カンヌの受賞作にも、世界的に進む「個人主義化」が反映されている
近年、世界は着実に個人主義化する傾向を示しています。世界価値観調査等のグローバルな調査における世代グループ別分析によると、特にZ世代など若い世代ほど個人主義的な価値観の傾向が強くなることが報告されています。この結果、個人主義化の一つの帰結として、「自分が享受している権利と同等の権利が、マイノリティとして差別や不利益を被っていた人々に対しても認められるべき」という考えを鮮明にする人が目立つようになってきました。
この個人主義の価値観は、広告表現でも色濃く見ることができます。本稿では、2024年のカンヌライオンズで高く評価された3つの作品を通じて、個人主義の価値観がどのように広告表現に反映されているかを探ります。同時に、それぞれの作品が生まれた文化的背景にも目を向け、グローバル化が進む中での文化差の重要性についても考察していきます。
女子サッカーにスポットライトを当てた「WoMen’s Football」
最初に取り上げるのは、エンタテインメント・ライオンズ・フォー・スポーツ部門とフィルム部門でグランプリを受賞したOrange「WoMen’s Football」です。
サッカー大国フランスにおいて、女子サッカーに十分な注目が集まっていない問題を解決するために、通信会社のOrangeは、フランス女子チームの技術的なプレーをVFXで男子選手のプレーのように見せかけた動画を制作し、SNSに投稿しました。これにより、フランスの視聴者が持つ、女子チームの技術力に対する偏見に対する揺さぶりをかけることが狙われました。
視聴者は、VFXで変換された映像を見て、最初はムバッペやグリーズマンなどのスター選手のプレーを見ていると思い込みます。しかし、後半で種明かしがされ、実はそれが全て女子選手のプレーだったことが明かされました。このアプローチは、結果としてフランス国内にとどまらず、直ちにグローバルに拡散され、大きな注目を集めました。
ここで、直ちにグローバルに拡散された、という点が重要です。なぜならこれは、「女子サッカーの地位向上」というテーマ自体が、世界的な価値観の変化の潮流と合致していることを示しているからです。スポーツという素材は、国境を越えて多くの人の関心を引きつける力を持っています。その中で女性アスリートの活躍にスポットライトを当てることは、新しい価値観を効果的に訴求する手段になると改めて確認された事例と考えられるでしょう。
もしも同じキャンペーンを日本でやったなら?
Orangeのフランスの事例を日本と比較すると、興味深い点が浮かび上がります。オランダの社会学者ヘールト・ホフステードは国単位の文化を数値化して提示しましたが、このホフステード指標に基づくと、日本はフランスほど個人主義的ではなく、また女性性も高くありません。
このことから、Orangeの作品のような取り組みが日本で立ち上がり、素早く共感を得ることは、文化的な観点からは相対的に難しい可能性があることが考えられます。日本の集団主義的なスコア傾向からは、個人の自由や権利に対する意識がフランスほどは高くなく、また男性性の高いスコア傾向から成功者や強者は称賛されるものの、マイノリティへの配慮にフランスほど注意は払われないことが予想されるからです。
Orangeの作品のような取り組みは、こうした暗黙の前提に気づく良い機会となります。文化的な違いを超えて、このような取り組みが日本からも生まれることは、グローバルの価値観潮流の変化を踏まえても重要です。グローバルを見据えるのであれば、日本の広告も、自国の文化的背景を踏まえつつ、より個人主義的な、平等で包括的なメッセージを発信していく努力が求められているといえるでしょう。
日本でも、例えば、女子のWEリーグがあり、現状は男子のJリーグと比べると実際の規模や注目度の差は明らかなのかもしれませんが、今後の変革の展開をぜひ期待したいところです。
「無名の個人」にスポットライトを当てた2つの事例比較
次に、個人主義と女性性という文脈で、さらに2つの受賞作品を取り上げます。これらの作品は、それぞれ異なる方法で「無名の個人」にスポットライトを当てており、文化的な違いがどのように広告表現に反映されているかを示す好例となっています。
XBOX「The Everyday Tactician」
(ダイレクト部門/エンタテインメント・ライオンズ・フォー・ゲーミング部門グランプリ)
これは「Football Manager」というサッカークラブ運営シミュレーションゲームの2024年版発売に合わせたXboxのプロジェクトです。イングランドのナショナルリーグ(5部)に所属する「ブロムリーFC」が、ゲームを通じてデータ分析と戦術立案のスキルを磨いた一般のゲーマーを、実際のクラブのデータアナリストとして雇用するという、ユニークな人材採用を行いました。そして、クラブは132年の歴史で初めての昇格を果たすという偉業を成し遂げたというプロジェクトでした。
