野球部の「丸刈り文化」問題に一石を投じるPRに
株主様のご意見もあり社内でもこのプロジェクトを中断しようかという議論もありました。
しかし、もう一つの目線もありました。それは何より、選手たちが楽しそうにグッズ制作に携わり、厳しいトレーニングや試合の合間に、リフレッシュできる非常にいい機会になっていました。
完成した「ロン毛キャップ」。誰でもロン毛になれる。提供:西武ライオンズ
試作が出来上がると、投手陣はみんなで仲良くキャップを被り、感想を言い合うような姿も見られました。また、選手たちがグッズ製作に携わり、ビジネス感覚を持つことは、セカンドキャリアを考えても大事だと思い、発売に向け社内で交渉していきました。冒頭で掲げた2つめのキーワード、「社内交渉力」です。
そして何より、私はこの観点で社会に問題定義をしたいという考えもありました。当時中学生だった私の息子が、野球部で同調圧力により丸刈りを強要されている中、それに屈せず、スポーツ刈りを貫いていました。
高校は自らに選択肢がありますが、中学は私立に行かなければ、学区内の指定された公立中学校に通います。この多様化の時代、どうして野球部だけは丸刈りを強要するのでしょうか。
息子たちと小学生のころ野球をやっていた同級生は「丸刈りにするのが嫌だから野球部には入らない」と、野球を辞めてしまう子がいるという話も聞いていました。
現在、野球人口は全日本野球協会の調査によると、2010年に161万人いたのに対し、2022年には101万人と、13年間でなんと60万人減少しています。
日本において野球は、長い歴史と伝統のあるスポーツですが、今の時代は他のスポーツも含め、多様な選択肢が広がっています。野球ビジネスのみならず、野球界のこれからのことを考えると、中学野球での丸刈り文化は改めなくてはならないと考えました。
この年、夏の甲子園では自らで考え行動する慶應義塾高校が全国制覇を成し遂げ、球児たちの髪型が話題になりました。高橋投手にも丸刈りが嫌で野球をやめてしまう子供たちが実は非常に多いことを話して、様々な機会でメディアを通じて発信してもらい、このタイミングで「ロン毛グッズ」を発売しました。
「チームロン毛」によるロン毛グッズの紹介にも熱が入る。提供:西武ライオンズ
リスクがあると思考を停止し、企画を辞めてしまうことは簡単です。またリスクのないものには、当然見返りもありません。ノーリスク・ノーリターンの原則です。
しかし、リスクを知り、極小化したうえでリスクをとる。大きな社会問題や野球離れの問題を提起し、世の中で話題にしてもらい、あるべき姿へ導くことは広報の醍醐味だと思います。
自分たちの商品が完成したからといって「パッ」と出すプロダクトアウトの思考ではなく、広報流のマーケットインの思考は、消費者のトレンドを創り出し、機運が高まったところで商品を世の中に送り出しというものです。
これがキーワード3の社外発信力であり、前述の1(構想力)+2(社内交渉力)+3(社外発信力)=広報力となります。
ちなみにロン毛についてはその後も話題になり、今年ドラフト6位で入団した丸刈り頭の村田怜音選手は、入寮初日にメディアに対し「有名になれたら丸刈り部を考えたい」とロン毛部に対して将来的な“対抗”の意思を示し、笑いを誘ったことも。
高橋投手もロン毛メンテナンスの様子をInstagramでアップし、サラサラヘアーに注目を集めることもありました。
いよいよこのコラムも終盤に近付いてきました。毎回、さまざまな反響があり、予想もしなかったコメントなどもいただいたりして嬉しい限りです。最後まで読んでいただいた方に参考になるなと感じていただけるような記事を書いていきたいと思います。