人はAIにデータを“食わせる”ための“エサ”になってしまうのか?

生成AIの思考に人間味は出てきているけれど…

「モラベックのパラドックス」とは1980年代に提唱されたもので、

“(AIにとっては)大人の高度な知性による計算よりも、幼児が本能に基づく運動スキルを身につけるほうが難しい”

意訳すると、赤ちゃんが体で覚えていくことは、現代のAI学習でも困難、と言ったところでしょうか。

加えて、現代社会では、ネット社会等の影響で、多くのデータで溢れかえっています。

有益なデータによって役立ったり生活が潤ったりするものも多いですが、中には正直扱いきれずにうんざり…というものもありますよね。

これらの莫大なデータ(ビックデータ)の処理に関する分野が、「データサイエンス」です。そして、素早く自動的にやってくれるのが「(生成)AI」です。

人が長年生きてきた経験や勘などと言った領域でさえ、瞬時に価値ある情報へ変換してくれる生成AIの能力は、今後益々向上していきます。

それは一見、便利そうな世界に見えますが、一方で落とし穴が潜んでることも確かです。

例えば、ファクトフルネス、という考え方があります。端的に言うと、(数理的な)統計値は疑ってみてみましょう、という内容です。

以下のサイトにて、短時間で体験できますので、ちょっと試してみてください。

チンパンジークイズ
https://factquiz.chibicode.com/

さて、何問正解できましたか?

このように考えていくと、顧客が何を求めてるのかについて日々向き合ってるマーケターのお仕事をされてる方々にとっては、いったい何を信じたらいいか分からない…そう感じてしまうかもしれません。

確かに、最近の生成AIも人間味のある思考があるような回答をしてきたりします。少なくとも現状ではまだこのあたりの課題を解決する能力はないと思います。なぜなら、その回答データも、元をたどればこれまで人類が集積してきたネット情報の多数決に過ぎないからです。

人はAIにデータを“食わせる”ための“エサ”になってしまうのでしょうか…?

その有力な救いの手が、「ストーリー・プロトタイピング」だと僕は思うのです。


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中原大介
中原大介

帝京平成大学人文社会学部専任講師、慶應義塾大学 SFC研究所上席所員、東京工科大学メディア学部兼任講師。専門は、インタラクションデザイン、デジタル教育、SFプロトタイピング。最先端のAIテクノロジーの社会実装、産学官民共創による教育エコシステムの研究に取り組んでいる。近著『一般教養としてのプログラミング』(SBクリエイティブ、2023年)。

中原大介

帝京平成大学人文社会学部専任講師、慶應義塾大学 SFC研究所上席所員、東京工科大学メディア学部兼任講師。専門は、インタラクションデザイン、デジタル教育、SFプロトタイピング。最先端のAIテクノロジーの社会実装、産学官民共創による教育エコシステムの研究に取り組んでいる。近著『一般教養としてのプログラミング』(SBクリエイティブ、2023年)。

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