ここでのポイントは、一般のゲーマーが熱心に取り組み、能力を開花させたことが、実社会で認められ、大きな成果につながったことが強調されていることです。
ホフステード指数に基づくと、イギリスは個人主義でかつ男性性の文化傾向であることがわかります。
個人主義的な社会では、個人がそれぞれ異なる興味・関心を持ち、それに基づいて能力を高め、人生を切り拓いていくことが当然とされます。長時間ゲームに勤しむことに眉をひそめて見る人もいるかもしれませんが、それが個人の長所なのであれば、それは伸ばして開花させるべきと考えられる。これは極めて個人主義的な価値観を反映しています。
さらに、男性性の高い文化では、チャレンジングな目標達成に高い価値が置かれます。132年ぶりの昇格は、まさにそのような偉業といえるでしょう。この広告は、個人の才能と努力が社会に認められ、大きな成果につながるという物語を語っていますが、これは個人主義的で男性性の高いイギリスの文化的価値観と合致しています。こうした価値観の一致が視聴者の心を掴んだのではないかと推察されます。
JCDecaux「Meet Marina Prieto」
(クリエイティブB2B部門グランプリ)
もう一つの事例はスペインの広告です。スペインの広告エージェンシー「JCDecaux」は、地下鉄広告の効果を証明するために、わずか28人のフォロワーしかいない100歳のインスタグラマー、マリーナ・プリエトさんを起用しました。マリーナさんのインスタグラム投稿を地下鉄の広告スペースに大々的に掲載することで、彼女を一躍有名人にし、その事実から、地下鉄の広告効果が非常に大きいことを潜在的な広告主にアピールするというプロジェクトでした。
この作品も、先程同様に無名の個人にスポットライトを当てるという点が共通しており、個人にスポットライトを当てる個人主義的な価値観が背景にあることが推察されます。
ただし、ここでのポイントは、この2つの広告に興味深い違いがあるということです。それは「どのような無名の個人」にスポットライトを当てるかという点です。イギリスの「The Everyday Tactician」がゲームで才能を開花させた若者を取り上げているのに対し、スペインの「Meet Marina Prieto」は普通の高齢女性を主役にしています。
ホフステード指数に基づいてイギリスとスペインの文化を比較すると、両国とも個人主義的ですが、スペインの方が権力格差が高く、女性性も高い傾向にあることがわかります。
権力格差が高い社会では高齢者にスポットライトが当てられ敬意が示され、女性性の高い文化では社会的弱者へスポットライトを当てることに社会的な価値が置かれます。
イギリスもスペインも個人主義と考えられるため、「無名の個人への注目」は文化的に自然ですが、一方でどのような個人を取り上げることが社会文化的な価値観に合致するかには差が見られる可能性があります。スペインの文化的背景において、100歳の女性を主役に据えたこの広告は、高齢者への敬意と社会的弱者への配慮という、高い権力格差と女性性の価値観に合致していると考えることができます。
新しい価値観を創造・発信していく時にこそ、文化的理解が欠かせない
今回は、カンヌライオンズの受賞作品から3つの事例を取り上げ、世界的な価値観の変化とそれぞれの文化的背景が、広告表現にどのような影響を与えているかを考察しました。個人主義の台頭、マイノリティの権利への注目、そして各文化固有の価値観が、創造的で効果的な広告キャンペーンを生み出しています。
今回取り上げた事例は、広告が単に製品やサービスの特徴を伝えるだけでなく、その社会の価値観や文化的背景を深く理解し、それに即したメッセージを発信することの重要性を示しています。
日本の広告業界も、これらのグローバルトレンドを意識しつつ、日本独自の文化的背景を活かした表現を模索していく必要があると考えますが、その際にホフステードの文化指標は、日本の文化的特徴と他国との違いを知るうえで極めて有効な視点を提供してくれます。
カンヌライオンズのような国際的な舞台で日本の広告が高く評価されることは、単に広告業界の成功というだけでなく、日本の文化や価値観を世界に発信する絶好の機会ともなります。広告は時代を映す鏡であると同時に、新しい価値観を創造し、社会を変革する力も持っています。広告・クリエイティブに携わる方々が一段高い解像度で文化的価値観を理解し、文化の違いを越えて人々の心に響く広告を作り出すことは、グローバル化が進む現代社会において、ますます重要になっていくでしょう。
定価:2,420円(本体2,200円+税)
『世界の広告クリエイティブを読み解く』 山本 真郷・渡邉 寧 著
ある国では「いい!」と思われた広告が、なぜ、別の国では嫌われるのか?そこにはどんな価値観のメカニズムがあるのか?オランダの社会心理学者ヘールト・ホフステード博士の異文化理解メソッド「6次元モデル」で世界20を超える国と地域から、60事例を分析。グローバルな活躍を目指すマーケターやクリエイターはもちろん、あらゆる人が広告を通じて「異文化理解」を楽しく学べる一冊。