森山未來が発案した神戸のアーティスト・イン・レジデンス、街に与えた影響とは

森山未來さんからアーティスト・イン・レジデンスの相談が来た時、筆者の松下麻理さん(神戸観光局 広報・メディアリレーション 神戸フィルムオフィス 担当部長)は「これは絶対にやるべきだ」と直感したという。アーティストの滞在を受け入れることで、どのようなことが街にもたらされているのか。
※本稿は、月刊『広報会議』2024年9月号の連載「地域活性のプロが指南」を転載しています

2021年9月、私は神戸フィルムオフィスのスタッフとして、映画の撮影現場にいた。その映画に出演していた俳優の森山未來さんから、ある日の休憩時間に「神戸にアーティスト・イン・レジデンス(以下AIR)をつくりたいんです」と言われた。「アーティストが一定期間、街をリサーチしたり、作品を制作したりするための滞在施設を神戸でやってみたい」と。

その頃の私はAIRが何なのかも知らなかったが、ぜひ手伝いたいと志願。物件探しをする内に4カ月後に築58年(当時)の趣のある外国人向けにつくられたマンションが見つかり「ここならできる」と思った。仲間にも声をかけて6人でHAAYMMというチームを結成してAIRの運営をすることになった。

一般社団法人を立ち上げ、マンションを賃貸契約し、私は管理人としてその一室に住み込み、Artist in Residence KOBE(以下AiRK)としてアーティストを迎え入れる日々が始まった。

写真 人物 AiRK運営メンバーの6人。

AiRK運営メンバーの6人。左から遠藤豊・森山未來・松下麻理・大泉愛子・小泉亜由美・小泉寛明。チーム名HAAYMMは6人の名前の頭文字を並べたもの。

森山さんから「AIRをつくりたい」と聞いた日から10カ月。今から思うと驚くようなスピードだったが、分からないなりに私の中で「これは絶対にやるべきことだ」という直感が芽生え、背中を押されるように突き進んだ。そして開設から2年の間に、10カ国、68組のアーティストを受け入れている(2024年7月20日現在)。

この2年間、神戸観光局で働きながらAiRKも運営し、プライベートな時間はほぼない状態だが、次々と世界中からやってくるアーティストとの出会いには経験したことのない楽しさがあり、充実した日々を送っている。

AIRは、アーティストが一定期間ある場所に滞在し、その街の風土や人や歴史などに影響を受けながら作品を制作すること(またはその活動を支援する事業のこと)とされている。それを実現するには「生活する場」と「制作する場」が必要となる。

AiRKができる前、「神戸には制作する場はあっても滞在する場がない」と文化施設の人から言われていた。海外のAIRを渡り歩いている森山さんは「ホテルではないんだ」と言う。「キッチンがあって、リビングルームがあって、そこにたまたまいる人達と交流できて、暮らすように過ごせる場じゃないと」と。始める前は「そんなものなのかな」くらいにしか理解していなかったが、実際にAiRKで過ごす内にその意味がよく分かってきた。

写真 神戸の異人館街・北野町にある、Artist in Residence KOBE(AiRK)

神戸の異人館街・北野町にある、Artist in Residence KOBE(AiRK)。築60年の外国人向けマンションの2フロアで運営している。

AiRKに滞在するアーティストは多彩だ。現代アート、ダンス、音楽、舞台芸術、陶芸、建築など、多彩なジャンルで活動をする人を広く受け入れている。アートの分野にとどまらず、醸造家、料理人、傘職人が滞在されたこともある。多様な人達がこの場所で出会い、共に暮らす中でお互いの活動を紹介し合ったり、アイデアを出し合ったりしている風景をよく目にする。

AIRを利用するアーティストは、他者との交流を楽しむことに慣れている人が多く、偶然ここで出会った人同士が、キッチンやリビングルームで何気ない会話や熱いアート議論を楽しんでいる。

そして彼らは精力的に街に出て行って、この街をいろいろな角度からリサーチしている。いつもとは違う環境の中で受ける刺激によって、彼らはインスピレーションを得て、新たな創作づくりの糧とするのだという。「今日はこんなところに行ってきたよ」と楽しそうに教えてくれる中には、私も行ったことがないような場所もあったりして、驚くことがある。

写真 AiRK内での食事風景。

AiRK内での食事風景。それぞれが得意料理を一品ずつつくっている。日本の料理が食べたいという希望にこたえて、筆者はたこ焼きをつくった。

このような活動が街に与える影響は、見えにくいと思われがちだ。しかし実際には壮大な種まきだと私は感じている。

アーティストがこの街で体感したことによってつくり出された作品を見ると「神戸をこんな風に表現したのか!」と驚かされることがある。外から来るアーティストが彼らなりの新しい視点で表現した街の姿は、神戸をよく知っている私達にとっても新鮮に感じられる。それは私達が気づいていない街の魅力を気づかせてくれるきっかけにもなるだろう。滞在アーティストにはどんな形にせよ、何か神戸でアウトプットすることをお願いしている。

すでに展示や公演が決まっている人もいるが、決まっていない人もトークイベント、ワークショップ、ワーク・イン・プログレス(製作途中の作品の公開)などを開催してくれることが増えてきた。

このように長い時間の中で、一人ひとりのアーティストに丁寧に寄り添い続ける活動は地味なものかもしれない。しかし、この取り組みはアーティストのためだけのものではなく、その街の人にも新しい街の見方や楽しみ方を提示してくれると、今は確信している。

ただ、単年度で華々しい成果が出るものではなく、長い時間をかけてじっくりと育てる取り組みであるが故に、行政の支援を受けるのは難しい。私達は運営費を賛同して下さる企業や個人からの協賛金や寄付でまかない、運営メンバーは全員が他の仕事を持ちながら、その合間にボランティアで活動をしている。長くこの事業を続けるためには、応援者を増やし続けることが命題となる。

神戸は29年前に阪神・淡路大震災を経験した。発災直後はインフラの整備が最優先となる。しかし時間が経つにつれ、人々の心に潤いを与えてくれるものが必要となる。アートが果たす役割は決して小さくはなかった。世界中のアーティストがこの街の人達と交流し、誰もが日常生活の中で気軽にアートを楽しめるような機会をこれからもつくり続けていきたいと思っている。

私達が始めたのは小さな庭を耕すようなものかもしれない。けれどもこの庭で種は芽吹き、美しい花が咲き始めている。やがてその種が風や鳥によって運ばれ、神戸のいろいろな場所で花を咲かせ、人々の心を潤すだろう。私達はそんな未来をつくるために、これからもこの活動を続けていく。

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松下麻理

神戸観光局 広報・メディアリレーション
神戸フィルムオフィス 担当部長

まつした・まり 1962年生まれ。神戸市内の3つのホテルに勤務後、2010年神戸市広報専門官。2013年より広報官。2015年より神戸フィルムオフィス。映像作品の誘致やロケを支援する傍らアーティスト・イン・レジデンスの運営や神戸観光局の広報も兼任。


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