

進化する広報

内なる論理に陥らず、外からどう見られているか察知する。こうした広報センスは、メディア露出の質にも影響します。取材依頼が来た時、「重点広報テーマではないから」と紙一枚で済ませたA社と、じっくり取材を受けるB社では、記事の扱いは変わります。取り組み内容は変わらないのにB社のほうが大きく扱われるのです。その結果、A社の報道課長は、社長から「B社と同じことをやっているのにどうしてわが社の扱いはこんなに小さいのか」と叱られたといいます。もちろん広報戦略を持つことは大切ですが、社外からどのような関心をもたれているのか、常に目を向ける必要はあるでしょう。

企業広報の歴史を振り返ると、商品広報から始まり、1970年代は公害問題によって企業の社会的責任が問われ、80年代はCI(コーポレートアイデンティティ)、90年代はホームページの開設、2000年代はSNS、現在はSDGsやESG、と時代によって関心が移り変わっているのが分かります。広報とは何か、という本質は変わりませんが、外部の関心に応じて、企業広報が変化する「不易流行」の考えを常に持ち、付加価値を生み出さない「上書き広報」に陥らず、進化し続けることが期待されます。

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佐桑徹

前 経済広報センター常務理事、環太平洋大学客員教授

さくわ・とおる 1958年生まれ。1981年慶應義塾大学卒業後、経団連、東京・中日新聞記者を経て1998年経済広報センター。2015年から常務理事。月刊『経済広報』編集長、産業教育への貢献が認められ文部科学大臣賞を受賞。中国伝媒大学招聘教員、東京工業大学非常勤講師、早稲田大学招聘講師等を務めた。近著に『新時代の広報』(編著)、『新任広報担当者からの99の質問』(編著、9月刊行予定、共に同友館)がある。

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